第74話 オークス直後
『3歳牝馬の祭典 第※※回オークスが開催される此処、東京競馬場は二日前から続く雨にて馬場状態は重、この馬場の状態がどう影響をもたらすのか。
今年は牝馬3冠を掛けサクラヒヨリが出走、1番人気に支持されています。また、阪神2歳牝馬優駿を勝ちながらも、桜花賞4着と苦渋を味わったスプリングヒナノがどう巻き返すのか。
更には桜花賞2着と鷹ミラクルを起こしたサイキハツラツ、今回もその才気の片鱗を見せるのか!』
オークスの実況中継が始まり、桜川はターフモニターに映し出される映像へと視線を向けていた。上の息子はオークスを見に行きたいと言ったのだが、下の長女が嫌がった為に今日は家族を連れず一人で競馬観戦に訪れていた。
「雨は止まなかったなあ」
北川牧場の上得意であり、過去に何頭かサクラハキレイの産駒を購入していた桜川は、サクラハキレイ産駒が見事にすべて雨の日には走らないのを知っていた。サクラヒヨリにしても、あの鷹騎手をもってして惨敗した京都2歳ステークスの光景は今でも瞼に焼き付いていた。
武藤調教師からは、雨の日のサクラヒヨリの走りは大幅に改善を見せていると聞いていた。前回のような結果にはならないと言われてはいるが、流石に勝ち負けまで行けるのか、実際は桜川を気にしてのリップサービスでは無いかと疑っている。
「1番人気なんだがなあ」
思わず溜息が出そうになる桜川だが、武藤厩舎も鈴村騎手も最後まで諦めないと言ってくれていた。そこに僅かな希望を持ってターフビジョンを見続ける。
『各馬ゲートへ納まりました。ゲートが開きまして、今スタート! 各馬揃った綺麗なスタート。ここで先頭に立つのはやはり4番カラフルフルーツ、内の荒れた芝を避けやや外寄りになりながらも先頭に立ちます。
そのすぐ後ろには11番サクラヒヨリ、鞍上の鈴村騎手、手綱を扱いて前へと押し出していきます。更にすぐ後方に7番スプリングヒナノ、半馬身後ろに・・・・・・
2コーナーを回って向こう正面、先頭は依然カラフルフルーツ、1000mの通過タイムは63.2、これは遅いか。馬場の影響が出ているのか近年に無いスローペース。スローペースに16番サイキハツラツが前へ前へと位置取りを変え押し上げて行く。サイキハツラツをマークする様にピスタチオラテも8番手まで位置を上げる。
後方では激しい位置取り争い! その間にも先頭は3コーナーへ、先頭集団にまだ大きな動きは無い。これは、最後の直線勝負か!
4コーナー廻ってここでサクラヒヨリが漸く動いた! やや外寄りにカラフルフルーツを猛追! 更にそのすぐ後方、サイキハツラツが4番手へと上がって来た! 坂を前に現在3番手のスプリングヒナノ、漸く鞭が入った!
後方からの追い上げが激しい! 先頭はカラフルフルーツまだ粘る! サクラヒヨリ並びかけるが坂で勢いがない!
此処でやはりスプリングヒナノが一気に伸びて来た! カラフルフルーツは一杯か! サクラヒヨリは伸びない! カラフルフルーツと並走、やはりスプリングヒナノだ! サイキハツラツは届かない! スプリングヒナノ! スプリングヒナノがカラフルフルーツ、サクラヒヨリを凄い勢いで躱し今1着でゴール!
2着にはサイキハツラツ、3着には僅かにサクラヒヨリか?
スプリングヒナノ1着! 桜花賞の借りをここで返しました! 1番人気サクラヒヨリは漸く3着、2着サイキハツラツは・・・・・・』
桜川はターフビジョンを凝視していた。3着に敗れたサクラヒヨリではあるが、あのサクラハキレイ産駒がよくこの雨で3着に入ったと、ある意味感動しているぐらいだった。
「いやあ、まさか3着とは。よく頑張ったな」
思わずそんな言葉が零れる。レース前には1番人気での惨敗を覚悟していただけに、本当にほっとしたのだ。
「菊地さん、おめでとうございます」
心を落ち着け、オークスを勝利したスプリングヒナノを所有するクラブ代表である菊地へと祝福の言葉を述べる。
「いやぁ、ありがとうございます。サクラヒヨリは残念でしたな、ただ私は勝ててホッとしましたよ。クラブ代表と言っても会員あってのクラブなので、何と言っても実績を出さないと。いやぁ、勝てて良かった」
個人馬主とは違う苦労を滲ませる菊池ではあるが、そもそも購入資金にしても馬に掛かっている値段が違う。すべての所有馬が勝てる訳も無く、それ故にクラブの収支を黒字に持って行くのも大変なのだろう。
周囲から祝福を受ける菊池に会釈をして、桜川はサクラヒヨリと鈴村騎手、武藤調教師へと挨拶に向かうのだった。
◆◆◆
「差し切れなかったか」
鷹騎手はサイキハツラツの最後の追い込みで差し切れると思っていた。
持ち馬において2歳牝馬の時に当初カゼノモウシゴを選んだ鷹騎手であったが、阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったスプリングヒナノを見てカゼノモウシゴでは勝てないと判断した。
そして、その後の3歳新馬戦で騎乗依頼を受けたのがサイキハツラツだった。まだ若くはあったが、その末脚には明らかに同年代でも上位に入る力が感じられた。
そして、桜花賞へと滑り込みで出走権を得ると見事に2着になり、オークスへの出走権も得る。
「桜花賞でも1着になれると思ったんだがなぁ。秋華賞は何とか獲らないと」
桜花賞2着、オークスでも2着、これで秋華賞まで2着になろうものならシルバーコレクターの異名を貰いかねないな。苦笑を浮かべながらそんな事を思う。
心なしか重さを増した騎乗服を着替えに更衣室へと向かいながら、鷹騎手は今日のレースを振り返った。
「サクラヒヨリかあ、騎乗次第では何とかなったか?」
思い浮かぶのは桜花賞で差し切れなかったサクラヒヨリ。2歳時に百日草を騎乗し勝利、その次のレースでは雨もあり大敗した。
勝ったレースも含めあの時に感じたのは良くてGⅢ、雨はレースにならない。これではGⅠ戦線は戦えないとの思いだった。それ故に鷹騎手は栗東と美浦という事も有りサクラヒヨリの主戦を降りた。
その後、サクラヒヨリの事は頭の隅にも上らなかったのだが、そのサクラヒヨリが共同通信杯を勝利したと聞いて何の間違いだと思わず聞き返したのを覚えている。
家に帰ってそのレース映像を探し確認すると、鞍上はミナミベレディーの主戦である鈴村騎手が騎乗していた。そして、その走り方も以前とは大きく変わり、ミナミベレディーに良く似た走り方になっていたのだ。
「なんでだ? 走り方がぜんぜん変わっている?」
レースを見ると、それこそ鞭を使用していない。スパートさせるにしても手鞭を使用している。そんな所までミナミベレディーと同じだ。
それのみか、最後のスパートではミナミベレディーそっくりに小刻みなピッチ走法へと変化をしていた。
そして桜花賞へと出走し、自分が騎乗したサイキハツラツは2着。サクラヒヨリが最後に再度一伸びをして1着になった。その時に自分が味わった衝撃は何とも言い表せないものだった。
そして、今日のオークス。先頭を走るカラフルフルーツも雨が苦手なのか予想以上に遅い展開。雨での重馬場を意識し普段より前寄りに位置取りをし、スプリングヒナノをマークしながらのレース。
サクラヒヨリが3着に入った事も驚きだったが、差し切れると思っていたスプリングヒナノを差し切る事が出来ず結果は2着だった。
「悔しいなぁ、この年になっても勉強させられるね」
スプリングヒナノはある意味まだ良い。ただ、やはり気になるのは一変したサクラヒヨリの走りだ。
すでに共同通信杯以降に色々と探りを入れているが、武藤厩舎に探りを入れる事も出来ず、調教で騎乗していると聞く長内騎手にも探りを入れたのだが口は堅かった。
「サクラヒヨリに未練はないんだけど、あれだけ馬の走りを改善させる調教方法を知りたいんだけどな」
それこそ武藤厩舎に聞いても教えてくれるはずもないだろう。恐らく最近始めた方法なのだろうが、今後の預託馬の活躍次第では秘伝と呼ばれても可笑しくは無いだろう。
「そういえば、今回は馬の嘶きを再生させてた録音機は持って来てなかったな」
どういう意図があるのかは不明だが、もしかすると馬の走る気を高めさせる効果があるのかもしれない。
昨年末から急速に武藤厩舎と馬見厩舎の距離が縮まっているとも言われている。北川牧場関係での繋がりなのだろうが、馬見厩舎が何かしら武藤厩舎に調教方法を指導した可能性はある。
「そう考えると、馬見厩舎のやり方からチェックする方が良いのか? いや、北川牧場での独自の何かか?」
良くてGⅢと判断したサクラヒヨリがあれほどに成長したのだ。もしその方法をGⅠを期待できる素質の高い幼駒に取り入れたならば、どれ程の効果が出せるのか。
鷹騎手の興味は今後の競馬へと向いていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます