第90話 紫苑ステークス 実況とその後

『第※※回 紫苑ステークス 芝右回り2000mで行われます秋華賞へのトライアルレース。今年は牝馬16頭で争われます秋華賞への前哨戦、どういった展開を見せるのか。昨年は、1番人気の桜花賞馬ミナミベレディーがアクシデントに見舞われての5着、その姉の雪辱を果たせるか1番人気サクラヒヨリ。


 オークスでは惜しくも3着に終わりましたが、姉の獲れなかった秋華賞へ向け此処は何としても勝って弾みをつけたい所。鞍上は、主戦騎手となった鈴村騎手が手綱を握り・・・・・・。


 各馬、無事にゲートへと収まりまして、今、一斉にスタート! 1番人気8番サクラヒヨリ安定したスタート! 3番ココアプリンも好スタート、サクラヒヨリを抑え先頭に立ちます! ここで一気に前に出たのは6番ミラクルシアター、凄い勢いで先頭に、これは掛かっているのか! 鞍上、必死に手綱を引いている!


 1番オノノコマチはやや出遅れたか。ここで6番ミラクルシアター、先頭に立ちます。


 そのすぐ後ろに3番ココアプリン、半馬身離れて4番カリスマルビー、最内に1番オノノコマチ、8番サクラヒヨリはこの位置。そのすぐ内側には、2番イノコモチ、更にその後方に・・・・・・。


 1コーナー手前、各馬、坂を駆け上って全体に落ち着いてきたか。1000mの通過タイムは58.4、やや早いタイム。先頭は依然ミラクルシアター、後続との差を4馬身から5馬身広げて逃げに入る。


 2コーナーから直線に入って、サクラヒヨリが早くも少しずつ前へと位置取りを変えていく。オノノコマチも併走する形で上がって来た。イノコモチ、そのサクラヒヨリの後ろを追走。馬群はやや縦長で落ち着いた様子。


 向こう正面の平坦な直線、オノノコマチとイノコモチがサクラヒヨリへ横から、後ろから圧力をかける。サクラヒヨリはやや窮屈な状態! ややペースを落としながら、ミラクルシアターを先頭にまもなく3コーナーへ、此処で先頭を走るミラクルシアターの脚色が悪い。早くも頭が上がってずるずると後退!


 4コーナーへ入るところで先頭は変わってココアプリン! 更にその後方からサクラヒヨリが上がってきた! カリスマルビーも負けじとスパートに入る! 4コーナーから直線に入った所、ここで前に出たのはサクラヒヨリ!

 最後の直線、先頭はサクラヒヨリだ! ミラクルシアター、ココアプリン、カリスマルビーをかわして一気に先頭に踊り出た!


 しかし、中山の直線は長い! 直線に入り、中団から一気に差を詰めてきたのはピスタチオラテ! その末脚に更なる磨きをかけ、前をかわして一気に3番手! カリスマルビーも負けじと更に伸びる! しかし、先頭はサクラヒヨリだ! 依然サクラヒヨリ先頭だ! 2番手カリスマルビーと1馬身の差をつけて、最後の坂へと入った! 


 縮まらない! 坂に入っても差が縮まらない! カリスマルビー、ピスタチオラテ、懸命に前を追うが差が縮まらない!


 各馬の騎手が懸命に鞭を振るう! 鞍上、鈴村騎手、必死にサクラヒヨリの頭を押す! 先頭はサクラヒヨリ! 坂を上がってそのままゴール! 強い! 更に強くなっているぞ! 後続に1馬身の差をつけて、サクラヒヨリ先頭でゴール!


 対抗馬不在と言われたプレッシャーを物ともせず、姉が不運に巻き込まれたこの紫苑ステークスを、サクラヒヨリ、圧倒的な存在感で駆け抜けました!


 秋華賞を目前にして、その強さを見せ付けました!』


 ある意味、想定通りの勝ち方だったと言ってもよい。まさに、サクラヒヨリにとって理想的な展開であった。枠順が8番と言う事もあり、すんなり先行する事は難しいと思われる中、前よりへと位置を取り4コーナー付近からロングスパート。


 ミナミベレディーの、そしてサクラヒヨリの王道とも言える勝ちパターンに持ち込むことができた。


 合わせて、当初危惧していた他馬に周囲を囲まれることもなく、スローペースに陥ることもなく、レースは終始やや早めで展開した。これもスタミナ勝負に持ち込みたいサクラヒヨリにとっては好条件となった。


「しかし、ここまで完勝するとは思わなかったな」


 レースを見ていた武藤調教師は、秋華賞への確かな手ごたえを感じている。そして、今はまだ経験という差があるが、このままGⅠ戦線を戦い抜いた後に4歳になったサクラヒヨリは、ミナミベレディーの上に行くのではないかとさえ思えた。


 其れほどまでに、今回の勝ち方は馬に余裕があったように見えたのだ。


「今年はともかく、来年は色々と考えないと拙いな」


 騎手がどちらも鈴村騎手が勤めている今の状況では、ミナミベレディーとレースが被った時に戦えない。


 しかし、サクラヒヨリは今までに3人の騎手を乗せているが、安定した騎乗を見せたのは唯一鈴村騎手だった。恐らくミナミベレディーという馬の癖を、鈴村騎手が熟知していたと言うのが大きいだろう。


「ただなぁ、だからと言ってミナミベレディーと同じレースを避け続ける訳にもいかないしなあ。しかしなあ」


 ミナミベレディーを初めて見た時の事を、武藤調教師は今でも思い出す。そして、今も内心では首を傾げている。


 それ故にこそ、ミナミベレディーの怖さというものを武藤調教師は実感していた。


「あの馬は判らんからなぁ」


 なぜ、あれ程までに勝てるのか。なぜ、あれ程までに自分の勘が当てにならないのか。未だにその回答を持たないがゆえに、出来ればミナミベレディーとの直接対決は避けたいと思う自分がいた。


「あ~~~~、サクラヒヨリの最大のライバルは、若しかするとミナミベレディーなのかもしれないな」


 あれ程までに仲の良い姉妹馬だ。しかし、偉大なる姉に対し、妹も負けてはいない。それこそ、これから姉の記録を塗り替えていく、塗り替えさせてみせる。


 今日のレースでそんな思いを新たに抱いた武藤調教師は、ここで気持ちを切り替えることにする。


「そうだな、まずは姉の獲れなかった秋華賞を獲りにいかないとだな。まずは2冠馬だ」


 そう呟きながら、表彰式の会場へと向かうのだった。 


◆◆◆


「おおお! やったぞ! 勝ったぞ!」


 桜川は、ターフビジョンの画面へと向けていた顔を、隣に座る息子と娘に向ける。


 子供達は、モニターへと視線を向けていたが、どうやら、どれが勝ったのか、サクラヒヨリがどの馬だったのかなどが、今一つ判っていなかったようだ。


「お父さんの馬が勝ったの?」


「かったの?」


「そうだぞ、さっき下で見たお父さんのお馬さんが、一着になったんだぞ。これから表彰式があるぞ」


 下の娘が兄の言葉を真似する様に尋ねてくる為に、桜川の顔に思わず微笑が浮かぶ。


 子供達は、父の言葉に改めてモニターを眺めるのだが、レースのリプレイを見ても今ひとつ判った様子は無い。もっとも、2歳と5歳では致し方がないのだろう。


 その後、馬主席から移動して表彰式へと向かうと、前回同様に、子供達は間近で見る馬の大きさに圧倒されて近づくことが出来ない。


 母親の後ろに隠れるようにして、恐る恐るサクラヒヨリを見ている。


 今日も牧場の代表代理として細川嬢が来ているが、残念ながらまだ二人には芸能人に会えたと言う感覚も無い為に、ここでも感動した様子は無い。


 記念写真を撮る為に、一同がサクラヒヨリの周囲に集まった。この時、馬主である桜川は、サクラヒヨリのすぐ横に並ぶ。その桜川から少し離れた位置に、妻と子供達は揃って並んだ。


「お馬さんは大きいわね。でも、近くによると危ないから、不用意に近づいたら駄目よ」


 母親の言葉を素直に守り、その後ろから離れずに子供達はついて回る。


 ただ、興味はあるようで、二人揃ってチラチラと馬の様子を窺っていた。


「鈴村騎手、お疲れさまでした。完璧なレースでしたね」


 記念撮影後、桜川はサクラヒヨリから下馬した鈴村騎手へと近づいて、今日の騎乗を労う。


「ありがとうございます。無事に勝ててホッとしています」


 鈴村騎手はそう言って笑みを浮かべた。


 そして、無事に何事も無く表彰式を終えた桜川は、子供達を連れて帰宅の途につくのだった。


「やはり、勝てる馬を持つのは楽しいね」


 後部座席では、慣れない人混みに疲れたのか子供達は眠っている。その為、声を落として助手席の妻と会話をする。


「良かったですね。この後の秋華賞、エリザベス女王杯と昨年のミナミベレディーと同じレースを目指すのですよね?」


「ああ、ただ先程、武藤調教師から話をされたのだが、サクラヒヨリはミナミベレディーより丈夫だしな。状態にもよるが、もう1つレースを入れても良いかもしれない」


「あら、獲らずの何とかですか?」


「まあそうだね」


 妻の言葉に思わず笑いが零れる桜川であった。

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