持久走と雨は嫌いですよ
第63話 北川牧場と馬見厩舎と天気予報
北川牧場では、ミユキガンバレの出産で昨夜から関係者たちは今か今かとモニターを見つめている。
出産馬の馬房には使いまわしのカメラが設置され、人が近くにいる事を警戒する馬に配慮して事務所から出産状況を確認できるようにしていた。
「ミユキガンバレはちょっと神経質な所があるからな。ただ、昨年は皐月賞を勝っているウイングキックを種付けしたから、期待しているんだが。気性も悪くないし、何と言っても適距離はは芝1600から2400まで、良い仔が生まれて欲しいよな」
サクラハヒカリも馬齢的に上がってきている。この為、サクラハキレイの血統で一番若い繁殖牝馬であるミユキガンバレあたりに期待したい所ではあるが、サクラハキレイは産駒でも晩成と言っても良い。
そこを考えると、まだまだサクラハヒカリの産駒にも期待できるのだろうが、まずは無事に生まれてくれる事を願っている。
「ヒカリは2年続けて天皇賞秋を勝ったGⅠ馬のソードカイザーだよね。ただ、何方もGI馬にしては産駒実績が今一つだからお安かったんでしょ?」
ある意味、北川牧場にとって様々な意味でカミカゼムテキがお得感溢れていただけに、何とかお手頃な種付け金額で、更にサクラハヒカリ達と相性の良い種牡馬の選定に苦労していた。
「先日うちの繁殖牝馬と十勝川さん所有種牡馬でお見合いをしないかとお話を伺ったんだけど、お受けしましょう。こうなったら馬同士で選んでもらうのも悪くないわ。昨年の仔馬達も無事に売れましたけど、私の勘では良くてオープンかしら? 若しかすると1勝も厳しいかもしれないわ。何となく今一つでしたもの」
そうそう勘が正しいかといえば当てにならない事もあるのだが、それでも走りそうな馬というのは雰囲気を持っている気がする。
「だが、トッコもヒヨリも良くてGⅢだと思ったぞ?」
「馬鹿ねぇ、GⅢは行けそうと思えたって事じゃない」
妻の恵美子の言葉に、そういう見方もあるのかと思う峰尾である。
「なるほどな、確かに言われてみれば。ただ、あれはキレイに似た体型だったっていうだけな気もするが」
そう言って首を傾げる峰尾だったが、これ以上話をしても進展は無いと話題を変える。
「そういえば見合いの話だったな。思わずうちの桜花と十勝川さんの所の子供かと思ったぞ。あそこの御子息は、次男が確か20代だったはずだからな」
そう苦笑を浮かべる夫に呆れた視線を向けながら、それだったら大歓迎なのにと思う恵美子だ。それでも、あの子では再教育を施してもあのクラスの人達へお嫁に行くのは厳しいだろうと思う。
「十勝川さんの所は牝馬の成績が伸び悩んでますから。自家の種牡馬での実績が欲しいのと合わせて、牝馬でも実績を上げたいのでしょうね」
「そう考えればカミカゼムテキとサクラハキレイの出会いは奇跡だなぁ」
「そうね。GⅠ勝ちが無いから人気が出なくて安かったし、もともと白石さんとは面識があったから」
白石ファームは種牡馬を主体に経営されていたが、すでに牧場としてはカミカゼムテキともう1頭の高齢馬を残し、残りの種牡馬は売却していたはずだ。
カミカゼムテキはまだ種牡馬登録されているが、何せカミカゼムテキも既に24歳、確か残されているもう1頭も同じくらいの歳だったはずである。
「あそこも結局後継者がなぁ。今年の種付けはカミカゼムテキの人気も上がりそうだが」
「そうねぇ、でもどうなのかしら? そうなってくれると白石さんも助かるわね」
白石ファームとしては、カミカゼムテキ達以降で大黒柱となる種牡馬が誕生しなかったのも大きい。その為、収入は目減りしており、その現状を知っている子供達は、誰も牧場を継ごうとはしなかったのだ。
「後継問題はどこの生産牧場にもついて回るからな。人だけでなく、種牡馬にしろ、繁殖牝馬にしろ、その産駒が活躍してくれなければなあ」
「そうですね。私も、まさか桜花が牧場を継ぐなんて言い出すとは思わなかったわ。最初はちょっとどうかと思いましたけど、これからの時代は食糧不足がとか言われる時代になるみたいですし、そういう意味では酪農も悪くはないのかしら?」
「どうなんだ? 酪農は飼料とか結構必要だからな。大丈夫なのか?」
「そうねぇ、畑を広げます?」
段々とおかしな方向に話が展開していく二人だったが、従業員の二人はなんだかなぁという眼差しを向けながらも、ミユキガンバレの様子をモニターでしっかりと確認しているのだった。
◆◆◆
天皇賞春を来週末に控え、馬見調教師達は真剣に・・・・・・天気予報を調べていた。
「月間天気でも前後を含めて晴れていますし、突然台風とかが来なければ大丈夫じゃないですか?」
「5月で台風なんか来ない。まあ、大丈夫そうだな。これでレースにはなるな」
ミナミベレディーは幸いなことに晴れ女だ。晴れ牝馬と言うのが良いのかもしれないが、雨の日であれば調教でも同じ馬かと思うくらいに走らない。
それこそ、雨なら出走させないほうが良い。そんな事を思うぐらいに雨の日では走り方からして変わってしまう。
「雨の日だとどうも芝の上で足が滑るのが怖いみたいですね。何となくですが、おっかなビックリ走ってるみたいな感じです。あれではいくら泥跳ね対策をしても早くは走れませんからね」
「天気ばかりは運だからな。早めなら出走回避も出来るが、GⅠを明日が雨ですから出走回避しますなんてできないからなあ」
馬見調教師はそう言いながら苦笑を浮かべている。
金鯱賞でもそれ程疲労を感じなかった為に、ミナミベレディーはしっかりと調教を施すことが出来た。此処まで出走の影響が少ないのであれば、翌週の阪神大賞典でも良かったのではと思うのだが、すべてはタラレバの世界の事。今更言っても結果が変わる事は無い。
「恐らく馬体が完成してきたのもあるんでしょう。これから4歳、5歳と楽しみですね」
春の天皇賞を出走後は、一応だが宝塚記念を予定している。今の調子であったなら問題なく出走出来るだろう。
そして、秋はなんと言っても本命のエリザベス女王杯だ。ただ、ここも春の天皇賞を制覇した場合、秋の天皇賞を狙うことで話は出来ていた。
もっとも、これこそタラレバなのだが。
「鈴村騎手がまたノートパソコン片手にベレディーの馬房に通っていますからね。サクラヒヨリの時はベレディーの嘶きの録音でしたよね? 普通なら真面目にやれって思うんでしょうけど、結果を出していますから」
「そういえば、武藤厩舎のサクラフィナーレはそろそろ新馬戦を考えないとだろうが、聞こえてこないな? あとは、太田厩舎に北川さんが言ってたベレディーお気に入りのサクラハヒカリの産駒がいたよな? 確か、プリンセスミカミだったか?」
何といっても両親を同じとする同系姉妹での桜花賞2年連続だ。こうなると3年もと期待するのが世の中である。そう考えると、サクラフィナーレを預かっている武藤調教師にかかるプレッシャーは並々ならない物となっているだろう。
「ええ、ただ武藤調教師の所の厩務員が言うには、恐らくデビューは秋以降になるんじゃないかと。姉2頭とは違い思いっきり仕上がりに時間がかかっているそうです。下手するとデビュー自体が年明けになるかもとか」
「う~ん、それならまあ仕方がないか。全妹だからといって走る保証はないし、そもそもサクラハキレイも晩成と言ってよい血統だからなあ。ただ、世論が怖いな」
もっとも、他人事だから笑える話であって、自分であったら恐らく焦りまくっているだろう。
「武藤調教師から、ベレディーの放牧の際は是非よろしくと」
「笑えないなあ。まあ夏は北川牧場になるから、時期さえ合わせれば自然とそうなるだろうが」
思いっきり苦笑する馬見調教師であるが、少し当惑した様子で月間の天気予報を再度見る。
「オークスは思いっきり雨になりそうなんだよな」
「ですね、桜花賞には愛されてても、樫の女王には嫌われているのかもしれませんね」
実際のところ走ってみないと結果はわからない。ただ、サクラヒヨリは良くも悪くもミナミベレディーに似ている。下手するとミナミベレディーよりも身体能力は高いかもしれないとまで思っている。
それでも、蹄の形や体系は同系統であり、恐らく雨は厳しいだろう。2歳の時のレースでも雨の日は大敗しているのだ。
「だからといって回避することなんか出来ないだろうし、万一でも可能性があれば出るだろう」
「牝馬3冠の初めを獲った責任もありますからね。体調が良いのに出走しないは許されないでしょう」
世の中というのは中々に厳しい事が色々とあるのでした。
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