芝が濡れると滑りますよね?
第76話 鈴村さんの私事情と雨の日のトッコさん事情?
ヒヨリとの調教が終わってから厩舎に戻ったら鈴村さんがいました。何か元気のない鈴村さんですが、服装がいつもより綺麗? 御洒落? とにかく何時もとは違うことに気がつきました。
なんでしょうか? お化粧もしているかな? 鼻を寄せると、どうやら香水の香りがします。
ただね、香水の香りって馬になってからはちょっと苦手です。なんっていうか、刺激臭? だから思わず顔がすごい感じになったと思います。
それと、どうやら薄っすらとお化粧もしているので、お顔をベロンベロンと親愛を込めて舐めるのは止めました。なんか苦そうですよね?
「ブフフフン」(どうしたんですか? ただ、香水は駄目ですよ?)
私はそう言って鈴村さんを叱ったのですが、鈴村さんはそのまま私の馬房の前にしゃがみ込んじゃいました。そして、そんな鈴村さんの傍らには大きな紙袋が置かれています。
「ベレディ~、あのね。今日、友達の結婚式だったの」
なんと! 鈴村さん友達いたんですね! まずそこに驚いちゃいました。
何となくですけど、鈴村さんお友達いなさそうな? ただ、結婚式に招待されたみたいですし、一応は親しいのでしょうか。
「それでね、私ももう30歳過ぎてるでしょ? 来てた他の子達は私以外の一人を除いて既婚者で」
・・・・・・何か話が長そうですね。最初は酔っ払っているのかと思ったのですが、アルコールの匂いはしないので、どうやらお酒は飲んでいないみたいです。
「でね、そろそろ結婚考えなきゃ不味いのかなって、もう一人の子は独身主義だって言うんだけど。私はやっぱり結婚して子供も欲しいし、出来たら一男一女? ほら、小さな家でも良いから一軒家で、お庭があって」
「ブフフン」(はいはい、がんばってね)
だんだんと、妄想が凄いですね。さっきからこの調子で語り続けてる鈴村さんです。
酔っ払ってもいないのに、凄いですね! どこの夢見る少女ですか?
「だけど、出会いって言われても。ほら、他の子たちに競馬の騎手しているとお金持ちに知り合いとか出来ないのって言われるけど、そもそもそんな事かんがえるより、どうやって勝つかしか考えないし」
「ブルルルン」(うん、王子のお馬さんを待ち望んでるもんね)
鈴村さんが残念仕様なのは、普段の言動からも良くわかっていますよ。
ただ、割と童顔ですから30過ぎている様には見えませんし、騎手だからか背も低いですし、胸はいまひとつだけどモテナイ訳ではないと思うんだけどな? それこそ、需要はあると思いますが、まあそこは鈴村さんだしね。
結局のところ、今更ながらに30歳を過ぎた危機感を感じたという事みたいです。
「でもね、今年はもう30勝してるし、過去最高になりそうなの! お手馬も増えたんだよ!」
先ほどの彼氏が作れない云々よりも遙かに楽しそうな声で、今年6月の新馬戦で乗り鞍が貰えた事や、上手くすれば主戦にして貰えるかもみたいな話をする鈴村さん。
「ブヒヒン」(恋愛難しくない?)
余程にグイグイ引っ張ってくれるような人じゃないと結婚は厳しそうだよね。
私は思わずそんな感想を抱くのでした。
◆◆◆
ヒヨリが北川牧場へと旅立っていきました。
2か月くらいの放牧だそうで、ちょっと羨ましいです。
私も早く北川牧場に行きたいですね。ただ、今年は北川牧場に行くと、ヒヨリがいるんですよね。多分ですけど、ヒカリお姉さんだけでなく、ヒカリお姉さんの今年の子供もいるのかな?
そう考えると、あんまりお姉さんの子供にばかり構っているとヒヨリが拗ねそう? 行ったら行ったで北川牧場での放牧も大変そうですね。
ただヒヨリが居なくなったので、ヒカリお姉さんの子供と再会かなって思ってたら、その翌日に確かに見慣れたお馬さんが居ました・・・・・・。
「キュフフン」
「ブヒヒーン」(タンポポチャさん何でいるの?)
鈴村さんではなく、最近よく調教に乗るおじさんを鞍上に乗せてコースへと向かうと、いつもの様に悪役令嬢っぽくお澄まししたタンポポチャさんが鞍を付けられて調教コースの前で待ち構えていました。
先日レースを走ってお帰りになったばかりだと思うのですが、もしかしてもう次のレースです? 驚きの体力だと思うのです。
「いやぁ、相変わらずミナミベレディーと一緒だとご機嫌が良いな。移動中はカリカリしてたのに、美浦トレーニングセンターに来たのが判ると途端に態度が変わったな。美浦に来たって判るんだから驚いたよ」
何か見た事のあるおじさんがタンポポチャさんの横にいました。で、タンポポチャさんに騎乗しているのは、だいぶん前に鈴村さんと一緒に調教で走った騎手さんですね。鈴村さんより偉い人っぽかったし、何となく覚えています。
「通常こんなに早く移動しませんからね」
「東京でダービーが終わって、そのままこっちにいる方が楽だろう。オークスに引き続きダービーでも2着とか、安田記念は1着で頼むぞ! そうしないとシルバーコレクター鷹とか言われるぞ!」
おじさんの言葉に騎手さんが苦笑しているのが解ります。
ただ、そうですか。タンポポチャさんはもう次のレースなんですね。私と違って間隔が短すぎじゃないですか? ちょっと心配です。
「ブルルルルン」(無理しちゃ駄目よ? 怪我だけは気をつけてね)
「キュヒヒヒン」
頭を寄せてタンポポチャさんの首にスリスリします。
お馬さんは手が使えないので、どうしてもコミュニケーションが頭主体になるのです。
「清水騎手、今日は軽く流すだけだから。流石にヴィクトリアを走っての中3週でのレースだからな。軽め軽めの調教で行く予定だ」
「磯貝先生、私はもう騎手じゃありませんよ。今は調教助手ですね」
「40になったんだったか? どうだ、4、5年したら俺の後を継ぐか? うちは後継者がおらんのよ」
「遠慮しておきます。私は調教助手くらいが向いていると思います」
「なんだよ、攻専で止めるのか? 調教師資格取ればいいだろうが」
何やら良く判らないお話が展開し始めています。仕方が無いので私はタンポポチャさんのグルーミング作業に入っちゃいますよ?
私がハムハムし始めると、タンポポチャさんもハムハムし始めました。ただ、その途端に慌てたようにおじさんが騎手さん達に指示を出し始めました。
「おっと、すまんな。先にまずは調教だな。前にグルーミングし始めて1時間とかあったが、コースの予約時間をオーバーしかねんからな」
「まあ、磯貝調教師の後継者云々は、まああれですから気にせずに。調教としては、ウッドチップコースを馬なりで走って来ますか。幸い今日は晴れていますからね」
「タンポポは雨を苦にしないが、それでも蹄が滑ると怪我が怖いからな」
「先日のサクラヒヨリも雨を克服していましたし、ミナミベレディーが雨の日にどう走るのか知りたかったんですが、今週は珍しくずっと晴れなんですよ」
「そういえば鷹騎手は宝塚に騎乗するんでしたね。これは拙かったかな? 宝塚記念の日の天気はまだ判りませんけど」
ん? 何か私の事を言ってます? 私は雨の日はお休みしますよ? 猫だって雨の日は眠いそうです。だから私もレースには出ないですよ?
あのヒヨリとの雨の日調教以降も、自主練までしたのに雨の日の走り方は改善しなかったんです。
だってね、蹄が滑るのが怖いのですよ。ズルってなった段階で体が強張っちゃうんです。そうなると、早く走るどころの話じゃ無いのです。
そして、滑ると言う感覚を知っちゃっているので、怖さが先にたって、雨の日の走り方はしっかりと蹄を滑らないようにした走りになっちゃいます。
「ブフフフン」(お馬さんの本能が無いの)
走ることに怯える馬って私くらいですよね?
でもね、その分は考えて走れるからね! だから雨の日はお休みしましょうね!
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