第85話 トッコとヒヨリとフィナーレと

 馬運車に長い時間乗せられて、私とフィナーレはやっと北川牧場へと到着しました。


 うん、久しぶりの帰郷だったからか、馬運車に乗っている時間がすっごく長く感じました。一列空けて妹ちゃんとは並んで乗せられていたんですけど、妹ちゃんが大人しくしていたので私はいつもの様に移動中はほとんど寝ていました。


 ただ、運ばれている途中で何度か目覚めたんですが、何故か妹ちゃんが毎回こっちを見ているのです。だから、妹ちゃんはあんまり寝ていない気がします。


「ブフフフン」(寝る子は育つのですよ?)


「キュヒヒン」


 う~ん、何となく通じていないような気はするんですが、ともかく無事に牧場に到着したので良しとしましょう。


 牧場に到着すると、牧場のおじさんや桜花ちゃんのお母さんが出迎えてくれました。そして、馬運車から降りた私達は、まずは自分の馬房へと案内されました。


 ここで、一通り体調やら移動中に怪我などが無かったか等を入念に検査されます。何か以前よりも念入りにチェックされちゃいました。


 やっぱり昨年の食べ過ぎが問題だったかな? 今年はちゃんと節制するつもりですよ。


 そんな事を思いながら、此処から妹ちゃんと一緒に放牧地へと案内されました。


「ブルルルン」(桜花ちゃんは居ないの?)


 今は平日なのかな? 土日じゃないと桜花ちゃんは学校ですよね。残念ながら、今の所桜花ちゃんが現れる気配はありません。


 周りをキョロキョロしながら放牧地へとやって来ます。約1年振りの帰郷ですよ。妹ちゃんは一年以上かな? 前に来たときは思いっきり忘れていましたけど、今回は何となく覚えています。


「さあ、行っておいで」


 牧場のおじさんに手綱を外されて放牧地へと放されました。


 ただ、何故か妹ちゃんは思いっきり私に引っ付いてきます。やっぱり牧場やお母さんの事を覚えていないのかな?


「ブフフフン」(お母さんもいますよ?)


「キュヒン」


 妹ちゃんにお母さんも居る事を教えてあげますが、依然として私の後をチョコチョコ付いてきます。


 私はとりあえずヒカリお姉さんにご挨拶しようと、奥にいるお馬さん達へと近づいて行きました。


 すると奥にいたお馬さんの一頭が、私に気が付いた途端に凄い勢いで駆け寄って来ます。


 うん、まさに駆けていますね、馬ですから。


「キュヒン」


 ちょっと黄昏た気分でそんな事を思っていたのですが、私の横にいた妹ちゃんが思いっきり警戒した鳴き声を上げます。うん、あの勢いで近づいて来られたら怖いですよね。


「キュヒヒヒン!」


 私の前に駆け寄って来たヒヨリですが、何やら妹ちゃんを思いっきり警戒していますね。威嚇までは行ってないんですが、何となく一触即発な感じがします。


 もっとも、妹ちゃんは妹ちゃんで思いっきり腰が引けていますが。


 でも二人を見て何となく思ったんですが、貴方達って嘶き方も似てるね。何で私だけ違うのかな? 思わぬ疑問が沸き上がります。まあ、そんな疑問は置いといてヒヨリを宥めましょう。


「ブフフフン」(ヒヨリ落ち着いて、私達の妹だよ~)


「キュヒヒン」


「キュフン」


 何となく上から目線な嘶きのヒヨリに、ちょっと尻込みする妹ちゃん。うん、思いっきり私の影に隠れようとしていますね。いくら私が大きいからって無理だと思うよ? ただ、仕方が無いので私はヒヨリを宥めます。


ハムハム、ハムハム


 ヒヨリの首からハムハムとグルーミングをしてあげます。


 すると、途端にヒヨリの警戒心が解れていくのがわかりました。ただ、私の後ろで妹ちゃんが前に出て来る気配がします。


「ブフフン」(お姉ちゃんだよ)


 私はハムハムするのを止め、改めて妹ちゃんをヒヨリに紹介します。


 ヒヨリは鼻をヒクヒクさせて妹ちゃんへと顔を寄せていきますが、妹ちゃんはまだちょっと怯え気味?


「プヒヒン」(大丈夫だよ~)


 私が動くと妹ちゃんは多分ですが逃げちゃいそうです。なので私は動かずに、ご挨拶を見届ける事にしました。恐る恐ると匂いを嗅ぐ妹ちゃんに対し、ヒヨリは実に好奇心旺盛な感じでグイグイお鼻を突き出します。


 私は判らないのですけど、姉妹とかって匂いで判る物なのでしょうか? お母さんですら判らなくて、ヒカリお姉さんに甘えた私には何も言えませんね。それに、良く考えたら貴方達って同じ厩舎ですよね?


「ブルルルルン」(姉妹なのに交流無かったのです?)


 そんな事を尋ねながら、良く考えたら私も厩舎でお隣にお住いのお馬さん知りませんね。良くお隣のお馬さんが顔を見せるのですが、牝馬で大人しい方なので交流は無いですね。鈴村さんが来てお勉強していると、興味深そうにお顔を出しているので覚えています。


 最近出来た新しい馬房は、通路を挟んでの対面式らしいのですが、私はあんまりお馬さんの視線を感じたくないのです。プライバシーは重要ですよね? 普段は他のお馬さんが見えない方が気が楽なので、今の馬房で良いかな? でも、順次移転していくみたいです。


 出来ればお向かいに来るお馬さんは、妹ちゃん達みたいに仲が良いお馬さんがって思います。でも、良く考えたら仲の良いお馬さんが同じ厩舎では居なかったの!


「ブフフン」(これは由々しき問題ですね)


 私がそんな事を考えていたら、何時の間にか妹ちゃんがヒヨリとお顔をスリスリ合わせていました。でも、まだハムハムまでは行かないかな? まだ何処となく緊張感がまだありますね。


「キュヒヒン!」


 ご挨拶が済んだと判断したのか、ヒヨリが私に再度スリスリしてきました。ただ、妹ちゃんも何故か私に引っ付いて来るのです。


「ブフフフフン」(私は貴方達のお母さんじゃないですよ?)


 そう話すのですが、お返事が無いのです。仕方が無いので、お母さんにご挨拶に向かいました。


「キュヒヒヒン」


「ブフフフン」(お母さん、娘ですよ?)


 何故か今年も思いっきり威嚇されている私です。


 おかしいですね、ヒヨリとは仲睦まじいと聞いていたのです。生まれた時はあんなに仲が良かったのにと、ちょっとしょぼんとしてしまいます。仕方が無いのでヒカリお姉さんにご挨拶に向かいました。


「ブフフンフフン」(お姉さん、お久しぶりです~)


 ヒカリお姉さんは昨年と同じ様に仔馬を連れています。ただ、今年は牡馬ですね。


「ブルルン」(牡馬ですか、そうですか)


 あ、別に子馬だから牡馬とか気にしませんよ? 大丈夫ですよ?


 私の視線を感じた途端、仔馬が私から逃げだしたのは何故でしょう? 牡馬だろうと、仔馬は等しく可愛いですよ?


「キュヒヒン」


 何かお姉さんが呆れた様子で視線を私に向けますが、え? 私が悪いのですか?


「ブフフン」(冤罪ですよ?)


 こうして悪役令嬢は冤罪で陥れられるのでしょうか? タンポポチャさんは何処ですか? 出番ですよ?


 何か馬鹿な事を考えていると、何時の間にか妹ちゃんはヒヨリと駆けっこしていました。


 うんうん、仲良きことは良い事ですね。


 流石は姉妹です。お互いに仲良くなるまでが早いですね。まあ白熱しすぎないように注意はしておきましょう。怪我でもしたら大変です。


◆◆◆


 十勝川勝子は、牧場を周りながら今年の産駒の様子を眺めていた。


 勝子が経営する十勝川ファームは、繁殖牝馬18頭、種牡馬6頭を所有する中堅牧場だ。毎年GⅠは無理としても重賞勝ち馬を出している事からも、周囲の評価は高い。もっとも、近年は重賞勝ちが牡馬に偏る傾向にあり、幼駒牝馬の販売価格は牡馬と比較して半分ほどになっている事が悩みの種だった。


 そして、その所有している種牡馬6頭の産駒達は、ここ数年で実績が下がり始めている。特にGⅠでの実績は顕著で、GⅢ、GⅡは勝ててもGⅠは掲示板までという状況が4年ほど続いていた。


 そんな中、昨年久しぶりにGⅠ、それもダービーを勝ったトカチマジックは、この牧場の将来を背負う期待の一頭となっている。


「大阪杯を勝てたのは助かったわね。でも、せめてあと1つか2つくらいGⅠタイトルを獲って欲しいのだけど、厳しいかしら」


 トカチマジックもダービー、大阪杯とGⅠを2勝している。ただ、次代の看板ホースとなる為には、もう一歩も二歩も踏み込んだ実績が欲しかった。ただ、その道に思いもよらない強敵が現れる。


 牝馬でありながら春の天皇賞、宝塚記念を制したミナミベレディーである。芝1600mから3200mまで幅広い実績と適応能力。もしもミナミベレディーが牡馬だったらと競馬関係者一同が思わずにいられない名牝だ。


「北川牧場との交流も始まった所ですし、もう一押し欲しいわねぇ」


 先日の両牧場の馬によるお見合い会。ハッキリ言ってこのお見合い会に十勝川はそこまで期待を寄せてはいない。


 確かに桜花賞を連覇した血統ではある。更には定期的に重賞勝ち牝馬が生まれている。しかし、競馬は運が半分、展開や天気など様々な要因で容易く結果は変わる物であり、サクラハキレイ産駒の繁殖牝馬ではまだ結果は出せていない。


 それ故にこそ狙っているのはミナミベレディーだった。


「将を射んと欲すらば、まずは馬を射よ。本当はその馬が欲しいのですけどね」


 名牝と謳われながらも産駒が走らなかったケースは多々ある。しかし、ここまで距離適性が広い牝馬であれば、種牡馬次第では優秀な産駒を期待できるだろう。ましてや、牝馬しか走らない不思議な血統だ。


「大南辺さんや桜川さんはあくまでも個人馬主ですから。注意すべきは繁殖を生業とする人達よね。でも強引な方達が居たおかげで助かったわ。自然な流れが出来た物ね」


 もっとも、外聞もある。北川牧場には好感も覚える。更には、零細牧場は大事にしろが先代からの教えでもある。大牧場ばかりになれば、必ず馬の血は濁る。その家訓が何処まで正しいかは判らないが、血統の移り変わりは必ずある。


「何にしても、まだ数年は先の事でしょうけどね」


 十勝川勝子、伊達に中堅牧場を経営している訳では無かった。

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