第101話 秋華賞の実況とその他

『各馬ゲート入りが進みまして、最後の18番キセツノウツロイがゲートに収まり、各馬スタートしました。2番サクラヒヨリ好スタート、そのまま先頭に立ちます。


 11番ミラクルシアターも手綱を扱いて内へと切り込んでいく。6番ココアプリンも負けじと前へと進んでいきます。


 1番人気サクラヒヨリ、内から好スタートで先頭に立ち、早くも後続とは2馬身程の差、2番手にはココアプリン、3番手にミラクルシアター、4番手はタートルラビット、5番手にカラフルフルーツと、早くも馬群はやや縦長に・・・・・・。


 2番サクラヒヨリ、後続とは4馬身から5馬身程差をつけて単騎で先頭、ココアプリンが後方で2番手で第二集団を形成。しかし、サクラヒヨリを単騎で走らせて良いのか! この馬の姉は、春の天皇賞を逃げ切ったミナミベレディーだ! 姉が逃した秋華賞、このまま先頭でゴールを駆け抜ける事が出来るのか! 果敢に単独、逃げの態勢。


 近年の秋華賞は、先行馬不利と言われています。その中で、サクラヒヨリが逃げを打った! 後続各馬の思惑が渦巻く中、1000mの通過タイムは59秒1、ほぼ平均タイムといった所か。


 2コーナーを抜け向こう正面へ、先頭は依然サクラヒヨリ。ここで息を入れたか、後続との差が次第に縮まって、現在2馬身程に変わりました。


 間もなく3コーナーへ入ろうかという所、4番手に付けたタートルラビット、早くも前の2頭をかわして2番手に上がって来た。ココアプリンは無理せず3番手。


 タートルラビット、そのまま先頭サクラヒヨリに並びかけて行く。それを嫌ってサクラヒヨリの鞍上、鈴村騎手の手が動いている。サクラヒヨリ、速度を上げて抜かせない! ここで、2頭並んで先頭争い!


 近年、先行馬で秋華賞を制した馬はいないと言われる中、サクラヒヨリ、タートルラビットが速度を上げて3コーナーに!


 タートルラビット、ここは無理せずサクラヒヨリの後方に。じわじわと、前を走るサクラヒヨリにプレッシャーを掛ける。


 3コーナーから4コーナー、10番手付近につけていたスプリングヒナノ、外へと持ち出し上がって来た。すぐ前を走るサイキハツラツ、それに合わせて上がって来る!


 4コーナーから直線へ、ここでタートルラビットに鞭が入った! スタミナ自慢のタートルラビット、ロングスパートか! サクラヒヨリ、此処で手鞭が入った! 先程とは比べ物にならない加速で、1馬身、2馬身と2番手タートルラビットとの差が広がっていく!


 カラフルフルーツが一気に来た! 前を走るタートルラビットを交わし、2番手に上がった! タートルラビット加速がつかない! 


 間もなく直線へと入る所で、先頭はサクラヒヨリ、後続と4馬身近い差をつけ先頭で直線に入った。


 しかし、後続も追い上げて来る! サイキハツラツ鞭が入って5番手に! 2番手を走るカラフルフルーツにも鞭が入る! 2番人気スプリングヒナノも上がって来て現在6番手! 最後の直線勝負か! サイキハツラツが大きく外へ振れた! すぐ後ろのスプリングヒナノ、鞍上のロンメルも外へ手綱を切る!


 3番手を走っていたタートルラビット、急減速! 騎手が手綱を引いているぞ! 後続馬、懸命に前を避ける!


 タートルラビット故障発生か! 場内に悲鳴が響き渡ります!


 後続から走って来た各馬、無事にタートルラビットをかわし、そのままレースは継続されています。


 先頭はサクラヒヨリ、ここで完全に独走態勢に入った。


 2番手にカラフルフルーツ、しかし伸びが今ひとつか! 3番手サイキハツラツが凄い勢いで上がって来た! 鞍上、鷹騎手が必死に鞭を振るうがサクラヒヨリに届くのは厳しいか!


 先頭、サクラヒヨリが先頭でゴール! 2番手にはカラフルフルーツか、サイキハツラツか、ほぼ2頭並んでゴール! 4着にはスプリングヒナノ、2番人気スプリングヒナノは漸く4着。しかし、審議のランプが点灯しています。その中で1着2番サクラヒヨリ早々に確定、2着以降は未だ確定していません。


 タートルラビットは未だ直線コース入り口で立ち止まったまま。江崎騎手、下馬してタートルラビットの右前脚をしきりに確認しています。


 まさかの故障発生、波乱の秋華賞となりました。直線に入った所でタートルラビットは停止しています。ここで係員がタートルラビットの方へ・・・・・・』


「う~~ん、2冠になったのは良いが・・・・・・」


「あのお馬さんは大丈夫なの?」


 馬主席でレースを見ていた桜川は、横で心配そうにタートルラビットを見る妻に対し、小さな声で答える。


「判らないな。馬の故障内容にもよるが、馬運車に乗れるようだからな。まだ判らないが、無事だと良いな」


 内に入っていた為に、横へ持ち出すなどの余裕は無かったのかもしれない。ただ、あわや後続と衝突する危険もあった中、騎手は異常を感じて咄嗟に手綱を引いたのだろう。


 真後ろを走っていたサイキハツラツとスプリングヒナノの騎手も、どの段階なのかは判らないが異常を察知して、外へと馬首を振り衝突を回避している。


「桜川さん、2冠達成おめでとうございます。でも、何かモヤモヤするわね」


 モニターにいまだ見入っている桜川に、声を掛けて来たのは十勝川だった。


 秋華賞に出走馬が居ない中、なぜ? と思いながらも、確か5レースの新馬戦に十勝川が所有している牡馬が出走し、勝利していたのを思い出した。


「ありがとうございます。そうですね、出来ればすっきりと勝ちたかった所ですが」


「ありがとうございます。でも、夫では無いですが、あの故障したお馬さんが心配になりますわ」


 咄嗟に挨拶を返す桜川夫妻だが、ここ最近は北川牧場の関係も有り交流の機会が増えていた。


 実際の所、秋華賞のレースは展開から言ってもサクラヒヨリは悪くは無かった。最後の直線で、後続の追い込みを何処まで凌げるかという所ではあるが、事前に聞いていたサクラヒヨリの出来から言って十分に凌げたのではないかと思う。


「馬運車に乗れたのですから、何とかなって欲しいですわね。関係者の人達も、漸くこれからという時ですもの」


「そうですね。競走馬の宿命とは言え、牝馬ですからせめて無事に繁殖に回れれば良いですね。騎手の判断も早かったようですし、何とか軽度の故障であって欲しい物です」


「そうね、少しレース間隔が強引だったのかもしれないわね」


 タートルラビットは夏の上がり馬だ。夏からのレースで、力のいる馬場を勝ち抜いて来た道悪巧者で、その勢いのまま秋華賞へと出走して来た。条件次第では、重賞を勝つ可能性は十分にある。


 ただ、秋華賞へ出す為に、少々強引にレースを組んだと言われても仕方が無いだろう。それでも、もし秋華賞を勝利していればタートルラビットの将来は明るい。何が良いのか悪いのか、それは走って見てからしか判らない。


「そういえば、今日の新馬戦で十勝川さんの所有馬が勝利していたかと。おめでとうございます」


 何となく、しんみりとしてしまった場の雰囲気をどうにかしようと、桜川は話題を十勝川の所有馬へと話題を変えた。


「あら、ありがとうございます。まだ新馬戦ですし、気性もちょっと臆病で2歳の間は厳しいと思っていたんですの。でも、無事に勝ってくれてホッとしましたわ」


 そう言って何時もの様に笑う十勝川を見ながら、桜川はふと昨年の今頃に思いを馳せた。


「昨年の今頃は、私もサクラヒヨリが漸く未勝利戦を勝って、その後のレースで大敗してヤキモキしていました。あの頃は1勝させるのに必死で、まさか牝馬2冠を獲ってくれるとは夢にも思っていませんでしたよ」


 鷹騎手が百日草に騎乗してくれる事になり、そこに僅かな望みを繋いでいたのを思い出す。


 桜川はこの時、十勝川の表情が一瞬、それこそ獲物を前にした肉食獣は言い過ぎだが、狙い定めたような眼差しに変わった事に気が付かなかった。


「そういえば、うちの子が新馬戦を勝てたのも桜川さんの御蔭なんですよ? 桜川さんと言うより、サクラヒヨリの御蔭と言った方が良いのかしら?

 先日、栗東へお邪魔した際に気が付いたんですが、サクラヒヨリの馬房から馬の嘶きが聞こえて来ていましてね。その嘶きを聞くまで、それはもう気が立っていたうちの子が、一気に落ち着いたんです。


 それで丁度お会いした武藤調教師に、あの嘶きは何ですかとお尋ねしましたの。そうしたら、鈴村騎手の発案という事で、桜川さんは何かお聞きです? 出来ればあの音源を、私どもにも譲っていただきたいんですが」


 突然の十勝川の申し出に、桜川は思わず返答に戸惑う。


 なにせ、桜川も武藤調教師からぼんやりとした説明を受けてはいたが、実際の所、あの嘶きがミナミベレディーの嘶きである事くらいしか知らされていなかった。ましてや、その嘶きを聞かせる事で、どういった効果があるのかなど理解の範疇に無い。


「う~ん、武藤調教師が桜花賞の時に流していたのは知っていますが、あれはミナミベレディーの嘶きですね。サクラヒヨリとミナミベレディーの仲が良いので、確か寂しくないように聞かせていたと記憶していますが?」


「あら、あの馬の嘶きはミナミベレディーなのね。私どもには判らないですが、馬達からすると美声なのかしら? それとも、あの子はませているのかしら?」


 何やら自身の想像が壺に嵌まったのか、十勝川はコロコロと笑い出した。


「もしかすると、母馬の声に似ているのではないかしら? まだ2歳ですと幼いですから」


 今まで黙って会話を聞いていた桜川の妻が、こちらも首を傾げながらそう告げる。


「あら、それはありそうね。一度うちの馬達でも試してみようかしら。それで落ち着くなら儲けものだわ」


 その後、係員が表彰式の準備が出来たと桜川を呼びに来るまで、十勝川との会話は弾んだ。この時に桜川の妻が口にした推測の御蔭で、ミナミベレディーの録音媒体が他に広まる事は、とりあえず見送りになったのだった。

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