第118話 有馬記念ファン投票と北川牧場と馬見厩舎の騒動?
有馬記念のファン投票が締め切られた。その人気順位の上位から出走の意志を示している10頭が選出される。そして、競馬協会が発表した出走馬リストを見て、関係者のみならず、マスメディアも、競馬ファン達もそれぞれの思いを基に意見をぶつけ合う。
そんな中において、『桜花賞を獲るために生まれた血統 前編』と銘打ったドキュメンタリー番組が放映される。
当初予定されていた番組の内容は変更され、前後編に分けられる事となった。前編はミナミベレディーの新馬戦デビューから始まり、サクラヒヨリの共同通信杯勝利までとされた。そして、後編は今の所は有馬記念迄となるようだった。
「番組に文句をいう訳じゃ無いけど、番組タイトルからしたらヒヨリの桜花賞までで良いんじゃない?」
土曜日で実家の北川牧場へと帰って来ていた桜花は、番組の内容を見て感想を述べる。特に桜花賞と謳うのであれば、桜花賞から始まり桜花賞で終わる。その方が納まりが良い様に思う。
「そうだな。ただ、その後にトッコが天皇賞春秋制覇したし、宝塚記念も勝っての有馬記念だ。そうなると、番組としては欲が出るだろう」
「そうねぇ。ただ、ヒヨリの桜花賞までで1番組、そこからはトッコと鈴村さんに焦点を当てて新しく1番組でも良い気はするわね。無理に前後編にしなくてもとは思うわ」
峰尾の意見に対し、恵美子もまた今回の番組構成には違和感を持っているようだった。そんな両親の発言に、桜花も大きく頷く。
「だよね。お母さんが言う様に、変に桜花賞と謳っちゃっているから、中途半端な所で後編に続くんだよね。態と引っ張って、視聴率を確保しようという意図が見え見えだよ」
そう言いながらも北川牧場の面々としては、この番組が放送された後の事が気になる所ではある。
「トッコやヒヨリ人気に更に火がついて、牧場見学にやって来る個人観光客が増えるのかな? あれは困るよね」
「そうね。来ていただいても、販売できるグッズを置いている訳でも無いわ。焼き型でも作って、ミナミベレディー煎餅とか売ろうかしら? 桜花が描いたトッコの顔とか良さそうよね?」
「お母さん、そう言う問題じゃないと思う」
そもそも観光客の相手が出来る程、人員に余裕がない北川牧場だ。それでも、今は大南辺氏や桜川氏の御蔭で警備員もいる。その為、大きな問題に発展していない事が救いだった。
「今年の産駒も完売したし、トッコやヒヨリが大きい所を勝ってくれて、資金的にも楽になっているんだよね? 其れなのに、何でこんなに苦労しているのかなぁ」
「フィナーレも無事に2勝目を収めたしな。うちの産駒が2歳で2勝するとか、数年前だと考えもしなかったな」
桜花と峰尾が揃って首を傾げる。恵美子は、その姿を笑いながら見ていた。
「そうね。昔であれば、2歳で新馬戦や未勝利戦を勝てたら大喜びしていたわね。おまたせ、今年の新ジャガよ」
「うわ! やった! 新ジャガだ!」
恵美子は、家で育てているジャガイモを蒸かし、塩を振っただけのおやつをテーブルに出す。それを摘まみながら、各々が昔の事を話し始める。
「プリンセスミカミは苦戦してるね。でも、まず1勝は出来てるから安心しているけど」
「そうね、トチワカバの仔は1勝目で苦戦しているわ。早く、まずは1勝して欲しいわね」
「キレイ以外の仔馬で、何とか重賞勝利が欲しいな」
あ~だこ~だと家族で会話している北川ファミリーは、先日決まった有馬記念ファン投票の話にもなる。
「トッコがファン投票で1位だもんね。すごいよね!」
「そうね、1位と2位の票が頭抜けていたわね」
桜花の言葉に、恵美子も頷く。
昨年、ミナミベレディーは早々に有馬記念出場を辞退していた。その為、北川ファミリーは特に人気投票を気にせず過ごしていた。それが一転、今年は2位のタンポポチャをも突き放し、堂々の1位獲得だった。
「ファン投票で上位だからって勝てるわけではないんだけど、トッコなら勝っちゃいそうだよね!」
「タンポポチャの引退レースなのよね? そうすると、トッコも頑張りそうね」
ミナミベレディーとタンポポチャが、何故か仲が良いのは北川牧場の面々も知っていた。それが故に、タンポポチャの引退レースであれば、ミナミベレディーが普段以上に頑張る事を疑う事は無い。
そもそも、馬に引退レースが理解できるはずがない。そこを指摘する者は、この場には不在であった。
「それでも、去年もだけど今年はいい年だったよね。お爺ちゃん達がまだいたら、今頃大騒ぎだったよ。GⅠを勝つのが夢だったもんね」
「そうだな、GⅡを勝てた時は凄かったな。それこそGⅠもこの勢いで! みたいに大騒ぎしてたぞ」
「桜花を見ていると、つくづく北川家の血が流れているんだと痛感するわ」
桜花を見ながら大きな溜息を吐く恵美子に、桜花は思いっきり頬を膨らませる。
「え~、私お母さんの血が良いなぁ」
「ん~、桜花は性格はお父さん似よ? 自覚しているでしょ?」
「え~~~~、そうかなぁ」
峰尾が傍らにいながらの会話で、峰尾は思いっきりしょぼんとしている。ただ、自分に似ていると言う話に、どこか嬉しさもある。複雑な父親心というものだろうか?
そんな北川牧場では、年末にある有馬記念に初めて家族3人揃っての参加を予定していた。
◆◆◆
「ベレディーの調子は良さそうだな」
「リンゴが減らされて、未だに拗ねてますがね」
馬見調教師は、サクラヒヨリと馬なりで走るミナミベレディーを見ながら蠣崎調教助手に感想を告げる。
そして、蠣崎調教助手の言葉に思わず苦笑を浮かべた。
先日、事務所で事務処理をしていた馬見調教師のもとに、ミナミベレディーの馬房を掃除していた厩務員から、寝藁の中にリンゴがあったと報告を受けた。
そして、何で寝藁の中にリンゴがあるんだ? 誰かがミナミベレディーにあげようとして落としたのか? そう思いながら首を傾げていた所、調教が終わって馬房に戻って来たミナミベレディーが、頻りに寝藁をゴソゴソして何かしているとの報告が入る。
馬見調教師が馬房へと向かうと、ミナミベレディーが何かを訴えるように嘶いて来る。
「キュフフフン」(おやつのリンゴがないの~)
寝藁を頻りに前脚で掻いて何かを探しているミナミベレディー。
馬見調教師は、何故かそのまま持って来てしまったリンゴに目をやって、次にミナミベレディーへと視線を向ける。
「ベレディー、もしかしてリンゴを探しているのか? 馬房の掃除をしていたら出て来たらしいのだが」
ミナミベレディーへリンゴを掲げ馬見調教師は尋ねるが、一緒に来ていた蠣崎調教助手はその様子を、何を馬鹿な事をと呆れた表情で見る。
「ブヒヒヒン!」(わたしのリンゴ!)
馬見調教師が手にするリンゴを見たミナミベレディーは、掲げられているリンゴを齧ろうと凄い勢いで顔を突き出す。しかし、馬見調教師が思わず身を引いた事によって、残念ながらリンゴには届かなかった。
「キュフフン」(わたしのリンゴなの~、調教終わった後のおやつなの~)
目に涙まで浮かべて嘶くミナミベレディーに、馬見調教師は思わず手にしたリンゴを差し出していた。
シャクシャクシャク
出されたリンゴを齧り始めるミナミベレディーを見ながら、馬見調教師は思わず湧き上がってきた疑問を述べる。
「まさか、ベレディーがリンゴを隠してたのか?」
「え? まさかですよ。馬が食べ物を隠すなんて聞いた事ありません」
「リンゴを減らされたから、好きな時に食べられるように隠したんですかね?」
「おいおい、そんな話聞いたこと無いぞ?」
厩務員たちも集まって来て、リンゴを満足げに齧るミナミベレディーを見ている。
「リンゴを減らされて、それで大事に隠してたのか?」
「それだと、飼葉桶のご飯はまだ食べてませんし、そこにリンゴも入っています。今リンゴを食べてしまうのは悪手なのでは?」
ミナミベレディーに調教をつけていた元騎手で調教助手の清水は、ミナミベレディーの調教を終え、着替えてから馬房にやって来た。そして、この馬房前の騒ぎに少し呆れた様子で言う。
「ブヒヒン」(なんと!)
清水調教助手の言葉に、シャクシャクとリンゴを食べていたミナミベレディーが、驚いた様子で飼葉桶を覗き込んだ。
「ブフフフン」(リンゴ食べちゃったよ~)
飼葉桶の中にある飼料やリンゴ、ニンジンなどを眺め、シャクシャクとリンゴを嬉しそうに食べていたミナミベレディーが、一転してひどく寂しそうな嘶きをあげる。
「これは、勢いで食べてしまいましたね」
「・・・・・・そもそも、馬がリンゴを隠すか?」
「それよりも、清水さんの言葉理解してません?」
ミナミベレディーの馬房の前の騒動は、更に騒がしくなり、しばらくは収まる様子がなかったのだった。
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