第70話 ヴィクトリアマイル前のタンポポチャさんとトッコさん
ヒヨリのオークスが来週だからと気にしていたら、驚いたことに金曜日にタンポポチャさんが私の居る美浦トレーニングセンターにやって来たのです。
そう言えば、前のレースに出る前に栗東へお邪魔してタンポポチャさんと併せ馬をしましたよね。その時に、何かそれっぽい事を調教師のおじさん達が言っていたのを朧気ながら覚えています?
「ブフフフン」(お久しぶりです?)
「キュヒヒーン」
タンポポチャさんにご挨拶をするのですが、お返事を返してくれたタンポポチャさんは、何故かご挨拶する私の匂いを頻りに嗅いできます。
なんでしょう? 変な香りでもするかな? 私だって年頃のお嬢さんですから気になっちゃいますよ?
それと、何となくちょっとご機嫌斜めになったっぽいのです。
そう思っていたら、漸くタンポポチャさんが私の首からずっとハムハムしてくれます。
ただ、すでに一緒に走ることが決まっているので鞍とかすでに付けられていて、若干ハムハムし辛いのです。私もお返しにハムハムしているんですが、タンポポチャさんは何時も以上に何か念入りにしてくれている気がします。
今日はすでに午前中にヒヨリがグルーミングしてくれました。ですので、それ程問題無いと思うのですけど。
「ブフフン」(綺麗にしてるよ?)
「キュヒヒン」
私の言葉に返事を返してくれはするのですが、タンポポチャさんのグルーミングは続いています。
この調子だと、何となく私の毛並みに禿てくる所が出そうで何か怖いですね。ただ、私も丁寧にタンポポチャさんをグルーミングしていると、見たことの無い騎手さんと見た事のある騎手さん、そして調教師さん達がやってきました。
「長内君、川田君、悪いね」
「いえ、どちらも今を時めくGⅠ馬ですから、自分も勉強になります」
「私は何度かベレディーにも騎乗してますから」
ん? どうやら鈴村さんと前回タンポポチャさんに騎乗していた騎手さんは来れないみたいです。代わりの人がこの二人みたいですが、その内の一人は鈴村さんと交代で私とヒヨリを交互に騎乗したりするので何となく知っています。
「馬なりで軽く流す感じで、あとは馬が勝手に反応してくれるから逆らわずに」
「前回の天皇賞の前もそんな感じでしたな」
調教師のおじさん二人の指示に、騎手の二人は若干戸惑ってます? でも、今度はタンポポチャさんのレースになるので絶対に無理はさせちゃ駄目ですよ?
「ブヒヒヒヒン」(無理しちゃ駄目なんですよ?)
「キュフン」
タンポポチャさんが私の言葉に返事をしてくれます。でも、私は騎手さんに念押ししたんですが、タンポポチャさんも無理しちゃいけないので結果的には良いのかな?
ともかく、二人は私達に騎乗して練習コースへと入りました。
「昨日一休みさせているので体調は問題ないんだが、気持ち面でもミナミベレディーと会えて回復してくれたようだ。いやぁ、真面目に助かるねこれは」
何やら言われていますが、タンポポチャさんと仲良くコースを走ります。
今日も私が先行して、その後ろからタンポポチャさんが追い抜くように走るように指示が出てました。
でも、そもそも私達は自由に走りますよ? レース前ですし気分よく走らないとですよね?
という事で、今日はタンポポチャさんをご接待です。あとでうちのリンゴや氷砂糖を差し入れしてあげたいのですが、私が言っても理解してくれる人がいないのが悲しいのです。
ともかく、タッタカとコースを走り始めます。前回一緒に走った事で、私もタンポポチャさんも慣れています。私達は軽くコースを走ってから、最後の直線でまたもや視線を合わせてダッシュしました!
うわ~~~ん、悔しいよ~~~! また負けたよ~~~!
今回は前回以上に本気だったのに、あっさりと置いて行かれちゃいましたよ!
「キュフフン」
タンポポチャさんが思いっきり上から目線です! ぐぬぬ、きっと私はまだ前回の長距離走の疲れが抜けていないのです。あ、あと、午前中にヒヨリの調教もしてましたから! きっとそのせいですね!
「ブフフフン」(でも、悔しいのです!)
ご満悦のタンポポチャさんです。ご接待だから有りと言えば有りなんですよ!
「聞いていましたけど、本当に最後の直線で競争するんですね。びっくりしました」
「タンポポチャのこの誇らしげな仕草が微笑ましいですね。すっごく嬉しそうなのが伝わってきます」
鞍上の騎手二人が何か話していますが、何かすっごく悔しいです。
本番では違うのだと、何処かで見せ付けないといけません!
「ブフフフン」(でも、明後日のレースは頑張ってね)
「キュヒン」
お友達ですから、もちろん自分が走らないレースであれば応援しますよ。
タンポポチャさんのお返事は相変わらず判らないですけどね!
そうです! あとで時間があれば長距離は止めたほうがいい事をタンポポチャさんにも話してあげましょう。持久走は走るもんじゃ無いですよね!
◆◆◆
「サクラヒヨリと会わせないように予定を組むのが面倒でしたね」
「下手すると喧嘩になって、何方かが怪我でもしたら目も当てられないからな。しかし、タンポポチャ号を見るとべレディーはやはりマイルでは勝てないな。いくら遊びとはいえ、ああも簡単に直線で突き放されるとは」
金曜日に続き、土曜日にもタンポポチャと一緒にミナミベレディーは調教を行っていた。
前日に引き続いての馬なりでの軽めに1回、その後は2頭に引き綱をつけての引き運動であったが、タンポポチャは意外なことにこの一緒に歩くお散歩に終始ご機嫌だった。
並んで歩きながら時々ベレディーに嘶いては、ベレディーが返事を返す。そのこと自体を楽しんでいる様子で、思いっきりリラックスが出来ていたように見えた。
「いやあ、レース前にミナミベレディーと併せ馬をする事で、此処までメンタルが良くなるとは。大きなレース前には可能な限り併せ馬をお願いしたいですな」
磯貝調教師がそう告げるほどに、長距離移動をしたタンポポチャの状態は疲れを感じさせず好調を維持している。
「今週のレースで勝てば、牝馬でGⅠを4勝目ですか。すごい馬ですねと言いたくなりますが、うちのベレディーも負けてないですからね」
「そうだな、磯貝調教師が言うには、タンポポチャは4歳で引退するそうだ。出来ればヴィクトリアマイルとエリザベス女王杯を勝って引退したいそうだが、何といっても3歳ではベレディーに桜花賞とエリザベス女王杯は取られているからな。
ベレディーが出ない今年のエリザベス女王杯は何としてでも欲しいだろうが、全妹のサクラヒヨリがタンポポチャに勝てるかというと厳しそうだな」
「姉妹の前に共通に立ちはだかる壁、なんだか悪役みたいですね」
「ただ、姉の大親友だがな」
そう言って二人は笑うのだった。
そして、ミナミベレディーの午前の調教を行うために装鞍所へと連れて行くと、武藤調教師がサクラヒヨリを連れてやってきた。
すると、サクラヒヨリは大喜びでミナミベレディーの傍へとやって来たのだが、しきりにミナミベレディーの匂いを嗅ぐ。
「昨日に引き続いてですから、恐らくタンポポチャの匂いでもついていますかね」
「浮気を疑われる旦那のようなものか?」
「似たようなものでしょう」
馬見調教師と蠣崎調教助手が鞍などの準備をしながら、そんな事を話ている間にもサクラヒヨリのグルーミングが始まる。
「馬ってこんなに嫉妬深かったですか?」
「まあ馬同士でここまでと言うのは見る機会はないからな。ただ現実はこうなんだから、嫉妬はするのだろうさ。もっとも、それこそ馬の個性だろうがな」
「ベレディーはあんまり頓着しなさそうですがね」
「まあ、それこそ女誑しというか、牝馬誑しだな。まあ、サクラヒヨリは妹だからノーカウントになるのか?」
「さあ?」
鞍を持ってミナミベレディーへと向かうと、まだ終わっていないとばかりにサクラヒヨリが馬見調教師達を威嚇するが、そこをベレディーがハムハムして落ち着かせる。
サクラヒヨリに馬装を付けていた武藤調教師とその助手が、そんなミナミベレディー見て思わずつぶやく。
「思いっきりタラシですなぁ。噂ではタンポポチャ号にも惚れられている様子ですし、憎らしい男っぷりってやつですかな?」
武藤調教師の言葉に、なぜかミナミベレディーが驚いたような表情を浮かべた。その為、それを見ていた馬見調教師達は爆笑するのだった。
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