第125話 有馬記念 実況と磯貝調教師

『一年の締めくくり、有馬記念が終わらなければ、一年が終わらない。第※※回有馬記念が間もなく、ここ中山競馬場で開催されようとしています。


 今年一年、波乱含みのGⅠ戦線。春の天皇賞、安田記念、宝塚記念と春競馬において牝馬が猛威を振るい、その勢いは秋競馬でも遺憾なく発揮されました。


 そんな思い出深い一年も、間もなく終わりを迎えようとしております。そして、競馬ファンのさまざまな思いを胸に、人気投票1位、今年度の年度代表馬最有力候補、牝馬初の天皇賞春秋制覇ミナミベレディー、春の宝塚記念に引き続いて、この有馬記念で勝利を飾れるか!


 2番人気はタンポポチャ。4歳古馬になり、ヴィクトリアマイル、安田記念、スプリンターズステークスとマイル路線、短距離路線へと変更し、今年見事にGⅠを3勝。通算GⅠ勝利数を6勝に伸ばしながらも、マイル、短距離馬のイメージが強いこの馬!


 しかし、誰もが忘れているかもしれないが、昨年のオークス馬は、このタンポポチャだ! 昨年、今年とエリザベス女王杯は惜しくも2着に敗れながらも、タンポポチャ陣営が満を持してここ有馬記念へと出走させてきた。


 3歳牝馬時代には、ミナミベレディーと数々のデッドヒートを繰り広げてくれました。そんなタンポポチャも、この有馬記念で惜しまれつつも引退を表明しています。数々の名勝負をミナミベレディーと見せてくれたタンポポチャが、引退レースでどのようなレースを見せてくれるのか。


 3番人気は皆さんご存知、昨年の年度代表馬ファイアスピリット! 有馬記念を連覇し、今年も多くのGⅠを勝つと思われながら、ミナミベレディー、タンポポチャに阻まれまさかの今年度GⅠ未勝利。しかし、有馬記念はまさにファイアスピリットの為にあるレース。有馬記念3連覇への夢を託して・・・・・・』


 磯貝調教師は、モニターを睨みつけるように凝視していた。


 タンポポチャの有馬記念出走が撤回できない事が判った磯貝調教師は、すぐに気持ちを切り替えると、有馬記念をタンポポチャが万全な状態で出走できるよう細心の注意を払って仕上げを行っていた。


 その為に、栗東所属の馬では普通なら有り得ないであろうレース前の週頭には、タンポポチャを美浦トレーニングセンターへと移送する。


「無理はしてないが、勝てるだけの状態にはした。あとは鷹次第だ」


 レース前に鷹騎手と打ち合わせをした磯貝調教師の「無理はするな、ただ、出走するからには勝て」という無茶な指示に、鷹騎手が苦笑したのを思い出す。


 ただ、この有馬記念では人気は兎も角、実際のレースではタンポポチャが勝つのは難しいのではと言われていた。しかし、それでもチャンスは決して0ではない。タンポポチャのミナミベレディーに対する負けず嫌いの根性を磯貝調教師は十分に理解している。


「ミナミベレディーがいるからこそ、勝利の可能性は少なくはない」


 これは、タンポポチャとミナミベレディーで併せ馬をしていなければ、そして、その場に立ち会っていなければ判らない感覚だろう。


 逃げ、又は先行するであろうミナミベレディー。そのミナミベレディーに対し、どの位置から、どのタイミングで、この有馬記念において磯貝調教師は、ミナミベレディー以外の馬を全て頭から除外していた。


「タンポポチャと同じレースで、ミナミベレディーが勝ち負けに絡まないはずがない」


 恐らく今回出走している馬の調教師達の中で、ミナミベレディーの調教師である馬見調教師も含めて、磯貝調教師が一番ミナミベレディーを評価しているだろう。


「鷹、タンポポを頼んだぞ」


 磯貝調教師は、祈るような気持でタンポポチャのゲート入りを見詰めるのであった。


◆◆◆


『各馬、無事にゲートへ収まりまして、今スタート! スタート巧者の5番ミナミベレディー、今日も好スタートを切ります。しかし、そのミナミベレディーを押さえ前に出たのは3番プリンセスフラウ! こちらも好スタートで一気に先頭に立った!


 ミナミベレディーそのすぐ後ろ、更に大外から12番キタノシンセイも好スタートで内に入って来る。キタノシンセイ、鞍上乗り替わり海老原騎手がどういった騎乗を見せるのか。


 更には、先日のジャパンカップ勝利馬ヒガシノルーン、早くもここで前へ。トカチマジックも前より4番手から5番手。キタノシンセイ、内に入って5番手に。シニカルムール、今日はやや中団からのレース。その後ろにはダンプレン、今日は中団からのレースとなります。


 さらに下がって、此処にいました、2番人気タンポポチャ、先頭から8番手の位置。この位置から、どのようなレースを見せてくれるのか。


 先頭は依然プリンセスフラウ。鞍上の手綱が動き、更に後ろを突き放す。2番手ヒガシノルーンを2馬身、3馬身と突き放して行く。ミナミベレディーまだ3番手、鈴村騎手、今日は逃げません。これは作戦なのか! トカチマジック、ぴったりとミナミベレディーをマーク。


 先頭はプリンセスフラウ、その5馬身程後ろにヒガシノルーン。その後ろにミナミベレディー、更に後ろにトカチマジックと来て先頭集団を形成。ここで、先頭プリンセスフラウ、独走で向こう正面の直線へ。


 プリンセスフラウ、やや息を入れたか。後続馬との距離がジワジワと縮まります。


 1000mの通過タイムは60秒1、ほぼ平均タイム。


 このタイムが、この後の展開にどう影響を及ぼすのか。タンポポチャ、ファイアスピリットなど後方の馬に、まだ大きな動きが見られません。


 タンポポチャは変わらず8番手、ファイアスピリット12番手の位置で向こう正面へ、っと、此処でミナミベレディーが動いた! 前を走るヒガシノルーンをかわし前へ、しかし、ヒガシノルーンも速度を上げる。ミナミベレディー並走するが、かわせず再度ヒガシノルーンの後方へ。


 後方では、12番手にいたファイアスピリットがジワジワと前へと動き出した! タンポポチャをかわし、キタノシンセイをかわし、6番手まで順位を上げる。


 タンポポチャ依然動き無く、現在9番手。プリンセスフラウ依然先頭、間もなく3コーナー。


 ここで、ミナミベレディーが一気に行った! 向こう正面の緩やかな下り坂から3コーナーへ向かう所で、早くもスパート! ヒガシノルーンもスピードを上げる! しかし、前にはプリンセスフラウがいる! ヒガシノルーン、プリンセスフラウとミナミベレディーに囲まれた!


 ミナミベレディー、ヒガシノルーンをかわし、2番手に上がった! まさに代名詞のようなロングスパートだ! 速度を上げてプリンセスフラウへと並びかける。ジワジワと前へ、プリンセスフラウの外を回りながら、早くも頭一つ前へ出たか!


 ここで後方からファイアスピリットも上がって来た! 4コーナー入口から一気に前を窺う! プリンセスフラウは此処で後退! トカチマジックが3番手から2番手に! 最後の直線を前に、各馬の動きが一気に慌ただしくなってきました。


 直線、先頭はミナミベレディー! そのすぐ後ろにトカチマジック! プリンセスフラウ、ヒガシノルーンは伸びて来ない! 後方からファイアスピリットが上がって来た! 前を走るトカチマジックへと並びかける!


 しかし、先頭は依然ミナミベレディー! 各馬ミナミベレディーとの差が縮まらない!


 最内! 来た! 上がって来た! 最内からタンポポチャだ! 直線に入り、タンポポチャ鞭が入って一気に来た! 他馬と比較にならない凄まじい末脚! ファイアスピリットに並びかけ、突き放し、2番手に上がった! 


 そして、捉えた! タンポポチャ、遂にミナミベレディーを射程に捉えた!


  中山競馬場最後の直線、その魔の坂で、遂にタンポポチャ、ミナミベレディーに並んだ! タンポポチャか! ミナミベレディーか! 両馬一歩も譲らず坂を駆け上がる! 


 どっちだ! 最後の意地のぶつかり合い! ミナミベレディー! タンポポチャ! 中山競馬場の短い直線、ゴールラインを2頭並んで駆け抜けた!


 これは判らない! 見る限りほぼ同着! 内のタンポポチャか! 外のミナミベレディーか! 


 今年一年を締めくくる有馬記念、最後は、やはりこの2頭で決まりだ!


 3着にはトカチマジック。首差でファイアスピリット。ファイアスピリット、残念ながら有馬記念3連覇の夢は断たれました。


 5着にはプリンセスフラウ、エリザベス女王杯を制し、GⅠ2勝目を目指すも、最後の直線で力尽きたか。6着に、と、ここで電光掲示板に着順が確定しました。


 1着、5番、2着、8番、勝ったのはミナミベレディー! 春に続き、この有馬記念を見事一着で走り抜けました! 2着タンポポチャとの差はハナ、ハナ差での勝利! タンポポチャ、惜しくもハナ差で有馬記念を逃しました!』


「またハナ差かよ!」


 レースが終わり、結果が出るまでジッとモニターを睨みつけていた磯貝調教師は思わず大きな声を出す。


 磯貝調教師に周りの視線が集まるも、本人はそんな事を気にする余裕もなく思わず両手で頭を抱える。


「鷹もあそこまで行けたなら、差し切れよ! 毎度毎度ハナ差で2着、シルバーコレクターなんざシャレにならんぞ」


 実際の所、タンポポチャをハナ差の2着にまで持ってきたことを評価はしている。有馬記念2連覇のファイアスピリットを後ろから差し切っての2着だ。大阪杯で負けたトカチマジックをも突き放している。2着とは言えこの結果は、タンポポチャの評価を上げはしても下げはしないだろう。


 それであっても、此処までくれば勝ってほしかった。


 それが紛れも無い磯貝調教師の本音だった。


「はあ、こっちの気持ちも知らんと・・・・・・」


 モニターでは、タンポポチャとミナミベレディーが仲良くグルーミングをしている様子が映し出されていた。 

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