第124話 有馬記念 後編?
鈴村さんの指示で前のお馬さんを抜く動作をしたら、前のお馬さんが脚を速めて抜かせてくれませんでした。何となく嫌な感じ? どうせならタンポポチャさん来ないかなぁと思っていたら、突然鈴村さんがとんでもない発言をしました。
「ベレディー、今年最後のレースだし、怖いのは前を走っている馬だけじゃないよ。タンポポチャも、ファイアスピリットも、今日が最後の引退レースだし、油断できないからね。頑張って勝とうね」
・・・・・・あれ? タンポポチャさん、今日が最後のレース?
聞き間違い? でも、そう言えばレース前に美浦へと来ていたタンポポチャさんの様子も、何かいつもと違うような気がする。今まで以上に何かハグハグされたし、一緒にコースを走って調教を受けてた時も、はしゃいでいたような?
お馬さんの引退って結構早いのでしたっけ? あれ? 私も、もしかして引退かな?
そっか、私もタンポポチャさんも、今日が最後のレースなんだ。
うん、それなら最後は勝たないとだよね? やっぱり有終の美を飾らないと。タンポポチャさんも、だから気合が乗ってたのでしょう。
引退レースですか、何か感慨深いですね。ただ、今はとにかく勝たないと始まりません。
でも、鈴村さん達も水臭いですね。引退レースなら引退レースって言ってくれれば良いのに。
そうなると、のんびりお祭りを楽しんでいたら不味いですかね。
きっとタンポポチャさんが、最後に凄い追い上げをしてくるはずです。いつもヨーイドンでは負けていますが、レースなら違うのよとタンポポチャさんに言い続けて来たのです。
「ベレディー、コーナー前で目の前の馬は抜くよ。一気に加速して、可能ならプリンセスフラウの前に行くからね」
私は鈴村さんの指示を受けて、前へと出るタイミングを見計らいます。
「今!」
緩やかな下り坂に入った所で、鈴村さんが小さな声で指示を出します。
私は下り坂の事もあって、一気に加速して前の馬に並びかけました。そして、半馬身程前へと出ます。それでも、前のお馬さんを抜き切る前に、前のお馬さんも加速しました。
ただ、先程までと違うのは、一番前を走っているプリンセスさんが、すぐ傍まで近づいていた事。私が前に出た事で、前のお馬さんはプリンセスさんと私に囲まれる感じになりました。
「よし! このままコーナーへ入るよ」
あと少し進むと、コーナーの入口へと入ります。
私は横のお馬さんにプレッシャーを掛けながら、更に加速して先頭を走るプリンセスさんに並びかけて行きます。そして、先頭を走るプリンセスさんの横に並んだ瞬間、今度はプリンセスさんがスパートを掛けました。
「最後の直線はそこまで長く無いから、このままプリンセスフラウにプレッシャーを掛けて行くよ。でも、まだ走りは変えなくて良いからね」
鈴村さんが私の手綱を扱いて前へと誘います。
私は横目でプリンセスさんを見ますが、プリンセスさんって目の所に変なのを着けてて視線が判らないです。あれだと横とか後ろの様子が見えません。ちょっと何ですよねって、私も網を付けてましたね。
そのままカーブに入って、本当なら後ろの様子を見たい所なんですが、横にいるプリンセスさんが邪魔でタンポポチャさんの状況が見れません。でもタンポポチャさんの事だから、此処で油断なんて出来ませんよね。何処にいるかが判らないだけで、すっごく不安になります。
そんな思いのまま、プリンセスさんを膨らませる事無く、抜きにかかります。
カーブで速度を出しちゃうと、外に膨らみそうになるんですよね。だから真横にお馬さんがいると速度を出し辛いんです。
経験者は語るのですよ。
私は、逆に多少は外に膨らんでも問題無いです。そのお陰で小回りもしやすく、加速が出来るのです。
それでも、横にいるプリンセスさんも中々抜かせてくれません。
ただ、ジワジワと私が前に出ていくと、急にプリンセスさんが速度を緩めました。その為、私は漸く先頭へと立つことが出来ました。
「うん、このまま、最後の坂で走りを変えるからね」
鈴村さんの指示のままに、前へと進みます。
プリンセスさんを追い抜く際に、私はチラリとプリンセスさんに視線を向けました。すると、プリンセスさんからも強い視線が、私に向けられています。
うん、まだ余裕がありそうですね。でも、今日のレースは引退レースなんです。だからタンポポチャさん以外のお馬さんには、絶対に負けるわけにはいかないのです。
最後のカーブで先頭に立った私は、そのまま直線へと入ります。
ただ、ここで既に結構疲れて来ました。可笑しいですね、ゴールまでまだありますよ?
それでも、私は後ろのお馬さん達を突き放す様に前へとスパートを掛けます。
ここでどれだけ頑張れるかで、タンポポチャさんに勝てるのかが決まるのです。
タンポポチャさんの末脚は、今でも脳裏に焼き付いています。2歳の時、タンポポチャさんに並ぼうとして、並ぶことも出来ずに置いて行かれた。あの時の事は、今も私の中に強く残っています。
タンポポチャさんは、私の憧れだったんだなぁ・・・・・・。まあ、私の方が美人ですけどね!
そんな事を思っていると、後ろから蹄の音が響いてきました。
タンポポチャさんなのか、他のお馬さんなのか。今の私は、ただただ前へと突き進みます。
「来たよ! ベレディーがんばって!」
坂は目前ですね。それでも、その坂までに追い付かれそうな勢いを感じます。このままでは、ちょっと不味いと思うのです。
「ベレディー!」
坂の手前ですが、タンポポチャさん走法へと切り替えました。
そして更に速度を上げていきます! 御本家に引けを取らないだけのパワーは・・・・・・あるといいなぁ。
速度を上げたにもかかわらず、坂の所で後ろから追い上げて来るお馬さんの姿が見えました。
「ベレディー、あと少しだよ! 桜花ちゃんが見ているよ!」
うん、桜花ちゃんの為にも頑張る! それに引退レースだよ! 最後に勝って終わるの!
必死に自分で頭の上げ下げをします。左後ろ足をしっかりと引きつけ、しっかりと力を込めて大地を蹴ります。
それでも、ジワジワと私に並びかけて来るお馬さんの姿が、次第に大きくなってきました。
タンポポチャさんだ!
さっきのプリンセスさんでもなく、前を走っていたお馬さんでもなく。やっぱり、タンポポチャさんです!
かつて見た、恐ろしいくらいの速さで、私に並びかけて来ます。
その時、私とタンポポチャさんの視線が合わさりました。合わさったのがお互いに判りました!
うん、此処からは、お互いの意地の張り合いだね。
何となくタンポポチャさんの息遣いが聞こえてくるような気がします。
私も、タンポポチャさんも、もう前しか見ません。私は必死に頭を上げ下げ、大地を蹴りつけます。
「ベレディー、あと少しだよ!」
「タンポポ、頑張れ!」
鈴村さんの声と、タンポポチャさんに騎乗している騎手さんの声が聞こえて来ます。
タンポポチャさんと初めて走ったレースの事が、突然に思い出されました。
あの時も、最後はお互いに意地の張り合いだったね。私も馬肉になりたくなくて、必死に走ったよね。お互いにフラフラになったよね。
もう馬肉にはされないかな? 頑張ったもんね。大丈夫だよね?
ねえ、タンポポチャさん。無事に引退まで来たんだよね。
気が付けば、これが最後のレースだよ。
楽しかったね。もっと一緒に走りたかったね。
いろんな想いが込み上げて来ます。そんな思いを力にして、私は必死に脚に力を込めます。
そして、私達はお互いに並んだまま、ゴールを駆け抜けたみたいでした。
「ベレディー、頑張ったね!」
「タンポポ、よくやったぞ!」
手綱を引かれ、速度を落とした私とタンポポチャさんは、満身創痍? でも、タンポポチャさんはすっごく楽しそうです。
「キュヒヒヒヒーン」
うん、タンポポチャさん元気ね。ちょっとまってね。私、息が整わないの。
お鼻で必死に息をしている私の所へ、タンポポチャさんがゆっくりとやって来ます。
うん、タンポポチャさんも凄い鼻息ですね。
それでも、お互いに頭をスリスリして健闘を讃え合います。
でもね、ハムハムはちょっと待ってね。息が整ってからよ? いつも思うんだけど、タンポポチャさんとか、ヒヨリとかってタフよね。
「相変わらず仲がいいな。しっかし、どっちが勝ったのか判らないな」
「タンポポチャが来るとは思いませんでした。鷹騎手はどんな魔法を使ったんですか?」
鈴村さんがそんな事を言っています。
でもね、私はタンポポチャさんが来るって、ずっと信じていましたよ。ましてや、最後のレースですから。
「ブフフフン」(楽しかったね)
「キュフフン」
私の問いかけに、タンポポチャさんが答えてくれます。
うん、疲れたけど、楽しかったね。楽しい競走馬生活だったね。
私は、何となくタンポポチャさんと目が合って、私達は多分笑顔になっていると思います。
でも、お馬さんの笑顔って判りにくいですね。
何となく滑稽です? でも、私は多分ですが、綺麗な笑顔ですよ?
「タンポポチャ、これで引退させるのが惜しいですね。まだ、これだけ走るのに」
「そうだな、ただ、タンポポには良い産駒を産んでもらいたいからな」
「ですね、残念ですけど」
ん? 産駒ですか? 何か聞き捨てならない単語がいっぱい?
「キュフフフン」
「ブルルルン」(あ、ハムハムですね)
タンポポチャさんにハムハムされながら、私も何時もの様にタンポポチャさんをハムハムします。
「ミナミベレディーは本格化したな。最後にあそこ迄末脚を使われるとは」
「ええ、来年が楽しみです」
・・・・・・あれ? 来年? 鈴村さん、私も引退よね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます