第104話 秋の天皇賞 後編

 今日は5番のゼッケンなので、早めの枠入りですね。


 何時もの様にファンファーレの音が聞こえて来て、歓声と手拍子が聞こえてくるのです。ただ、人が多いからなのか、何となく地響きみたいに響きますね。


 その為一部のお馬さんが、明らかに興奮状態です。騎乗している騎手の人が必死に宥めているのが判ります。


「ブフフフン」(困ったものですね)


 そんな私は、特に何時もと変わらず馬溜まりでくるくると回っています。そして、その後は早々に、ゲートの中へと案内されちゃいました。


「手綱をゆったり、手綱をゆったり」


 うん、鈴村さんがテンパってますね。私も用心して頭を上げ下げします。以前の様に問題無いか、一応は確認しました。


「あ、ごめんね。ベレディーまで緊張しちゃうね」


「ブフフフン」(大丈夫だよ~)


 私の返事を聞いて、少しでも緊張が解れてくれればいいな。


 そんな事を思いながらも、他のお馬さん達の状況に注意します。他のお馬さんも、結構ピリピリしていましたからね。


 鈴村さんは、相変わらず手綱を持つ手が小刻みに揺れています。それでも、手綱をゆったり持っているし、スタートすれば落ち着いてくれるといいな。


「ベレディー、最後の馬が入ったよ」


 鈴村さんの声が、ちょっと震えていますね。でも、しっかりと声に力はこもっていました。


 私は鈴村さんの指示を受け、グッと力を溜めてスタートの準備に入ります。


ガシャン!


 音を立ててゲートが開きました。


 私はゲートが開くのと同時に、一気にスパートを掛けました。事前に鈴村さんから聞いていたのは、このコースは最初のコーナーが狭いそうなんです。だから、ここで前に出れないと馬群の中に沈んじゃう可能性がるみたい。


「最高のスタートだよ!」


 まずは無事にスタートが出来たからか、鈴村さんの声に若干安堵の色が見えるかな? ただ、好スタートを切ったんですが、予想以上に先頭争いが熾烈ですね。


「あれ、鞭が入っているね」


 外から1頭、グンと伸びて来たお馬さんがいます。鈴村さん曰く、スタート早々鞭が入ったみたいです。でも、それ以外のお馬さん達も、何か皆さん速いです? 内に入ろうにも、内側から1頭前に出て来て邪魔をしています。


 緩やかな下りだから、速度がつきやすいのかな? 何となく速い流れにそのまま乗って、最初のコーナーを曲がります。


 今までと、何か違うね。


 いつもなら此処で息を入れる感じで、速度を落とすんですよね。ただ、どのお馬さんも、速度を落とす気配がありません。ここで速度を落としちゃうと、周りをお馬さんで囲まれてしまいそうです。


「きついなぁ、休み処が無いよ。この先に坂があるから、そこをピッチ走法で抜けて先頭を押さえるよ。そして少し息を入れよう」


 向こう正面の直線を走っていると、坂に掛かりました。そして、ピッチ走法に切り替え駆け上がります。ここで漸く、先頭に立つ事が出来ました。


「ここで少し息を入れるよ」


 鈴村さんの指示で、少し走る速度を緩めます。


 一応、私が先頭に立ったからなのか、速度を緩めたからと言って追い抜いて行こうとする馬はいません。


 でも、もうなんか疲れたよ?


 登ったと思ったら、また緩やかな下り坂になっちゃいました。


 そして、ここで再度後ろの馬が前へと押し出してきます。ただ、ついて行こうかと思った私を、鈴村さんは押し留めます。


「隣の馬がもう少し前に出たら、少し加速するよ。内に入れないようにね」


 鈴村さんの指示で、外から抜けて来たお馬さんと同じくらいの速度で走ります。内側に入れないように、其処だけを注意します。そして、そのままカーブへと入っていくと、外のお馬さんは自然と後ろへと下がっていきました。


「うん、いいペースだよ。あとは最後の直線、途中の坂と、その後の直線が長いからね」


 カーブを回りながら後ろをチラリと見ますが、先程先頭争いをした2頭以外は少し後ろに離れています。


 そして、下り坂が今度は緩やかな上り坂になりました。


 ううう、緩やかですけど、疲れていると上り坂は嫌です。


 そう思いながら4コーナーへ入った所で、今度は此処からスパートかなと思っていたら、鈴村さんからはまだ指示が来ません。


 あれ? まだなのかな?


 ちょっと不思議に思っている間にも、最後の直線へと入ります。


「ベレディー、行くよ!」


 首の所をトントンと叩かれ、脚に力を込めて一気に加速を始めます。


 私に合わせるように、後ろの馬達も加速するのが判りました。


「最後の坂があるからね、そこでピッチ走法に変えるよ」


 鈴村さんの指示が飛びますが、横に広がったお馬さん達が追い上げて来ました。


 普通に走った感じだと、あちらの方が末脚は上なのでしょうか? 次第に真横に並んできます。


「ピッチ走法!」


 必死に前へ前へと駆けていると、鈴村さんの指示が来ました。


 咄嗟に走り方をピッチ走法に変えると、目の前に急な坂が立ち塞がっています。


「この坂を越えたら最後の直線だよ。でも300M以上あるからね!」


 持久走じゃないのに、もう息が苦しいよ! 何かすっごく疲れるんだけど!


 思いっきりペースが崩れている気がしますね。既に呼吸は荒いですし、頭が上がりそうになっちゃいます。最初から、何となくハイペースで走り抜けている気がしていたんです。ただ、とにかく後はこの坂を上りきれば・・・・・・。


 そんな思いで坂を駆け上がろうとしたのです。そしたら、後方から一頭のお馬さんが駆け上がって来ました。


 そして、坂をピッチ走法で頑張って走る私を、あっという間に抜き去ろうとします。


「ベレディー!」


 あまりの勢いに、私も咄嗟に反応できません。


 その為、既に半馬身くらい前に出られちゃっていました。


「ベレディー頑張って! 桜花ちゃんが見ているよ!」


 そうでした! 今日は久しぶりに、桜花ちゃんがレースを観に来てくれたんです!


 最近、私のレースに来れなかった・・・・・・ような気がする? そんな桜花ちゃんが、態々観に来てくれたんです。


 何かすっごく疲れたなぁって、言ってる場合じゃ無いんですよ。勝たないとなんですよ!


 タンポポチャさん直伝の走法で、必死に残りの坂を駆け上がります。そして、疲れて上がり気味だった頭を、振り子のように振り下げて、必死に私はステップを刻みました。


「ベレディー、頑張って!」


 あっという間に抜かれたお馬さんを、今度はジワジワとですが抜き返します。


 とてもでは無いですが、一気に抜き返すほどの余力も気力も残ってないです。そもそも、最初からあったかも疑わしいのですが、それでも離されずに逆に差は縮んでいるのです。


 坂は上り切ったんですが、ゴールはまだ少し先に見えます。


 ただ、横の馬とは、ほぼ並走状態です。このゴールまでの間で、しっかりと差し返さないと!


「フ、フ、フ、フ」


 鈴村さんの息遣いが聞こえて来ました。


 その息遣いに合わせて、頭を押してくれる鈴村さん。私もそのリズムに合わせる形で、必死に地面を蹴りつけます。


 息が苦しいよ~、息が続かないよ~。


 そんな事を思っていたら、持久走の時みたいに頭がボ~としてきました。


 でも、ここで頑張って、何とか勝たないと、桜花ちゃんが悲しむよね?


 本当にジワジワとですが、お馬さんを差し返して差が広がったかな。何とか少し前に出たかな? ただ、横のお馬さんも、必死にもう一回抜き返そうとしています。


 負けないんだから!


 更に想いをしっかりと込めて、大地を蹴る脚に力を入れます。


 あれ? 何か桜花ちゃんがゴールの先に見えて来たよ? 何でそんな所にいるんだろ?


 でも、桜花ちゃんだ~~!


 桜花ちゃんの突然の出現に、体が軽くなって速度が上がったような気がした時、手綱がグイっと引かれました。


「ブフン」(あれ?)


 何事? そう思った瞬間、何かゴーゴーという音が聞こえます。


 何の音だろうと思ったら、すごい勢いでお鼻で息する、私の出している音でした。


「ベレディー、ベレディー、大丈夫?」


 ぼ~っとしていて気が付いたら、私の前に鈴村さんがいて、私の首を撫でてくれていました。


「ブフフフン」(疲れたよ~)


 そういえば、桜花ちゃんがゴールの所にいましたよね? あれ? いない?


 周りをキョロキョロ見回しますが、どこにも桜花ちゃんはいません。


「ブヒヒヒン」(桜花ちゃん何処?)


 まだ、何となくふわふわした感じがするんです。その割に、体全体は鈴村さんを2、3人乗っけているような、すっごい重さと気怠さを感じます。


「ベレディー? 本当に大丈夫? 何か変だよ?」


 首をトントンとしながら、私の状態を心配してくれる鈴村さんです。ただ、大丈夫って言われると、大丈夫じゃないって言いたくなりますよね。


「ブヒュヒュヒュン」(暫く動けないの~)


 全然、息が整う感じがしませんよ。だけど、知らないおじさんが走って来て、鈴村さんと何か話をしています。ただ、その会話にも意識が向かないので、とにかく今は息を整える事に集中します。


 心臓も凄い勢いで脈打ってるよ。


 これなら持久走のほうが楽だったかも? 思わずそんな気持ちにさせられちゃいました。


 調教師のおじさんが、走って来るのが見えました。併せて、その手には引綱を持っています。


 私の所へ来た調教師のおじさんは、鈴村さんと少し会話をして、その後、引綱を付けられて移動を促されるんです。


 息がまだ整ってないの。もう少し待って。


 そう思うのですが、思いは通じず私は仕方なくゆっくりと引綱を引かれて歩き出しました。でも、脚がすっごく重いですね。自分の脚じゃないみたいです。


「ブヒュン」(勝てたよね?)


 最後は何とか勝てたと思うのです。ただ、今思うと意識が朦朧としていたから、ちょっと心配です。


 今日のレースは、何でこんなに疲れちゃったのでしょう?

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