有馬記念 友情、友情ですよね?

第114話 トッコの冤罪発生?

 馬見調教師は、何時もの様にミナミベレディーの馬房へとやって来て首を傾げる。


 ベレディーは秋の天皇賞の疲れも取れて、見るからに元気そうだな。元気そうなのだが・・・・・・。


「なあ、ベレディーなんだが太ってきてないか? 回復して来てると安心していたんだが、何となく胴回りが太くなってないか?」


「言われてみると・・・・・・太くなってますね」


「ブヒン」(失礼な!)


 蠣崎調教助手は、毎日のようにミナミベレディーへ調教をつけている。それ故に、逆にミナミベレディーの体重変化に鈍くなっていたのかもしれない。


 もっとも、体重増加は回復の証でもあり、過剰であれば兎も角、そうで無ければ歓迎できる事であった。


 ミナミベレディーの明確な抗議を余所に、二人は胴回りなどを確認していく。


「飼葉の量などは、大きく変えてはいません。疲労を取るために運動量は最初は少なめでしたが、最近は以前と変わらない運動量を熟しています」


 ミナミベレディーが太って来た理由を、咄嗟に思い至らなかった蠣崎調教助手。しかし、そう言えばと、厩舎の入口に置かれている木箱の中を覗き込む。


「原因は、これですか」


「そうだな。これだな」


 その木箱には、北川牧場と大南辺から送られてきた、リンゴが纏めて入れられている。


 馬見厩舎所属の、ミナミベレディー以外の馬にもご褒美として与えられており、日々の食事にも刻んで混ぜられている。しかし、箱の中に入っているリンゴの量は、想定以上に、目に見えて減っていたのだった。


「そう言えば、波多野の奴がベレディーに、ちょこちょこリンゴをあげていると言ってましたね。確か、飼葉桶を鳴らして催促するようになったとか」


「その話は、山田からも聞いたな。甘えて来るので、ついついリンゴをあげてしまうとか」


「ブフフフン」(リンゴは問題無いのよ?)


「よしよし、ベレディーは元気だな」


「有馬記念までに絞らないと駄目ですね」


「ブルルルン」(リンゴは必要よ?)


 馬見調教師達は、会話に入り込んでくるミナミベレディーの鼻先を撫でながら、今後の調教内容の見直しと、間食注意を徹底する様に厩務員全員に指示する事にした。


◆◆◆


「ブフフフフン」(リンゴを減らしちゃ駄目なの!)


「ブヒヒヒヒン」(リンゴが無いとお腹が空くの!)


 私は、馬房から去っていく調教師のおじさん達に、声を大きく抗議するのですが、おじさん達はそのまま去って行っちゃいました。


「ブルルルン」(そんなに太ってないよね?)


 鏡が無いので判りませんが、間食と言っても一日にリンゴを5個か10個かくらいしか食べてませんよ?


 調教でも、まるでレース前に戻ったように坂路を走ってますし、しっかり運動しています。何か酷い勘違いをしていると思うのです。


 馬房の中で、少し軽やかにステップをしてみます。うん、全然問題ないですね!


 やっぱり、おじさん達が勘違いしているのだと思います。明日の調教で軽やかにステップして見せれば、きっと勘違いだと気が付いてくれますよね?


「ブフフフン」(でも、有馬記念って何でしょう?)


 最後におじさん達が、みんなで何か言っていました。もしかして、今年はまだレースを走るのでしょうか?


 だんだんと寒くなってきているし、もう温泉でゆっくりしても許されると思うのです。


 そう思う私ですが、2歳の同じような時期にレースを走りましたよね? 雨が降っていて、鈴村さんがガチガチになっていたレースだったような。


 気温が低ければ体も硬くなるし、鈴村さんがガチガチになってしまったのは判りますよね。寒いと手も悴んじゃいますから。そう考えればお馬さんは冬毛が生えるから少しは良いのでしょうか?


 冬に行く牧場だって、北海道よりはマシだと思うのですが、それでも寒いですからね。


 この暮らしている馬房でも、冬には暖房が入ります。外の気温が思いっきり低いので、温かいかと言われれば、今一つですけどね。でも、石油ストーブとかでもし火事が出たら、それはそれで怖いですよね。私達は馬房から出れませんから、火事になったらお馬さんの丸焼きになっちゃいます。


「ブフフフフフン」(エアコンと、セラミックファンヒーターが希望なのです!)


 あれは火を出しませんよね? でも、そういえば何がセラミックなのでしょう? うん、良く判りませんが、暖かくて火事にならなければ何でも良いかな?


 馬着を着ているのですが、冬毛が伸びてはいないので、体感的にも思いっきり寒いですね。お馬さんは寒さに強いので、まだ何とかなっています。でも、もし人間だったら耐えられないと思います。


 兎に角、ご飯は食べ終わっているのです。後は、寝藁に包まって寝る事にしましょう。でも、今までのようにはリンゴを貰えなくなっちゃうのかな? すっごいショックですよね。


「ブヒヒヒヒン」(お腹が空いて来たよ~)


 リンゴの事を考えていたら、お腹が空いてきました。でも、貰えそうには無いので、空腹を我慢して寝ちゃいましょう。こうなったら不貞寝ですね。


 今度からは、リンゴもすぐには食べず、少し寝藁に隠して置くのが良いかもしれません。そうすれば、好きな時にリンゴが食べれますよね?


 モゾモゾと寝藁に寝転がって、本格的に眠る準備に入ります。


 チラッと気になったレースの事も、リンゴが減らされるショックで忘れちゃって、私はそのまま寝ちゃうのでした。


◆◆◆


 武藤厩舎では、武藤調教師が有馬記念の人気予想を見て唸っていた。


「テキ、桜川さんは何と言っているんです?」


「昨年のミナミベレディーは、出走を回避しているからな。ましてや、今回のメンバーでは掲示板に上がるのすら厳しいかもしれん。無理はさせなくても良いとの事だ」


 武藤調教師の言葉に、調教助手も、厩務員達も、ホッとした様子を見せる。


 年末に開催される有馬記念で、既に出走を表明しているのは、ミナミベレディー、タンポポチャ、プリンセスフラウ、トカチマジック、その他にもGⅠを勝った事のある馬が目白押しだった。今年の牝馬2冠馬であるサクラヒヨリといえど、中々に厳しいレースを強いられるのが目に見えている。


「やはり、回避の方向で進めよう」


「判りました。やはりミナミベレディーとの姉妹対決を望まれているんでしょうが、今のヒヨリでは古馬の、ましてや牡馬を交えてだと更に厳しいです。ただ、長内騎手は、がっかりしそうですが。有馬記念に出走ならば、ぜひ乗り替わりの騎手にとPRしてましたから」


 調教助手の言葉に、武藤調教師も苦笑を浮かべる。


 長内騎手の努力は、武藤調教師もしっかりと理解している。もしミナミベレディーとレースが被るようであれば、長内騎手に騎乗を頼むつもりではいた。


「それは、来年まで我慢してもらおうか。来年であれば、嫌でも何処かでミナミベレディーとの直接対決があるだろう」


 今年の牝馬2冠馬のサクラヒヨリと言えど、評価で言えば昨年の3歳牝馬達に比べると、まだまだ下に見られている。現在の4歳馬には代表的な牝馬が多く、その評価を覆すには、その古馬達に直接対決で勝たなくては覆らない。


「本番は来年以降だな。もっとも、4歳になって、GⅠを何処か一つ獲るだけでも、並大抵の事ではないのだが。ヒヨリが1600mを走れれば、又、違ったのだろうが」


「5歳になればともかく、4歳の間は厳しそうですね」


 ミナミベレディーを含めて実績を出している牝馬達は、恐らく5歳で引退していくだろう。願望が多分に混ざってはいるが、サクラヒヨリは5歳であっても十分に活躍してくれそうである。その為、焦る必要は無いのだろうが、せめて何処かの重賞を一つでも勝ちたい。


「前に馬見調教師が言っていたが、ミナミベレディーは放牧で間を空けすぎると、調子が落ちるらしい。ヒヨリが同じとは限らないが、有馬記念を出さない代わりに1月の日経新春杯か、AJCC辺りに出走させる。皆もその心算でいてくれ」


「なるほど。距離も芝2400mか、2200mですね。確かに、有力馬が有馬記念を走って不在ですから、手頃ですかね?」


「そうなってくれると有難いのだがな。中京よりも、中山で行われるAJCCの方が良いのではと思ってはいるが、そちらもメンバー次第だな」


 そう告げながらも、武藤調教師は若干難しい表情を浮かべている。


「そうすると、ヒヨリは今から短期放牧に出しますか? 12月の中には戻さないと間に合いませんが、若しくは放牧はせずに調教を続けるという選択肢もありますけど」


「ミナミベレディーが有馬記念後に放牧となると、ヒヨリの放牧はどっちにしろ重ならん。であるなら放牧はせず、ギリギリまでミナミベレディーと調教する方がましだろう」


 調教助手の質問に、武藤調教師はあっさりと決断する。


 有馬記念迄は、ミナミベレディーと共に調教をする。ミナミベレディーさえ居れば、別段放牧をしなくてもメンタル的に問題は無いだろう。ただ、問題となるのは有馬記念が終わった後に、ミナミベレディーが放牧に出た後だ。


 ミナミベレディー不在の期間で、サクラヒヨリの調子が何処まで落ちるのか。この問題を今のうちにクリアしない事には、ミナミベレディーの海外遠征中や、引退後のサクラヒヨリの成績にダイレクトに影響して来る。


「解決のヒントだけでも、得られると助かるのだが」


 調教助手達にも聞こえないような声で、武藤調教師は呟くのだった。

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