第77話 安田記念
タンポポチャさんとは、午前中は先日と同じように一緒に馬なりで走って、散歩してと調教と言うよりは軽めのトレーニング? 午後は私が宝塚記念と呼ばれるレースへ向けての単独での調教で別々です。
そんな感じで、数日は忙しくしていました。ただ、タンポポチャさんは明日朝にレースを走る為に移動だそうで、またしばらくはお会いできないみたいです。
「ブルルルン」(無理しちゃ駄目ですよ?)
「キュヒヒン」
「ブヒヒヒン」(怪我したら終わりですからね)
「キュフフン」
引綱に引かれてトットコ歩きながら、タンポポチャさんと会話をしています。
通じているのかどうなのか、お返事の内容とかは勿論判りませんけどね!
幸い明日もお天気は晴れなんだそうです。だから、滑って怪我をする事が無さそうなのは良いのですが、牡馬と一緒のレースみたいです。
「ブルルルン」(甘い言葉には気をつけるのですよ)
「キュヒヒーン」
「ブヒヒヒン」(女子高育ちは騙されますよ)
「キュフン」
何となくコロッと騙されそうな気がするタンポポチャさんですが、とりあえずお返事では大丈夫と言っていると思いましょう。
前回、タンポポチャさんが牡馬牝馬混合レースで負けちゃったのは、きっと牡馬の視線を気にしてお澄まししたからだと思いますよね。
「ブルルルルン」(レースでは、どんな表情をしていても見られませんよ)
「キュヒヒヒン」
レース後にお澄まし顔に戻れば大丈夫ですよね。走っている最中にどんな凄い顔をしていても、前にいる馬が振り返る事は無いですし、ましてや自分が先頭なら見られないのです。
ただ、今まではエリザベスとか、ヴィクトリアとか、私は天皇賞とか、何かすっごくゴージャスな名前でしたけど、今回タンポポチャさんが走るのは安田記念だそうです。
安田さんが誰か判らないのですが、何となくグレードは低そうなので大丈夫かな? 心配しすぎかもしれませんね。
タンポポチャさんとのお散歩が終わって、綺麗に洗って貰って一旦馬房へと戻されます。
洗って貰ってから、今回最後のグルーミングをお互いにハムハムして、ここ最近のローテーションが終わります。これでまたしばらく会えないと思うと、すっごく寂しく感じますね。
「しっかし、ミナミベレディーと何でこんなに仲が良いのやら」
「お互いに認め合っているんですかね?」
「格付け争いとかしないなぁ」
私達の様子を見ているおじさん達が何か言っていますが、お互いに数少ないお友達ですからね!
競走馬時代に交流を持てるなんて普通は無いんじゃないでしょうか? そう考えると本当に仲良くなれて良かったです。最初はバシバシ敵意がありましたよ。
まあ、あれは私も悪かった所がありますよね。でも、あれが切っ掛けで仲良く成れたかな?
ただ、ヒヨリもタンポポチャさんも若干嫉妬深い気がするのです。
何となく私をどう思っているのか気になりますよ?
「ブフフフン」(私は牝馬ですよ?)
「キュフフン」
何となくですが、判ってるわよと呆れた視線を受けた気がしました。
◆◆◆
「タンポポチャは今日も絶好調だな。集中力も高い、勝ち負けは問題なさそうだ」
磯貝調教師は、ターフビジョンに映る映像を満足そうに眺めている。その視線の先では、ゲート前を廻るタンポポチャが映し出されていた。
牡馬混合芝1600m、磯貝調教師としては、タンポポチャの最適と思われるこの距離で何とか実績を作りたい所だった。
「トカチマジックがここに出て来るとはな。適正距離は芝2000くらいか、それでも宝塚記念に行くと思っていたんだが」
トカチマジック以外にも、高松宮記念を勝ったテンカイオウドなどスプリンターも参戦してくる。
現在のオッズ人気は、トカチマジック、テンカイオウドに次ぐ3番人気。やはり牝馬と言う事も有り、ヴィクトリアマイルを勝利していても評価は若干下に見られている。
大阪杯では3着と結果を出せなかったタンポポチャではあるが、距離の短くなった安田記念であれば勝機は十分にある。万全の状態であるタンポポチャがそう簡単に負ける事は無いと信じていた。
「気性が改善された御蔭でレースで掛かる事も無くなりましたし、鷹騎手からも手応えは良いと聞いています」
「そうだな、馬なりでの調教ではミナミベレディーを寄せ付けないそうだ。まあスタートダッシュでミナミベレディーに負けていたらどうしようもないが」
タンポポチャの末脚こそ最大の武器であり、ミナミベレディーはロングスパートが最大の武器。それ故によーいドンでの勝負であれば100回やって100回タンポポチャが勝つだろう。もしも勝てないような事になれば、何かしらの故障を疑うべきだ。
「パドックでも、最後の本場場入りでも落ち着いているな。周りの牡馬など思いっきり見下しているぞ」
「他の牡馬は、チラチラタンポポチャを見ていましたけどね」
ファンファーレが鳴り響き、モニターの中で6番のゼッケンを付けたタンポポチャが落ち着いた様子でゲートへと入っていくのが映る。
「鷹よ、頼むぞ」
あと数分後、その結果が待ち遠しいような、そうで無い様な、複雑な気持ちで磯貝調教師はモニターを見つめるのだった。
◆◆◆
『18番プロミネンスアローがゲートへ入りまして、今スタートしました! 各馬揃った綺麗なスタート、まずは2番テンカイオウド、ハナを切って先頭へ立ちます。16番コチノクイーンも手綱を扱いてテンカイオウドに並びかけて行く。3番手には・・・・・・
3コーナーから4コーナーを廻っていよいよ最後の直線! 先頭はコチノクイーン、テンカイオウドは半馬身後ろ! 後方からプロミネンスアロー、トカチマジックも上がって来た! 更に後方タンポポチャ鞭が入る! 漸く8番手から9番手と言った所か! 必死に前を追走!
先頭は最後の坂へと差し掛かって、此処で先頭変わりました! 先頭はプロミネンスアロー! しかし、そのすぐ外にトカチマジック! 更に後方からタンポポチャが一気に伸びて来た!
コチノクイーン、テンカイオウドは後退、坂を登り切って残り200m! ここで先頭はトカチマジック! その後方から凄い勢いでタンポポチャが伸びて来る!
壮絶な叩き合いだ! トカチマジック! タンポポチャ! どちらも一歩も譲らぬ壮絶な叩き合い! 2頭揃ってゴール! タンポポチャやや有利か!
最後は首御上げ下げ、外のタンポポチャがやや有利か! 勝敗は写真判定となります! 3着にはプロミネンスアロー、4着にテンカイオウド、5着には・・・・・・』
鷹騎手はしっかりと最後差し切った手応えの元、ゆっくりとタンポポチャを馬首を返す。そして、急がせる事無く並足で走らせていると、観客席から歓声が響き渡った。
その歓声に導かれながら視線を電光掲示板へと向けると、1着に6番の文字が輝いていた。
「良し! 勝ったぞ!」
右腕を高々と振り上げ、観客へとアピールする。
鷹騎手のパフォーマンスに、更に観客席からは大きな歓声が響き渡った。
「お疲れさん、何とか勝てたな」
スプリンターであるテンカイオウドが先頭に立つことは判っていた。そこへ大外を引いたコチノクイーンが前へと出た事によりレースは高速レースとなる。この段階で鷹騎手としては、マークすべきはトカチマジックのみとなった。
そのトカチマジックも、枠順が1番となった事で馬群に包まれる事を警戒し、終始4番手から5番手でのレースとなる。後方12番手付近に位置どったタンポポチャは、3コーナーから流れのまま緩やかに前へと進み、最後の直線、急坂の手前から一気に末脚を爆発させ先頭へと駆け抜けたのだった。
「しかし、考えていたより際どかったな」
トカチマジックの末脚は前に馬がいる場合には鋭い爆発力を見せる。しかし、抜き去った後に再度の末脚を使うと言う事や、前残りで粘ると言う経験が無い。
そこに勝機を見ていた鷹騎手は、最後の最後で一気にタンポポチャで抜き去るつもりでいた。
「頭一つは差が出来るつもりでいたんだがな」
実際にはタンポポチャが並びかけた時、騎乗していたロンメル騎手は直ぐにトカチマジックに指示を出した。その指示にしっかりと反応し、再度伸びを見せたのだ。
その反応に掛かったコンマ数秒のズレが、最後の勝敗を分けたと思っている。
「並びかけるのがもう少し早ければ負けていたか?」
タンポポチャと検量室へと向かいながら、先程のレースを思い返し一人で呟く鷹騎手。タンポポチャは耳をピコピコさせながら、鷹騎手の言葉を聞いているようだ。
「ん、すまんな。タンポポは頑張ったぞ! ミナミベレディーも喜んでくれるぞ」
「キュヒヒーーン」
自分の独り言には反応を示さないタンポポチャが、ミナミベレディーの名前に反応した事に鷹騎手は苦笑を浮かべた。
「まったく、まあ勝てたんだ良いか」
検量室へと入りながら、1着馬のスペースへとタンポポチャを導くのだった。
※作者は、安田記念に特に含む物は無いのです!
レースを書く為に安田記念を調べて、初めて由来を知った作者ですけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます