第122話 有馬記念 前編?

 好スタートを切れた私は、そのまま何時ものように前へ進みながら内側へと入っていきます。


 ただ、今回は内側にもう一頭、私と遜色無いくらいに好スタートを切っているお馬さんがいました。


「プリンセスフラウも好スタートね。ベレディー、無理して先頭争いをしなくていいよ」


 鈴村さんの声で、私はプリンセスフラウさんの後ろに入ります。ただ、どうやらプリンセスフラウさんは、このまま逃げに入るみたいですね。鞍上の騎手さんが、手綱を扱いて前へ前へと走らせています。


 そう言えば、このお馬さんとは結構、同じレースで走ってたかな?


 私が覚えているくらいだから、ご一緒している頻度は多いのでしょう。


 どこかで仲良くなれると良いなぁ。


 タンポポチャさんとは中々同じレースになれないので、ちょっと寂しいのですよね。でも、タンポポチャさんと一緒のレースで別のお馬さんと仲良くしていると、タンポポチャさんが焼き餅を焼きそうで怖いんです。


 そんな事を思っている間に、プリンセスフラウさんは、更に3馬身くらい前に行っちゃいました。


「逃げかあ。エリザベス女王杯の再現を狙っているのかな」


 鈴村さんが、鞍上で呟くのです。あのレースは、モニターが大きくなったので私も何となく見ましたよ。その映像でタンポポチャさんの蹄の音を聞いていたから判るのですが、タンポポチャさん本気で走ってなかったんですよね。


 色々と考えていたら、何となくお馬さん達の位置取りが決まったのかな?


 私は先頭を走るプリンセスフラウさんの後ろ2番手につけます。当初、鈴村さんが言っていたみたいに、更に競り駆けて来るお馬さんはいませんでしたね。


 最初の正面直線に向かう所で、私は少し後ろを気にして確認します。というか、タンポポチャさんは何処かな? と思いながら見たのですが、ぱっと見では判りませんでした。


 う~ん、せっかくのお祭りだし、久しぶりに一緒のレースなんだから、最後の直線でよーいドンとか楽しいかも?


 そんな事を思いながら走っていると、前のお馬さんは更に前に行っちゃいました。私が持久走とかで走った感じってこんなのかな?


 あれって後半がキツイのよね~。


 そんな事を思っていたら、正面の坂に入った所で、後ろからお馬さんが上がって来ました。


「うそ! ヒガシノルーンがもう上がって来たの?」


 鈴村さんが知っているお馬さんかな? 私は記憶にないですよ?


 鈴村さんから指示が無いので、私はペースを変える事無く走っています。そこで、後ろから上がって来たお馬さんは、私をさっさとかわして2番手に上がります。でも、私の前に入った所で、一転スピードを緩めました。


 その間にも、後ろから更に蹄の音が聞こえて来ます。ただ、これって、蓋をされちゃう? 昔に負けちゃったレースみたいになる? でも、ここでタンポポチャさんを待つのも良いかな?


 私はあんまりレース展開とか考えないので、良く判りません。その為、レース中の判断は、鈴村さんに全部お任せしているんですよね。


「トカチマジックも上がって来るね。プリンセスフラウよりベレディーを押さえに来た?」


 ここで、またカーブに入ります。


 ただ、このコースって、何処かで知っているような? さっきの直線の坂がすっごく嫌ですね。知っている気はするんですが、レースの印象が薄いのです。不思議ですね? 何か他に気になる事でもあったかな?


 その間にも、後ろから上がって来たお馬さんは、私の後ろにピッタリとつきます。


 うん、しっかり見ていないですけど、きっと牡馬ですね。またもやストーカーさんが現れました。後ろにピッタリ入る感じとか、もしかして慣れてます? ベテランのストーカー・・・・・・嫌ですねそれ。


「後ろでピッタリマークしてくるかあ、後ろ正面で蓋してきそう。ヒガシノルーンもプリンセスフラウに競りに行かないし、危険かな」


 鈴村さんがブツブツ呟いて、状況を教えてくれます。成程、そうなんですね。でも、どうせならタンポポチャさんが来て欲しいです。


 向こう正面の直線に入る前に、後方をまたチラッと確認しました。タンポポチャさんは私から更に5、6頭は後ろにいますね。でも、私が見た事に何となく気が付いた感じです? 私の勝手な思い込みでしょうか? でも、一瞬ですが視線が合った気がしました。


 向こう正面に入っても、前に付けたお馬さんは淡々と走っています。その前のプリンセスさんはどうかな? 更に5馬身は先を走ってるかな? 


 ここで、私は恐らく息を入れると思うんですよね。


 今日はあんまり無理していないからか、まだ余裕がある様な? そう考えると、前のお馬さんを抜いちゃっていた方が走りやすい? 普段だとそう思うんですけど、タンポポチャさんも気になるんですよね。


 せっかくのお祭りですし、せめて最後の直線でくらい並んで走りたいですよね?


 私がそんな事を思っていると、鈴村さんはやっぱり後ろのお馬さんを警戒して、前のお馬さんを抜くように手綱を動かしました。


 そして、私はそのまま指示に従って前のお馬さんの前に出ようとしたのですが、私に合わせて前のお馬さんもスピードを上げます。


「やっぱり。ベレディーに抜かせないつもりだね」


 う~ん、後ろのお馬さんもスピードを上げたみたいですし、何か中途半端な感じになっちゃいました?


 前のお馬さんは抜けず、後ろのお馬さんは、そのまま私に追走する様に付いてきます。


 ただ、先頭を走っているプリンセスさんとの距離は縮まりました。このまま、みんなでお団子状態で最後のカーブに入るのかな?


◆◆◆


 タンポポチャは、まずまずのスタートを切れた。


 鷹騎手の想定通り、プリンセスフラウが逃げを打ち先頭に立つ。そして、その後ろにミナミベレディーが追走している。ただ、ここで予想外なのは、ミナミベレディーがプリンセスフラウに競りに行かない事だった。


「ミナミベレディーは好位からの差し狙いか?」


 先日のエリザベス女王杯、その前の春の天皇賞、ともに鷹騎手が感じたのは、プリンセスフラウの逃げはミナミベレディーと比べても遜色ないものであるという事であった。


 そして、今までミナミベレディーが勝てていたのは、ミナミベレディーが高速レースへと持ち込んでの持久力勝負であり、最後の粘りという部分においてはミナミベレディーが頭一つ抜け出しているからだと思っている。


「レース自体は平均ペースか。楽しくなって来たな」


 先頭を走るプリンセスフラウだが、向こう正面に入るとしっかりとペースを落とし息を入れている。この為、全体的にレースは平均ペースとなっていた。


 鷹騎手が1番恐れていたのは、プリンセスフラウとミナミベレディーが競り合いながら2500mを駆け抜ける事であった。芝2500mを息を入れずに走り切るなど普通は有り得ない事だが、肝心の馬がミナミベレディーとなると不安を感じる。この事自体が他の馬達の本来のペースを乱し、勝利を逃す原因だと感じていた。


 そして、今のペース、状況であれば、タンポポチャであってもワンチャンスある。


「しかし、ミナミベレディーは前を走るプリンセスフラウなどでは無く、タンポポチャを警戒しているように見えるな。やはり最後はこの2頭での勝負となるか」


 鷹騎手は、自分がまるで物語の登場人物に成ったような気持ちになる。


 そして、その物語の主人公はタンポポチャであり、ミナミベレディーなのだろう。ファイアスピリットでもなく、ヒガシノルーンでもなく、それこそトカチマジックやプリンセスフラウでもない。


「タンポポが有馬記念を走る事は、初めから決められていたのかもしれないな」


 磯貝調教師が、必死に回避しようとした。鷹騎手も同様に、タンポポチャが有馬記念を出走する意味が無い事をしっかりと説明した。それでも、普段は冷静に判断する花崎の意志を変えることは出来なかった。


 エリザベス女王杯で2着になったから、1着であればそのまま引退だった。そういう花崎だったが、タンポポチャはなぜエリザベス女王杯で全力を出さなかったのか。それは、やはりこの有馬記念でミナミベレディーとの最後のレースを走るためだったのではないだろうか。


「であるならば、タンポポ、勝つぞ!」


 鷹騎手は、この展開で漸くタンポポチャを勝たせる為の道が見え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る