第93話 オールカマー 実況とその後の騒動 前編
『晴天に恵まれたこの中山競馬場、天皇賞への優先出走権を賭け、第※※回GⅡオールカマーが間もなく開催されようとしております。
今年のオールカマー、地方競馬からは8月に行われた黒潮杯を勝ちましたカゴシマホマレ、昨年の皐月賞勝利馬ミチノクノタビの2頭が参戦しております。
しかし、今年の注目馬は何と言っても1番人気、春の天皇賞、宝塚記念を勝利し、牝馬初の天皇賞春秋制覇を狙うミナミベレディー。放牧明けのレースでは、様々な要因もあって勝利がない。GⅠを既に4勝していながら、何故かGⅡ未勝利のミナミベレディー、このオールカマーで初のGⅡ勝利となるのか!
トカチマジックは毎日王冠へ、ファイアースピリットは京都大賞典へと出走を決める中、このオールカマーでミナミベレディーの勝利を阻む馬はいるのか・・・・・・』
競馬場での実況が始まり、馬見調教師達はミナミベレディーの様子をターフビジョンで注視していた。
「集中できていないな」
「そんな感じですね。何処となくいつもと違います」
鈴村騎手が、騎乗してからもミナミベレディーの首をトントンと叩き続ける様子が見える。
これは、今までのレース前にはあまり見られない仕草だった。
ミナミベレディーは、比較的のんびりとした馬だが、レース前にはちゃんとレースに向け気持ちを高めている。その一番良い例は、北川牧場の桜花ちゃんが見に来ているときだというのだから笑えないのだが。そうでない時も、レース直前には勝利に向けて意識を研ぎ澄ましているような所がある。
「今回は、べレディーがレースに集中出来ていない気がするな」
「そうですね。やはり放牧明けというのが有るんですかね?」
蠣崎調教助手の言葉に頷く馬見調教師だが、放牧後の最初のレース
を苦手とするならば、それはそれでレーススケジュールを組まなければならない。そういう意味でも、昔ほどレース後にコズミが出なくなったことはありがたい。
「まあ、本番前の一叩きが出来る様になって良かったと思うか。勿論、勝って欲しいが、ここで気合乗りしてくれればそれで良い」
「そうですね、本番まで一ヶ月ちょっとですからね」
そう話していると、ファンファーレが聞こえてきた。
『無事、各馬揃いまして、スタートしました! 5番ミナミベレディー、スタートが遅れた! ここで先頭に立ったのは2番オリバーナイト! 好スタートを切り先頭に立った! 外からも11番カゴシマホマレが押し出してくる。7番ダークレインも悪くない。各馬一斉に先頭争い!
スタート巧者のミナミベレディー、まさかの8番手から9番手! このまま馬群に収まるのか! ミナミベレディー陣営の計画通りなのか!
逃げ馬ミナミベレディー、今日は逃げずに中団待機に戦法を変えてきた!
熾烈な先頭争いが続く中、最初の坂を抜け間もなく1コーナーへ入って行く。ここからは緩やかな上りだ。コーナーに入って馬群は次第に縦長に展開。
そして2コーナーから緩やかな下りに変わって、各馬の脚も自然と速くなる。ここで早くも動いたのがミナミベレディー、前の馬を外からゆっくりとかわしながら、現在6番手から5番手に位置を上げます!
先頭は、2コーナーを抜け向こう正面直線。ハナを切るのは2番オリバーナイト、そのすぐ後ろに11番カゴシマホマレ。3番手にダークレイン、その横に13番ネクロミア。その1馬身後ろに、5番ミナミベレディーが居ました! 今までのレースから一転、中団前寄りのレース!
各馬緩やかな坂を下り、3コーナーへと入っていく。依然、ミナミベレディーは5番手、動きはない。代名詞のロングスパートに入らない! ここで後方の馬達が、前へ前へと距離を縮めて来ます。
ミナミベレディーの前を走るネクロミア、鞍上は日比野騎手。頻りに後方を振り返っている。ミナミベレディーのスパートを警戒しているのか、3コーナーに入ってから、幾度と後方を確認します。
おっと! ここで漸くミナミベレディーに手鞭が入った! ミナミベレディー、一気に速度を上げるが、コーナーからやや離れるようにして、最後の直線に進む!
前の馬をかわすには、ややコースが変だ! これは逸走か? どうなんだ! ここで前を走るネクロミア! 大きく外へとよれた! ミナミベレディー、その横を、距離を大きくロスして直線に入った!
何だこれは! 鞍上の鈴村騎手、ネクロミアが外へよれるのを予期したかのような騎乗! ネクロノミヤ、ここで大きく後退! 先頭は変わらずオリバーナイト! ほぼ差がなくカゴシマホマレ! まもなく最後の坂、ここでダークレインは足が止まったか! じわじわと後退!
大外からミナミベレディーが上がって来た! 懸命に先頭を捉えようと駆け上がって来る! 更に後方からオーガブラザーも上がってきた!
ミナミベレディー、再度、強烈なスパート! 坂を一気に駆け上がって先頭を捉えた! 残り半馬身、これは抜き去るか! どうだ! 捉えるか!
抜けた! 抜けた! ミナミベレディー、ゴール前で一気にオリバーナイト、カゴシマホマレをかわし首差でゴール!
勝ったのはミナミベレディー! それも、ロングスパートでもない! 大逃げでもない! 中団から前を走る4頭を抜き去って、差し切り勝ちでゴールを駆け抜けた!
末脚の切れを不安視されていたミナミベレディーが、まさかの差しきり勝ちだ! 秋の大一番を前に、ミナミベレディー、新たな武器を、また一つ手に入れた! 勝ったのはミナミベレディー! しかし、掲示板には審議の文字が点灯します!』
「おいおい、勝てたのは良いが、なんだ今のレースは! 明らかに妨害行為だぞ!」
「レース中から、頻りにベレディーを気にする仕草をしていましたよね。絶対に故意ですよあれは!」
レースを見ていた馬見調教師と、蠣崎調教助手は、最後のコーナーでネクロミアが外への膨らみ、あわやミナミベレディーと接触の危険性があった事に気が付いていた。そして、その手綱捌きと馬の動きから、騎手によって故意に行われた事を確信している。
近年、中央競馬では少なくなったが、過去には良くとは言わないが、レースに金銭が絡むがゆえに発生していた事案だ。
「鈴村騎手も、嫌な予感がしてのあのコース取りだったんでしょうね」
「そうだな、ちょっと行ってくる」
審議のランプが点灯したことからも、競馬協会のほうでも把握しているだろう。しかし、こちらとしても協会に厳重に抗議しなければ、下手をすれば人の、そして貴重な馬の命に関わる事だ。
馬見調教師は、顔を真っ赤にして協会事務所へと向かうのだった。
◆◆◆
ゴールして、ミナミベレディーを停止させた香織は、とりあえず無事にレースが終わったことにホッとしていた。
あの騎手が行った手綱捌きはしっかりと覚えている。あれはべレディーが外へとスパートを掛けたための動揺で発生したミスなどではない。明らかに意図しての手綱捌きだった。それは即ち、故意に全力疾走中のミナミベレディーに馬をぶつけようとした事に他ならなかった。
「絶対に許さない!」
「ブヒヒヒン!」(すっごいムカつくの!)
ミナミベレディーも首をブンブン振って怒りを現している。この様なミナミベレディーを見るのは初めてだが、やはりミナミベレディー自身もあの動きに危機感を覚えたのだろう。
周りを見渡すと、さっさと検量室へと入っていく件の馬の姿が見えた。
香織は、必死に心を落ち着けながら、そして憤っているミナミベレディーを宥めながら、手綱を操り検量室へと向かう。
そして、香織が検量室へと入ると、奥の方で何か騒動が起きているのがわかった。
ただ、馬達が驚き怪我をしたりしないようにと、怒鳴り声などは抑えられている為、何が起こっているのかわからない。とにかく、香織は検量を終えて先ほどの騎手へと抗議に向かうことにする。
「もう一回言ってみろ! わざとじゃ無いだと! 俺達がそんな事も気がつかない馬鹿だと思ってるのか!」
「あれがわざとじゃ無いなら、貴方は騎手を辞めたほうがいいですね。まあ、この後の結果次第では騎手資格剥奪だと思いますが?」
「うるさい! 何で関係ないお前たちに、そんな事を言われないといけない! お前ら関係ないだろうが!」
喧騒が起きている場所へと香織が足を踏み入れると、そこでは例の騎手が香織の知る美浦所属の騎手達に囲まれているのが見えた。
「俺はモニターで見てたんだがな、あそこまで露骨にされたら、嫌でも気がつくって。やるにしても下手すぎ。あんな腕だと地方競馬に来れんって。地方の騎手はもっと巧妙だでさあ」
見たことのない、恐らく言動から行って地方競馬から来ている東浦騎手なのだろう。しかし、思いっきり不穏な発言をしている。
ただ、どうやら先程の行為に気がついた騎手達が、件の騎手に問い詰めてくれているようだった。
「あれは、明らかな妨害行為です。いえ、危険行為です。思いっきりミナミべレディーにぶつけようとしましたよね?」
香織も、輪の中に入ってその騎手を問い詰めることにするが、香織はその騎手の顔に、見覚えが無かった。
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