第117話 サクラフィナーレと葉牡丹賞
先週開催されたジャパンカップは、昨年秋に天皇賞を制したヒガシノルーンが、1番人気のシニカルムール、2番人気のキタノシンセイなどを押さえGⅠ2勝目を飾った。
ここでも、鷹騎手は1馬身差の2着となり、立川騎手、磯貝調教師などからシルバーコレクターの称号を不動の物としたと笑われたのだった。
そんなジャパンカップが終わると、有馬記念の人気投票、その締め切りが近づいて来た。
ここに来て順位に多少の変動はあるが、1番ミナミベレディー、2番タンポポチャ、3番ファイアスピリットは、4番手と大きく票数に差をつけて不動の位置をキープしている。
3番から大きく票数を落とし、4番にヒガシノルーン、僅かの票差で5番にプリンセスフラウ、前年のダービー馬で、今年の大阪杯を制したトカチマジックは、何故か人気が伸びず6番人気となっていた。
「サクラヒヨリは、有馬記念の回避を表明したのに15番にいるな」
「そうですね、今の状態を見れば出走させても問題は無かったと思いますが、流石に出走メンバーが凄すぎますよ」
武藤調教師は、来週の投票締め切りを前に発売された競馬新聞を見ながら、それでも出走を表明していたなら10番以内はあったのだろうかと、ちょっと勿体なく思う。
「今年のダービー馬のオレナラカテルもですが、3歳牡馬の人気が今ひとつなのが面白いですね」
今年においては、何故かダービーを勝ったオレナラカテルの方が、オークスを勝ったスプリングヒナノよりも人気が低いという現象が起きていた。
もっとも、今年は正に牝馬の年とも言えるくらいに、牝馬GⅠと牡馬GⅠの人気が逆転している。牝馬GⅠの方が、各競馬場の来場者が多いという結果が残っていた。
「まあ、人気がそのまま結果に繋がらないからな。うちの馬が出走しないから気楽に見ていられるが、有馬記念は時々思わぬドラマを演出する」
武藤調教師の言葉に、調教助手も頷く。
「今年は牝馬の春秋グランプリ制覇と、有馬記念3連覇が掛かっていますよね。あとは、ミナミベレディーとタンポポチャの直接対決もありますし、話題に事欠かないですね。ミナミベレディー、タンポポチャ、ファイアスピリット、この3頭のどれが勝ってもドラマですよ。ましてや、内2頭は引退レースです」
有馬記念に対する世間の注目度は、近年にないくらいに高まっている。
「ところで、今週末にレースを控えているフィナーレですが、サクラヒヨリに扱かれていますから期待できますよ」
「おい、そこは自分達の調教の御蔭と言っとけ!」
思わず突っ込みを入れる武藤調教師だが、今年の夏頃と比べ明らかに成長したサクラフィナーレに、武藤調教師本人も満足げだ。
「出走頭数が12頭と、多めと言えば多めだが。メンバーを見ても、それ程気になる馬もいないからな。勝ち負けは行けそうだな」
「サクラヒヨリにメンタル含め鍛えられていますからね。長内騎手も手応えを感じてますよ」
調教助手の言葉に、武藤調教師も頷く。
「ミナミベレディーを交えて、GⅠ馬2頭との3頭併せ馬も効果が高いしな。ミナミベレディーの嘶きの御蔭で、厩舎に戻ってもご機嫌だ」
「馬見厩舎でも、サクラヒヨリと併せ馬が出来る事はプラスだと言ってくれてます」
両厩舎の交流は、この一年で本当に密になっていた。
「来年には、牡馬だがサクラハヒカリの産駒も来る。牡馬だが、見た限り中々走りそうだったぞ」
武藤調教師は、今年一年の自厩舎の躍進ぶりに、思わずニンマリと笑みを浮かべるのだった。
そして迎える葉牡丹賞当日。幸いにして、この日も天気は晴れ。サクラハキレイの血統なのか、サクラフィナーレも雨の力のいる馬場は苦手としている。この為、武藤厩舎の陣営はホッと胸をなでおろしていた。
「単独での移動は初めてだったが、ミナミベレディーの音源の御蔭かフィナーレも問題なさそうだな」
「長内騎手も移動を気にしてました」
武藤調教師は、本場場へと入って来たサクラフィナーレを、正面のスクリーンで確認していた。
「良い感じで、気合ものってるな。あとは長内騎手の腕次第という所か」
そう言いながらも、牡馬混合レースの為に、実際に勝てるかどうかは何とも言えない所だ。
「新馬戦を余裕をもって勝ち上がって来た、グレートライド辺りが注意ですかね。血統も悪く無いです」
まだ2歳馬である為に、実際の実力は未知数な馬が多い。そもそも、2歳馬は実力通りにレースすること自体が、かなり大変だった。
「12頭中、牝馬が1頭か。まあ枠番が3番だからな。先頭には立ちやすいだろうが、スタート次第だな」
今までのレースを見る限り、サクラフィナーレは決してスタート巧者という訳では無い。特に周りの馬を気にする所があり、ゲートにも怯える所があった。
しかし、今日のパドックを見ている限りにおいては、周りの馬に委縮するなどの様子は見られなかった。
「まあ、あれ程ミナミベレディーとサクラヒヨリに扱かれればな」
思わずそう言葉が零れる。
サクラフィナーレは、2頭の姉達に挟まれながら追い立てられる事など、調教時にはザラである。ミナミベレディーとサクラヒヨリは、サクラフィナーレからすれば貫禄のある姉達だ。その2頭に与えられるプレッシャーも、並ではないだろう。
『各馬、ゲートに納まりまして、今スタート! 3番サクラフィナーレ、好スタートで先頭に立ちます。その後方にハニーブレット、更に外からグレートライド・・・・・・。
各馬4コーナーを回り、直線に入って一斉に鞭が入る!
先頭はグレートライド! すぐ後ろにサクラフィナーレ! お馴染みの手鞭が入り2番手から上がって来た! その後方からトサノカツオも上がって来る! グレードライド、末脚が伸びない! 急坂手前で先頭代わってサクラフィナーレ! 坂で速度が落ちる事無く一気に坂を上り切った!
先頭はサクラフィナーレ! 2番手にトサノカツオ! トサノカツオは僅かに届かない! サクラフィナーレ先頭で、今ゴール!
勝ったのはサクラフィナーレ! 2着にはトサノカツオ、3着グレードライド、サクラフィナーレ、ここを勝って新馬戦から2連勝! 来年の桜花賞へ向け、まずは・・・・・・』
「よし! 勝ったぞ!」
武藤調教師は、正面スクリーンを見て小さくガッツポーズをする。
2歳で2勝を出来た事で、3歳でのレースに向け色々と展望が開けてくる。
「夏場の苦労が、何だったのかって思いますよ。これで桜花賞には出れそうですかね? 勝つ勝たないは置いといて、桜花賞に出走しないと周りからの声が怖い気がするんです」
調教助手の言葉に、思わず胃がキュッっとなった様な気がする武藤調教師だった。
其れは兎も角、此処で2勝出来た事は、非常に目出度い。しかし、まだサクラフィナーレは重賞未勝利だ。当たり前ではあるが、桜花賞への出走権も持っていない。
昨年のサクラヒヨリと似たような状況と言ってしまえば同じなのだが、サクラヒヨリと比べると今一つ物足りない。
「これだけ走れたんだから、まあ重賞でも2着や3着は行けるだろう」
調教助手にはそう告げながらも、果たしてそう上手くいくだろうか?
2勝目で勝てたのは、芝2000mの葉牡丹賞だ。本来期待している芝1600mは、未だに適正距離内かどうかの判断も出来ていない。
「とにかく、まずは長内騎手を激励に行くぞ。長内騎手も、サクラヒヨリの主戦を降ろされ、その後のサクラヒヨリの活躍で色々と思う所はあっただろう。それでも、頑張ってくれたからの結果だ」
「そうですね、長内騎手は本当に真面目で良いジョッキーですから」
サクラヒヨリの有馬記念回避で、結構なショックを受けていた長内騎手だったが、これで少しは気を持ち直してくれるだろう。来年に向けて夢が広がったのは、何も調教師や馬主だけではない。
鈴村騎手が、サクラヒヨリに騎乗し桜花賞を連覇。更には、牝馬2冠を達成しただけに、長内騎手も桜花賞を勝つために必死になるだろう。それこそ、馬が違っても全妹という事で、同等の能力を持つと勝手に思い込む俄か競馬ファンも多い。
「ハッキリ言って、技量だけなら鈴村騎手より長内騎手の方が上だしな。まあ、運という点だけに注目すれば、鈴村騎手の圧勝のような気はするが」
「そうですね。あと、長内騎手は常識人ですから。そう言う意味では鈴村騎手は天才に分類されるのかもしれませんね」
武藤調教師は、思わずマジマジと調教助手の顔を見てしまった。
「まあ。そうだな。凡人ではないな」
凡人ではないが、あれは天才かぁ?
思わず腕を組んで考え込む、武藤調教師であった。
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