第69話 オークスと雨対策と武藤厩舎
頑張って走った天皇賞の表彰式は、桜花ちゃんが居ないので私的にはちょっと寂しい表彰式だったのです。
ご主人様や、調教師のおじさんは喜んでいて、周りからの声援も大きくて、何か全体的には賑やかではありましたよ。私の所有者であるご主人様は途中から顔を真っ赤にしていて、隣の奥さんと思われる人の冷えた眼差しとのギャップがすごかったんですが、何かあったのかな?
でも、私的にはやっぱり桜花ちゃんがいないとやっぱり今ひとつなのです。
その後、馬運車でえっちらおっちら美浦トレーニングセンターに帰って来ました。でも、やっぱり思いっきり筋肉痛になっちゃいました。その為、回復してヒヨリに会えたのは3日後です。
結構前から栗東へ行っていたので、ヒヨリとは久しぶりの再会ですね。その為、いつも以上の大歓迎を受けました。ただ、今回は前走と違って無事に勝てていたので、思いっきり胸を張って勝ったのよと言えましたよ!
もっとも、馬語なので通じているか判りませんけどね!
「ブヒヒヒン」(ヒヨリ、長距離はすっごい疲れるのよ)
「キュフン」
「ブヒヒヒヒヒン」(長距離は絶対に調子に乗っちゃ駄目なのよ?)
「キュン」
「ブルルルルン」(でも、私は余裕でしたけどね!)
「キュフフフン」
今日も、先日のレースが如何に疲れたかを教えてあげます。
ただ、何かヒヨリがまた同じ話をしだしたわ、って感じの反応をするのはどうかと思うのです。
それでも、今度はヒヨリがオークスというレースに出るそうなので、その為にちょっとレース後で疲れてはいますが、まだ筋肉痛は残っているんですが、一緒に頑張っています。
「ブフフン」(でも雨っぽいよね)
今日も生憎の雨なのです。まだ小雨なのですが、それでも気になります。
雨だとすっごい走り難いのですよ。併せて、目に雨が入ったりすると視界が悪くなるし、私は雨が嫌いです。滑って怪我でもしたら、色々と終わっちゃうよね?
ヒヨリも、私と同じ様な走りをするからか、やっぱり雨だと走り辛そうな様子です。
「キュフフン」
小雨が降る中ヒヨリと走っていると、ヒヨリが器用に蹄を引っ掛けるみたいな走りをしているのに気が付きました。どうやら私と一緒で、蹄が滑りそうなのが嫌なので自然とそういった走りをしているみたい?
「ブフン」(走りやすい?)
ヒヨリの走り方が気になって尋ねてみるのですが、ちょこんと首を傾げるのみです。
仕方が無いので私も真似をして走ってみますが、確かに普段の走りよりはしっかりと力を掛けれそうですね。ただ、この走り方をするには小刻みな走りにならないと駄目かな。あと、スピードは出ませんね。
「ブヒヒヒン」(ヒヨリは器用ね)
何となくヒヨリの方が私より器用な気がします。というか、私が不器用なのでしょうか? そもそも、普通に本能で走りますもんね、お馬さんは。そう考えると雨の日の走り方も本能で適応するのでしょうか?
「キュフフン」
褒められたのは判るみたいで嬉しそうにするヒヨリです。
うん、ただ雨はやっぱり嫌いっぽいです。これは家系的な特徴かな? それともお馬さんはみんなこんな物なのかな?
雨で怪我したら、それこそ終わっちゃいますもんね。嫌で当たり前だと思いますよね。
◆◆◆
「今更なんですが、ミナミベレディーは雨だと全然走りません。幸い今までは阪神ジュベナイルフィリーズ以外は晴れの日で結果を残せています。そもそも、あの時は小雨でした。調教でも雨だと走り辛そうにしていますし、サクラヒヨリが鷹騎手で惨敗した時も雨だったと聞いています。成長分を加味しても、オークスが雨であれば勝ち負けは厳しいと思います」
来週がオークス本番であったが、残念ながら天気予報は雨、思いっきり傘マークだった。
鈴村騎手は、幾度も雨の中でサクラヒヨリの調教を行っていた。その感じでは、ミナミベレディー程では無いにしても、やはり雨で走る事を嫌がっている。蹄が芝を滑る感触が嫌なのは姉妹揃って同じ様だった。
「まあ、気が付いていたよ。雨で負けた後に鷹騎手も同様の事を言っていたからね。ぜんぜんレースに集中しなくて、何も出来ずに終わったと言っていた。しかし、そうなると厳しい。だからと言って桜花賞馬が姉妹揃って2年続けてオークスを回避する訳にもいかない。ましてや、ミナミベレディーが春の天皇賞を勝利した後だけにね」
競馬予想紙には、思いっきりサクラヒヨリがグリグリの二重丸。1番人気と予想されていた。
「私としても雨の日だからと惨敗は避けたいのですが、これといって良い方法も無く。あまり大きな声では言えませんがベレディーも雨だとさっぱり走ってくれませんから」
厩舎的にはあまり公言できる話ではない。ただ、ミナミベレディーもサクラヒヨリもここまで来ると一心同体な扱いで、ましてや騎乗するのは同じ騎手である鈴村騎手だった。その為、馬見調教師も雨の日の状況を武藤厩舎に伝える事を許可していた。
「そうなるとオークスも厳しいですか」
「先行したとしても、スピードが出せませんというか、出ませんから。もっとも、他の馬も条件的には同じなんでしょうが」
それでも、重馬場を得意とする馬はいる。蹄の形状で得意不得意が分かれるという人もいる。ただ、今は雨の日が確実視されているオークスをどうやって走るかだった。
今日の午前中に行われた調教においても、ミナミベレディーと一緒に走るという事でテンションの上がっていたサクラヒヨリではあったが、タイムはやはり良くは無かった。もっとも、肝心のミナミベレディーのタイムはもっと良くないのだが。
武藤調教師もその様子を見ていた為、関係者の表情は思いっきり暗い。
「とにかく、先行する方が有利だ。実際の所、前残りは言われているほど顕著ではないが、馬群に沈めばサクラヒヨリは駄目だろう。如何に雨の日であっても可能な限り気分よく走らせるか。それには先行、可能なら泥を浴びない逃げしかない」
武藤調教師は、しばらく考えた後にそう結論をだした。
「枠順はまだ決まっていないが、外枠になったとしてもスパートかけてでも先頭を走る。あとはサクラヒヨリの持久力に賭けるしかないな」
「奇しくもミナミベレディーの春の天皇賞のようなレースをですか」
武藤調教師と、調教助手の言葉に鈴村騎手もオークスでの騎乗における方向性を定める。
「判りました。あと、ベレディーとの併せ馬を出発まで可能な限り毎日出来るように馬見調教師にお願いしておきます。幸い、春の天皇賞の疲れは既に取れていますし、併せ馬も馬なりで行っていますのでそこまで負担にはなっていませんし、ベレディーも楽しんでヒヨリを鍛えてますから」
そこで笑う鈴村騎手だが、武藤調教師達は思いっきり困惑の表情を浮かべる。
「あ~~~、まあ馬が馬を鍛える事が自然界にあるのかは置いておいて、過剰調教とかそういった問題は無いのだろうか?」
「え? 大丈夫じゃ無いですか? 馬同士で会話してますから、そこは問題無いと思いますよ?」
ミナミベレディーが嘶くとサクラヒヨリも返事をするし、サクラヒヨリが何かを言うとミナミベレディーも返事をしている。
だから恐らく馬の間でも会話って成り立つのだなと鈴村騎手は思っていた。
実際に見ている限りにおいて、2頭の間ではスムーズに会話が成り立っているように見える。
「馬の言葉が話せたら、どんな事を話しているのか興味がありますよね」
目をキラキラさせて、真顔でそんな事を言う鈴村騎手に、大丈夫かこいつ? という眼差しを返す面々だが、最近では馬見厩舎に続いて武藤厩舎も同様の視線を受け始めている事を思い出してガックリと脱力するのだった。
「あの、録音機がなぁ。ただ、あれが無いとだしなぁ」
思わず小さな声でブツブツと呟く武藤調教師だったが、サクラヒヨリの後に控えている、更に調教が遅れている全妹サクラフィナーレを思い出す。
今後も勝てるようにするには、やはりミナミベレディーの協力が必要なのか? そんな風に頭を悩ませ始める。
「サクラヒヨリが妹の調教をしてくれんかなぁ」
思わずそんな事を思う武藤調教師だが、すでに汚染が進んでいる事に本人は自覚が薄かった。
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