第80話 宝塚記念 実況と諸々?

『第※※回 宝塚記念が本日、阪神競馬場でまもなく開催されます。曇り空が続く中、幸いにも未だ雨が降る事無く、芝の状態は良。レースが終わるまで天候が持つかも勝敗に絡んで来そうな今日の宝塚記念。上半期を締めくくるグランプリレース、芝2200mを各馬どのように駆け抜けるのか。


 何と言ってもファン投票で1位に選ばれたのは、天皇賞を華麗に逃げ切って見せたミナミベレディー。牝馬ながらもその逃げに多くのファンが魅了され堂々の1位に! 今日も4番と逃げるには悪くない枠順!


 そして、2番人気は昨年の宝塚記念を勝ちましたシニカルムール、天皇賞春はミナミベレディーに後塵を拝し4着、ここ宝塚記念で名誉挽回を期します。


 3番人気は昨年の年度代表馬ファイアスピリット、今年の天皇賞春は馬群に沈み3着に敗れました。ここ宝塚記念で挽回したい所。鞍上の立山騎手、今日のレースをどう組み立てるのか。


 4番人気トカチマジック、大阪杯を勝利し、満を持しての安田記念では惜しくも2着、ここ宝塚記念で・・・・・・』


 競馬中継が始まる中、細川は例のドキュメンタリー番組のコメンテーターとしてレース前の事前取材に慌ただしく動き回っていた。


「ミナミベレディーの応援横断幕は撮影できました~? やっぱりパドックの映像は絶対に押さえておかないと駄目ですよ? またプロデューサーに怒られちゃいますよ?」


 前回の天皇賞。テレビ局としても、番組のプロデューサーとしても、よもやミナミベレディーが勝つとは予想していなかった。その為、派遣されていた番組のAD達は事前に指示された以上の映像を撮る事無く、淡々と取材を行っただけで終わってしまったのだ。


 細川としては、派遣していたADを責めるのもどうかと思うが、宝塚記念でも万が一を考えた番組プロデューサーは、幸いにして個人でも競馬場へと行く気満々だった細川へと依頼を出したのだった。


「もう、気楽に競馬を楽しみたかったのに」


 流石に春のドタバタは一段落していたが、産駒達の放牧での帰郷などもあり今日も北川牧場からは誰も来れていない。


 大南辺はそれとなく桜花に来て欲しい旨を伝えたのだが、残念な事に桜花は大学に入学し早くも土曜日に実習などがある。本人は日曜日のとんぼ返りも考えはしたのだが、結局は参加を断念する事となっていた。


「もし勝ったら牧場関係者で参加させて貰えるもんね~」


 細川はすでに北川牧場関係者のみならず、ミナミベレディーの馬主である大南辺とも親しくなっている。今日も、もしミナミベレディーが優勝したら牧場関係者として表彰式へ参加する許可もちゃっかり貰っていた。


 もちろん、その場合はテレビでも、制作中の番組でもしっかりと録画される事となる。


「さてさて、桜花ちゃんの代わりにトッコちゃんの様子を見に行きましょうか。代理とは言え、ちゃんと応援しないとね」


 そう言って細川はワクワクしながらパドックへと向かうのだった。


◆◆◆


『16頭、無事ゲートへ納まりまして、今スタートしました! 先頭に立つのはやはり4番ミナミベレディー、スタート巧者がそのまま先頭に立ちます。


 ここで外から11番ダンプレン、手綱を扱いて一気に先頭に上がって来た! ミナミベレディーも抜かせない! すぐさまダンプレンの横へと並びかけました! 早くも苛烈な先頭争い! どちらがレースを牽引するのか!


 そのすぐ後ろから上がって来たのはキタノシンセイ、今日は先頭に立つ事無く後ろへと控えました。


 その半馬身後ろにファイアスピリット、今日も前寄りの位置から、そのすぐ後ろには・・・・・・。


 各馬2コーナーを回りまして向こう正面、先頭はミナミベレディー。全体的に縦長に広がった状況。中段やや後方にいたトカチマジック、ここで前寄りへと進みます。


 前半1000mの通過タイムは59.2 速いタイムで1000mを通過。このタイムが後続にどの様な影響を与えるのか!


 間もなく先頭が3コーナーへとはいるぅ? スパートした! なんと、ここで早くもミナミベレディーがスパート! これは作戦通りなのか! はたまた暴走なのか! 鞍上の鈴村騎手、手綱を引いている様に見えるがミナミベレディー抑える様子が無い!


 後続のダンプレン、キタノシンセイを置き去りに! その差は2馬身、3馬身と開いていく! ミナミベレディーのロングスパート! しかし早すぎると判断したか、後続は付いてこない! ミナミベレディー単独で最後の直線に入った! 後続とは5馬身以上離れている! この差はどうなのか! 残りの直線350m、ミナミベレディーは持つのか! 各馬一斉に鞭が入る鞭が入る! 


 中団前よりから凄い勢いでトカチマジックが上がって来る! 好位置につけていたファイアスピリットは2番手に! トカチマジックは3番手! しかし、縮まらない! ミナミベレディーとの差が縮まらない! それどころか、さらに加速する! 


 独走! ミナミベレディー独走態勢! 2着争いを尻目に、ミナミベレディー独走!


 まるで春の天皇賞の再現を見ているようだ! しかし、阪神競馬場の最後の坂が立ち塞がる!


 ファイアスピリット、トカチマジック、ミナミベレディーを必死に追走! 鞍上の騎手達が必死に鞭を振るう!


 しかし、縮まらない! 超ロングスパートを経てもミナミベレディーの脚が衰えない! 強い! 強いぞ! この馬は強いぞ!


 ミナミベレディー、他馬を寄せ付けず宝塚記念を圧勝! 後続に3馬身近い差をつけたままゴールへと駆け込みました!


 レコードです! 掲示板にレコードの文字が点灯しています! 勝ち時計は2分09秒7、ミナミベレディー、春の天皇賞に引き続き、宝塚記念でも圧巻のレースを見せつけました!』


「おおお・・・・・・」


 馬見調教師は、ただ言葉が出なかった。


 この宝塚記念においてはレース開始までずっと雨が気になり、雨が降る事無くレースが始まった事にまず安堵した。その後の展開は、当初の計画通りにミナミベレディーの先行策、何と言ってもトカチマジック、ファイアスピリットの好位置からの差しを凌ぐには前半で如何に脚を使わせるか、最後の直線までにどれだけ距離を空けれるかが勝負と思っていた。


 そして、前半は計画通りに進んだ。ダンプレンとキタノシンセイは明らかにミナミベレディーのロングスパートを警戒し、最後の直線までに囲うつもりでいただろう。


 しかし、ダンプレンが前に付くとすぐに鈴村騎手はミナミベレディーを外へ出し、ダンプレンと競わせるように前へと進ませる。この段階でスローペースになりかけたレースは一転、高速競馬へと変化した。


「向こう正面で息を入れる所までは問題無かったのだが」


 予想では、向こう正面の直線で再度ミナミベレディーを囲むように他の馬達が前へと動いて来ることを覚悟していた。しかし、レースが高速化した為か各馬大きな動きは無く、ミナミベレディーは息を入れる事が出来た。


 そして、3コーナーへ入る手前から予想外のミナミベレディー大暴走が始まったのだ。


「鈴村騎手の声も、手綱の指示も、どちらも届いていなかったみたいだな」


 馬見調教師の視線の先では、先程降り始めた雨が次第に勢いを増している。


「きっと雨でパニックになったんだろうなあ」


 今までの調教でも、調教途中で雨が降り出す事は何度もあった。


 そして、調教中であればミナミベレディーはあっさりと走るのを止める。その後は、それはもう見るも無残な馬とも思えない動きでさっさと馬房へと戻ろうとするのだ。


「レースだからこそ止まれずにパニックになったんだろうが、怪我が無さそうで良かった」


 モニターには、走り終えたミナミベレディーの手綱を持って検量室へと向かう鈴村騎手と、その指示に従うミナミベレディーの姿が見える。その様子に安堵する馬見調教師だが、今後のレースを考えると雨になりそうな場合の対応に頭が痛い。


「これでGⅠを4勝。4歳になっての春天に宝塚を勝った牝馬で雨で暴走する危険在りか、胃が痛くなってきたぞ」


 この先の事はまだ判らないまでも、すでに名牝と呼ばれる資格はある。


 そして、出来れば次代へと血統を繋いでいって欲しい。何頭もの名馬がレース中の事故で亡くなっている故に、今後は雨の日に走らせる事は馬見調教師としても勇気がいる。


「はあ、勝ってくれて嬉しいのだが、悩みはどんどん増える気がするぞ。ともかく、北川牧場で暫く放牧だな」


 表彰式の会場へと向かいながら、馬見調教師は大きな溜息を一つ吐くのだった。


◆◆◆


「うわぁ! トッコが暴走した!」


 放牧の為に北川牧場に戻って来た馬達の世話で、週末には桜花は帰宅を余儀なくされている。それ故に、北川牧場の面々で宝塚記念の放送を見ていた。


 ここでも、レース前の映像を見ながら、雨が降らなくて良かったねと会話していた。そんな中、無事にレースは始まった。


 そして、レースが中盤から後半へと向かおうかという所で、先頭を走っていたミナミベレディーの暴走が始まったのだった。


「うわ! 何かあった? ぜんぜん予兆がなかったんだけど、これスパートじゃ無く暴走だよね? 鈴村さんが手綱を引いてるもん」


「そうねぇ、普通の馬ならともかくあの子の暴走だから、無理に手綱を引き絞ると余計にパニックになって逸走しそうよね」


「・・・・・・」


 ミナミベレディーは幼駒の頃から素直な馬で、普段から本当に手が掛からない子だった。


 そんなミナミベレディーが頑として我儘を言うのは雨の日の放牧と調教で、雨に嫌な思い出でもあるのかと思うほどに雨が降ると馬房から出ようとすらしない子だった。


「これ、雨降って来てるよね。原因はこれかなぁ。トッコって変な所で怖がりだから」


「そうねぇ、夜の放牧も最初は怖がって、キレイにそれこそ引っ付いてたわね」


「・・・・・・」


 勿論、テレビを見ながらであるがトッコの過去の奇行について会話をし始めていた。そんな中、レースでは先頭と2番手の差が5馬身近く離れていく。そして、最後の直線。暴走しているミナミベレディーの末脚がこれでもかと炸裂している。


「うわぁ、これ勝っちゃうんじゃない?」


「そうねぇ、このまま走りきっちゃいそう。困ったわねぇ」


「大南辺さんも、十勝川さんも協力してくれるって言ってたんでしょ?」


「・・・・・・」


 5月の末、北川牧場のサクラハヒカリ、ミユキガンバレを含む繁殖牝馬5頭と十勝川の所有する種牡馬のお見合い会が無事行われた。もっとも、柵を隔て道を挟んだ二つの放牧地に両方の馬を入れて、一頭一頭を面会させると言うちょっと面倒な方法であった。


 その苦労の甲斐はあり、無事に5頭とも気の合った種牡馬と巡り合う事が出来た。どちらかと言うと種牡馬の方が積極的で、手綱を抑えるのが大変な程だった。


「今回のお見合い会の名前もしっかり使わせていただけるし、大南辺さんの所からも警備の人を雇っていただけたし」


 大南辺側の経費で、平日の日中限定ではあるが1名警備会社の人が雇われ北川牧場に常駐する事となった。一応、警備員は騒動が落ち着きを見せるまでとなってはいる。しかし、先日の春の天皇賞、そして今日の宝塚記念の勝利で更に加熱はしても、落ち着くとは思えなかった。


「勝った! お母さん! トッコがそのまま勝ったよ! 凄い! 宝塚記念も勝ったよ!」


「そうねぇ、今度放牧に帰ってきたらしっかり褒めてあげるのよ」


「もう! 反応が薄いよ! 私もやっぱり行けばよかった! 宝塚記念勝つなんてすごいよね!」


「GⅠをこれで4勝ですもの、GⅠ馬がうちの牧場から出るなんて前は思ってもみなかったわね」


「うん、トッコだけじゃなくってヒヨリもGⅠ馬になったもんね。そういえば、来週くらいにはトッコも牧場に帰って来るんだよね? 私、来週も戻って来るからね! ヒヨリもトッコの事待ちわびてるし、帰ってきたら大変そうだね」


 そう言いながらも、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる桜花だった。


 既に1か月前に帰ってきているサクラヒヨリは、母馬にベッタリと懐いていた。母馬であるサクラハキレイも既に繁殖牝馬を引退しており、産駒もいない為にサクラヒヨリに対しては穏やかに接している。


「ところで、さっきからお父さん気絶しているっぽいけど?」


「邪魔にならないから放っておきなさい」


 ミナミベレディーが暴走した辺りから静かになった父は、見事な白目を剥いて気絶していた。


「自宅だから安心してたのねぇ」


「私、絶対にお父さんと競馬場いかない!」


 娘を除いた家族と従業員の視線は、非常に生暖かかった。

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