第67話 春の天皇賞 レース実況、その他
『さあ、各馬ゲートに納まりまして、スタートしました。2番ミナミベレディー好スタート、そのまま先頭へと進みます。その後ろには4番キタノシンセイ、今日も前からの競馬、3番手にはダンプレンこちらも好スタート。ここで先頭に立ったのは、やはりミナミベレディー! 後続を突き放し更に差を広げていく。
これは逃げか! ミナミベレディー先行策ではなく逃げに入った! これには場内にどよめきが走ります。
外回り3コーナーの坂を早くも上り切り、4コーナーからの下りを利用して更に更にその差を広げていくぞ! 大逃げか! これは大逃げ狙いか! 2番手を走る4番キタノシンセイとの差は2馬身から3馬身、その差を更に4馬身、5馬身と開いていく!
キタノシンセイの後ろを走る3番手のダンプレンまでは変わらず1馬身、しかし馬群は次第に縦長に広がっていきます。ここで早くも先頭から2番手キタノシンセイまですでに10馬身以上の差をつけて、1000mの通過タイムは58.4、これは速い ! 先頭で逃げるミナミベレディー、強引に高速レースへと持ち込んでいく! これは作戦なのか! 4番手には・・・・・・
依然、先頭はミナミベレディー、向こう正面の坂を先頭で駆け上がります。1000から2000のタイムは63.2、流石に勢いが落ちて来たのか。一時は2番手と10馬身以上拡がっていた距離は、次第に縮まって今は5馬身程。
中団より後ろにつけていた各馬が早くも前へと動き始めました! この後の脚は残しているのか。
中団はまさに混戦模様、向こう正面では順位が目まぐるしく変化しています。
ここでキタノシンセイ、ダンプレンをかわして2番手に上がったのは11番ファイアスピリット、これ以上の独走は危険と判断したのか。中団から一気に前へと詰めていきます! そして、ファイアスピリットに合わせるようにキタノシンセイ、ダンプレンもスピードを上げる。
ファイアスピリットの1馬身後方にキタノシンセイ、その半馬身後ろにダンプレン。そこから更に1馬身後方にプリンセスフラウ、虎視眈々と前方を窺う。しかし、先頭のミナミベレディーとの差はいまだ3馬身はあるぞ! ここで、ミナミベレディー先頭で4コーナーへ入り再度速度を上げはじめた!
3馬身まで縮まった距離が、今度は4馬身5馬身と広がっていく。
ミナミベレディーに遅れて直線へと入ったファイアスピリット鞭が入る! 後方各馬に次々と鞭が入る! 先頭を走るミナミベレディーを必死に猛追!
ここで後方から一気に上がって来たのは14番シニカルムール、5番手につけたプリンセスフラウが猛然とスパート! 前を走るダンプレンをかわして4番手! 勢いが違う!
しかし、後方の争いなど関係が無い! 先頭は私だとミナミベレディー独走!
2番手ファイアスピリットとの差は依然3馬身! ファイアスピリット鞍上の立山騎手、必死に鞭を使うが伸びない! 伸びてこない! 高速レースに脚を使わされたのか! 脚が止まったか! その外を7番プリンセスフラウが伸びて来た! キタノシンセイをかわし、ファイアスピリットを捉えた!
しかし、先頭はミナミベレディー、ミナミベレディー独走! 強い! 並み居るGⅠ馬達を引きつれて、後続を3馬身突き放し悠々のゴール!
2着にはなんと7番プリンセスフラウ! 首差で3着に1番人気ファイアスピリット! なんと、なんと! 今年の天皇賞は出走牝馬2頭が1着、2着を独占!
今年の牝馬は強かった! 第※※回春の天皇賞 勝ったのは2番ミナミベレディー、事前の評価を覆し、桜花賞を勝った全妹に続き、春の天皇賞を制しました!』
関係者控室で、馬見調教師は彼らしからぬ事に、レース途中から口をポカンと開けてモニターを見ていた。
当初から鈴村騎手とは逃げで行く事は打ち合わせをしていた。素直なミナミベレディーであれば、最初の坂でまずは後続と距離を空ける事が出来る。そして、そのまま後続と距離を取り、最後の直線の勝負と思っていた。それが蓋を開けてみれば2着馬とは3馬身もの距離を離しての圧勝だった。
「・・・・・・凄い馬だな」
それこそ今更だが、ミナミベレディーという馬の凄さを漸く肌身に感じている。
当初はGⅢを勝てれば御の字の馬だと思っていた。桜花賞を勝っても、エリザベス女王杯を勝っても、どこかでミナミベレディーという馬を侮っていた自分がいた。
しかし、今目の前では昨年の年度代表馬を突き放し、春の天皇賞を圧勝という形で勝利したミナミベレディーがいた。
そして、モニターから視線を戻した時、馬見調教師は自分の脚が震えている事に漸く気が付いた。
「ははは、なんだこれ、脚が震えてるぞ」
勿論のこと、馬見調教師はこの春の天皇賞を勝つつもりでミナミベレディーに調教を行っていた。宝塚記念が天候次第と微妙なだけに、何とかこの春の天皇賞で勝利を掴みたいと思っていた。
ただ、そう周りに対して口にしながらも、心の何処かでは勝てないのでは、そんな思いがあったのかもしれない。それ程に、春の天皇賞で牝馬が勝つと言う事は厳しい事だった。
「さて、お出迎えに行かないとな」
調教助手の蠣崎が傍にいなくて良かったと思った。もし横にいたらきっと指を差して大笑いされただろう。
数回、脚を上げ下げしてしっかりと地面を踏みしめた後、馬見調教師はミナミベレディーの表彰式が行われるウィナーズサークルへと向かうのだった。
◆◆◆
「おいおい、なんだこれは。洒落になってないな」
磯貝調教師は、厩舎内のテレビで春の天皇賞を観戦していた。
ミナミベレディーは先日のタンポポチャとの併せ馬を行った事も有り、またタンポポチャと今後も同じレースとなる可能性が無いではない為に、自厩舎には関係ないレースながら態々時間を取って観戦していたのだ。
「牝馬で春の天皇賞勝利ですか、ちょっと記憶にありませんね」
横では一緒にレースを見ていた調教助手が感想を述べるが、磯貝調教師の記憶にもすぐには出てこない。
そんな記録を作ったミナミベレディーのこれまでの実績を思い浮かべ、磯貝調教師は思わず唸り声をあげる。
「桜花賞、エリザベス女王杯、春天勝利とか、訳が判らんな。サクラヒヨリも桜花賞を勝利しているから、芝1600mでの勝利も運だけという訳ではないだろう。芝1600から3200ってなんだ?」
「これでGⅠを3勝、しかも距離の違うレースですから、もし牡馬だったら引く手数多ですね」
「牡馬だったらうちのタンポポの相手に欲しいぞ、相性も抜群だ」
磯貝調教師はそう言って笑いながらも、タンポポチャの今後のレースを考える。
「ヴィクトリアマイルの後は安田記念に行くぞ。もっともヴィクトリアマイル後の調子しだいだが、マイル路線で勝負を掛ける方が良いだろう」
タンポポはミナミベレディーと走りたいだろうが、そこは我慢してもらおう。
そんな事を考えながら、タンポポチャの今後のレースを頭の中で組み立てて行く。
「ミナミベレディーは恐らく秋天に出走するだろうな。春を勝って秋はエリザベスへ進むなんざ許されんよ。幸いな事に、そうなるとエリザベス女王杯でタンポポが勝てる確率も上がる」
「そうですね。まあ、タンポポにとっては良い結果になったと思いましょう」
オークスを勝っているタンポポチャだが、磯貝調教師としてはタンポポチャに一番合った距離はマイルだろうと思っている。
「桜花賞馬のサクラヒヨリが居るが、流石にサクラヒヨリまであんな異常な馬では無かろう。秋はとにかくエリザベス女王杯を目標にする」
「まあ、無難な所でしょう。問題は秋はエリザベス女王杯のあとどうするかですよね」
「そこはオーナーと相談だが、最優秀4歳牝馬を取るには有馬で最低でもミナミベレディーより先着する必要はあるな。もっとも、ヴィクトリア、エリザベスを勝って、ミナミベレディーがこれ以上GⅠを勝たなければが大前提だがな」
タンポポチャにとってなかなか厳しい年になりそうだと思いながら、よく考えればマイラー路線を走るタンポポチャにとって、ミナミベレディーと今後争うレースが殆ど無い事に感謝したい気分になった。
「エリザベス女王杯とマイルチャンピオンシップがもう少し間があれば両方走らせることも出来たんですがね」
「大阪杯で牡馬と2000以上を争うのは厳しいと痛感したからな」
大阪杯では、タンポポチャのベストと言える騎乗をして、それでも勝ちきれずに2着に終わった。牡馬との混合戦であれば、やはり勝ちを計算できるマイルの距離を主戦場にしたい。
競馬に絶対はないとはいえ、勝ちを計算できるレースがある事に感謝しよう。
磯貝調教師はそんな事を思いながらも、まずは来週のヴィクトリアマイルを勝ってGⅠ4勝とする事に全力を注ぐのだった。
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