第97話 トッコとタンポポチャさんとスプリンターズステークス
移動して来たタンポポチャさんは、午前中に到着して獣医さんの検査を受けていたそうです。
その為、私は午前中にヒヨリと引綱でお散歩をして、午後はタンポポチャさんとお散歩の予定になりました。
だいたい半年ぶりかな? 前回はタンポポチャさんが来てくれて、その後には私が栗東トレーニングセンターへお邪魔したんです。ただ、私がお邪魔した時には、タンポポチャさんは既に放牧に出ていて会えなかったんですよね。
そんな、久しぶりに会う友達にドキドキして、手綱を引かれながらお散歩コースへと向かったのです。それなのに、何故か出会った傍からタンポポチャさんは私の匂いを嗅ぎまくりです。
「ブフフフフフン」(臭くなんかないよ? 朝のお散歩の後も洗って貰ったよ?)
やはり女の子ですから、臭いと思われたりしたらショックですよね。
流石に香水をつける訳にはいかないですし、そもそも香水の匂いは苦手です。だから、いっつもお強請りして綺麗にして貰ってるので、そんなに匂うはずはないはず?
「キュヒヒン」
私の抗議の声はそっちのけで、匂いを嗅いでいたタンポポチャさんですが、今度はハムハムとグルーミングを始めようとします。
「タンポポチャ、それは引き運動が終わった後だ。今はまず引き運動をするぞ」
「キュヒン」
引綱を引かれて、ややご立腹な様子のタンポポチャさんですが、私が引綱を引かれて歩き出すと慌てて横へと並びました。
「キュフン」
「ブフフフン」(引綱引かれたから、私は悪くないよ?)
何となく、何勝手に歩き出すのよと言われているみたいなので、一応自己弁護をしておきます。
厩務員さん達も慣れているのか、私とタンポポチャさんが並んで歩いていても以前程は気にしませんね。
「ミナミベレディーが、体調を崩してなくて助かりました。今回の移動でもタンポポチャは、美浦トレセンに着いた途端にキョロキョロとして大変だったんですよ。これで、ミナミベレディーに会えなかったらと思うと怖いですね」
タンポポチャさんの所の厩務員さんが、そう言ってタンポポチャさんの首をトントンします。
そっか、タンポポチャさんも、やっぱり私に会えるのを楽しみにしてくれてたんだ。
厩務員さんの言葉なので、実際はどうか判りません。それでも、私としては嬉しいです。
「ブフフフフン」(そっかぁ、楽しみにしてくれてたんだ)
カプッ
「ブヒヒン!」(なんで!)
嬉しくなって、ニコニコしながらタンポポチャさんに話しかけたんです。それなのに、何故かカプっとされました。そこまで強くは無いので、痛いと言うほどでもない事も無い? う~ん、ただタンポポチャさんを見るとツンとして横を向いています。
「ブルルルン」(ツンデレさんなんだから)
私がそう言うと、再度お口を開けたので、数歩下がって回避しました。
「こらこら、会えて嬉しいのは判るが、さあ、散歩を再開するぞ」
タンポポチャさんが私にカプッとしたので、何となく止まってしまったお散歩を再開しました。
その後、いつもの様に洗って貰って、マッサージをしてもらいます。ただ、その後はグルーミングタイムになるので、これって洗って貰った意味はあるのでしょうか?
「ブフフフン」(涎で汚れるような?)
「キュヒヒン」
思わず声に出して疑問を呈しますが、ハムハムを中断したためにタンポポチャさんのお叱りを受けます。
ハムハムハム
お互いにハムハムしているのですが、その間の厩務員さん達は休憩タイムっぽいです。
「それにしても、勝算はどうなんです? 芝1200Mは勝手が違うと思いますが」
「タンポポチャは、1600Mまでしか経験が無いので未知数ですね。何と言っても距離が短いので、ちゃんとスパートしてくれるかどうか、もっとも、ミナミベレディーとの併せ馬などで、ゴール板を認識出来ているようなので、ゴール自体は大丈夫ではないかと期待していますが」
ん? ゴール板です? あれは私も最初は勘違いしていましたよね。もう少し、お馬さんにも此処がゴールだよと判る様に出来ない物でしょうか?
確かマラソンとかだとゴールのゲートがあったりしますよね? スタートのゲートみたいに、ゴールも稼働出来るようにするのがお勧め?
カプッ
「ブヒヒン」(あうあう!)
ついグルーミングがなおざりになってしまい、タンポポチャさんのハムハムではない口撃を受けちゃいました。ヒヨリといい、タンポポチャさんといい、何かお嬢様が多すぎて困りますね。
ハムハムハムハム
タンポポチャさんを再度ハムハムしながら思うのですが、このグルーミングは何時迄続くのでしょう?
◆◆◆
タンポポチャさんは、今日の朝早くレースに向けて競馬場へと行ってしまいました。
次に会えるのは、何時頃なのでしょう?
ちょっと物悲しい気持ちになりますね。タンポポチャさんが居る間は、午前中はヒヨリとお散歩、午後はタンポポチャさんとお散歩、そして何故か最初に二人? 二馬? とにかく会えば私の匂いをフンフンと嗅がれて、ご機嫌が悪くなります。それを宥める所からのスタートとなるので、中々に気苦労が多かったのです。
あと、ヒヨリに会った時に、ヒヨリの所の厩務員さんが話をしていたのですが、どうやらフィナーレはヒヨリと一緒に駆けっこしているみたいですね。
ヒヨリもお姉さんになったんだなぁと、思わず感慨深くなっちゃいます。
そして、私も漸くですが、速足くらいでなら走る事が許されました。
出来ればタンポポチャさんと何時もの競争をしてみたかったんですが、結局は最後まで、許可されなかったんですよね。ちょっとションボリしちゃいました。
◆◆◆
『暑い夏が過ぎ、馬肥ゆる秋の言葉とはまったく逆に、スラリとしたサラブレット達が此処中山競馬場に集っています。
間もなく開催されます第※※回、GⅠスプリンターズステークス。芝、外回り1200Mで争われますこのレース、今年度秋のスプリンターを決め、最優秀短距離馬の称号を占う大事な一戦、春の高松宮記念を勝ちました5番テンカイオウド、1番人気の重圧を跳ねのけれるか!
セントウルステークスを勝ち、駒を進めた8番コチノクイーン、初のGⅠタイトルを奪取できるのか!
そして、何と言ってもヴィクトリアマイル、安田記念とマイル路線を勝ち進んできた3番タンポポチャ、芝1200Mは初挑戦。2番人気と人気を集めていますが、果たしてその人気に応える事が出来るのか! 最優秀短距離馬の称号はどの・・・・・・』
スプリンターズステークスの実況が始まる。
磯貝調教師としては、出来る限りの努力をして来たつもりだ。適正としてはマイラーであるタンポポチャにとって、芝1200Mは未知の距離である。それでも、末脚の切れを見ても、他のスプリンター達に引けはとらないと自負していた。
「やれる事はやった。ミナミベレディーと会えた御蔭で、お嬢様のご機嫌も上々だ。出来ればもう少し外枠が良かったが、後は鷹次第だな」
そう呟きながらも、祈る様な思いでレース開始を見つめる磯貝調教師だった。
『各馬ゲートへと無事納まりました。今スタート! 3番タンポポチャは好スタート、5番バックスイングも悪くは無い。緩やかな下りを利用し、各馬順調に加速していきます。
ここで先頭に立ったのは、5番バックスイング。そのすぐ後ろには3番タンポポチャ。マイルとは違い、前寄りでレースを進めます。
その後ろには11番ミルキーカフェ、8番コチノクイーンも前に出て来る。並ぶように・・・・・・。
各馬揃って緩やかなカーブを抜け、間もなく直線へと差し掛かります。
ここで、後方から上がって来たのは14番テクテクテクテ。順位を次第に前へと進める。
直線に入り、各馬一斉に鞭が入った!
依然、先頭はバックスイング! ここで外からタンポポチャが一気に前に出た! タンポポチャが先頭! しかし、バックスイングも懸命に粘る! 2頭がほぼ並んだ状態!
後方から8番コチノクイーンも伸びて来た!
各馬、中山の最後の急坂へと差し掛かり、更に突き抜けたのは3番タンポポチャだ! バックスイングとの差は半馬身! バックスイング一杯か! コチノクイーンも届かない!
タンポポチャ、先頭でゴール! 勝ったのはタンポポチャ! 2番手にバックスイング! 3番手にコチノクイーン!
マイルの女王タンポポチャが、スプリンターを相手に末脚勝負を力で制しました!
第※※回スプリンターズステークスを制したのは、マイルの女王タンポポチャ! 今年の最優秀短距離馬の称号はタンポポチャで決まりか! 鞍上の鷹騎手、高々と腕を振り上げた!』
タンポポチャが、無事に先頭でゴールへと駆け抜けた。磯貝調教師は、その瞬間に安堵の表情を浮かべる。
勝てるだろうと信じてはいたが、実際に勝つまでは何一つ安心など出来ない。
「毎度の事だが、レースなど見ないで結果だけ聞きたいもんだな」
調教師としてそんな事が出来る訳も無いが、勝てる馬であればある程にプレッシャーは強い。今日は勝てたから良いとして、負けた時のダメージは更に大きい。
「これで結果は出せた。あとは次走だが、エリザベスへ行くのか、マイルチャンピオンへ行くのか。また、オーナーと相談だな。まあエリザベス女王杯へ行くんだろうがな」
タンポポチャはオークスでも、秋華賞でも勝利している。ただ、最近はマイルで古馬にGⅠで勝利している為に、マイラーの印象が強い。古馬や牡馬を交えたGⅠであれば、やはりマイル以外では苦戦すると思われる。
そこに、今回のスプリンターズステークス勝利で、短距離馬の印象も加味されただろう。オークス馬であるにも関わらず、中長距離のイメージはミナミベレディーが強すぎてタンポポチャの影は薄いのだ。
「エリザベス女王杯を勝てば中距離のイメージも強化されるだろう。マイラーが悪い訳では無いが、繁殖へと回った時に産駒が牡馬であればぜひ欲しいイメージなのだろうな」
何にせよ、とりあえず勝つ事が出来たのだ。次につなげるのは明日以降にして、今日くらいは何も考えずに寝たいと思う磯貝調教師だった。
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