第61話 桜花賞 実況とその後

『今年も満開の桜に彩られ、第※※回 3歳牝馬限定、芝1600m、桜花賞がここ阪神競馬場で行われようとしています。


 ここ数日の天候にも恵まれ、芝の状態は良、18頭のうら若き牝馬で競われます3歳牝馬3冠の第一戦。


  今年は何と言っても、昨年の桜花賞を勝利したミナミベレディーの全妹サクラヒヨリが、同じくミナミベレディーのパートナー鈴村騎手を鞍上に出走、史上初姉妹揃っての2年連続勝利があるのか!


 また昨年の阪神ジュベナイルフィリーズを勝ち、見事2歳女王に輝いたスプリングヒナノがそれを阻むのか! 例年にない盛り上がりを見せます桜花賞・・・・・・』


 桜川は競馬場のターフビジョンに流れる映像と実況、更にはラジオから流れるてくる実況を合わせて聞いていた。


 今回、桜川は阪神競馬場に珍しく妻と4歳と2歳になる子供を連れて来ていた。


 自己所有馬がGⅠ出走など滅多には無い。父や祖父の時代にも数度あったがどれも勝利する事は無く終わり、桜川一族としても悲願のGⅠ初勝利を掛けたレース。


 ただ、桜川としてはそれ以上にもしGⅠにサクラヒヨリが勝利した時、まだ幼い子供達にぜひ記念として表彰式へと参加して欲しかった。まだ幼い子供達の記憶に残るかはともかく、写真は記録として残るのだ。


「私の一生でも2度と有るか無いかの出来事になるかもしれないしね」


「あら、でも桜花賞以降もサクラヒヨリなら何度かチャンスはあるんじゃないの?」


 傍らで揶揄う様に告げる妻に苦笑しながら、子供達の様子を見る。


「おとうちゃま、お馬さん見に行きたい!」


 流石は桜花賞といった結構な人混みに、息子は物怖じする事なく興味津々である。今日もお父さんが所有しているお馬さんがレースに出るからと言った為、お馬さんを見る事を楽しみにしていたようだ。


 下の娘は兄の喜びに釣られて当初は楽しそうにしていたのだが、すでに疲れたのか愚図り始めていた。


「お馬さんは大きな音が嫌いだから静かに見れるかな?」


「うん! ちゃんと静かにする!」


 息子の返事に微笑みながら、妻から娘を受け取ろうとする。しかし、娘は妻にしがみ付いて離れようとしない。


 その様子に苦笑を浮かべ、息子へと手を差し伸べた。


「お父さんと一緒にお馬さんを見に行こうか」


「うん!」


 娘は妻に預ける事として、息子を連れてパドックへと向かう。桜花賞までまだ2レース程は時間がある為に、今パドックにはサクラヒヨリは居ないがまあ問題無いだろう。


 桜川は息子の手を取って、馬主席から移動するのだった。


◆◆◆


『桜花賞、ゲート入りが始まっています。ゲート入りを嫌っていた16番カラフルフルーツ、漸くゲートに入りました。


 各馬無事にゲートに収まりまして、ゲートが開きました!


 若干バラけたスタート! 16番カラフルフルーツ出遅れたか。


 4番サクラヒヨリ、12番スプリングヒナノ共に好スタート、逃げ馬16番カラフルフルーツ今日は後方からのレース。


 先頭にサクラヒヨリ、その外、半馬身後ろに12番スプリングヒナノ。3番カリスマルビーは更に半馬身後方、その更に1馬身後ろには1番ピスタチオラテ、更に・・・・・・。


 向こう正面の直線を過ぎまして、各馬3コーナーへと入って行きます。依然先頭はサクラヒヨリ、600m通過タイムは34.3、標準ペースか。各馬、あまり動き無く3コーナーから4コーナーへ。


 ここで、先頭を走るサクラヒヨリが前に出た! 得意のロングスパートか! 4コーナーに入った所から速度を上げて1馬身、2馬身と後続を突き放す。


 ここで中団から14番サイキハツラツが上がって来た! 一気に前を交わして2番手に! 最後の直線へ向け壮絶な位置取り争い!


 直線に入った所で満を持して鞭が入る! 12番スプリングヒナノ、前と横を塞がれ伸びない! 外へ3番カリスマルビー、内からは14番サイキハツラツ、1番ピスタチオラテも上がってきた。


 依然、先頭はサクラヒヨリ、残り200m、このまま先頭を維持できるか! 最後方から16番カラフルフルーツ、鞍上冨永必死に前を追います!


 4番サイキハツラツ、坂をものともせずサクラヒヨリに襲い掛かる。その外では1番ピスタチオラテ、外に出した12番スプリングヒナノ、これはキツイか、ここから届くのか!


 先頭はサクラヒヨリだ、しかしサイキハツラツ残り半馬身! 是は差し切れるか! ここでサクラヒヨリが更に伸びた!


 サクラヒヨリだ! サクラヒヨリだ! 4番サクラヒヨリ再度伸びて1着でゴール! その首差に14番サイキハツラツ! 3着に1番ピスタチオラテ、1番人気スプリングヒナノは漸く4着、5着にカリスマルビー!


 今年も大荒れの嵐がここ阪神競馬場に吹き荒れました! 桜の女王には2番人気の4番サクラヒヨリ! 2着に8番人気のサイキハツラツ、3着は14番人気ピスタチオラテ! 昨年に続き今年の桜花賞も大荒れ、桜吹雪が吹き荒れています!


 勝ったのは昨年桜花賞を勝利したミナミベレディーの全妹サクラヒヨリ!


 まさかまさかの2年連続姉妹での桜花賞勝利! 史上初、姉妹での桜花賞連覇! 桜花賞を獲る為に生まれてきたのか! 恐るべき姉妹、恐るべき血統!』


「うっきゃ~~~~~!!!」


 馬主席へのご招待を頂いていた北川ファミリー、ただ恵美子はいつもの様に一般の指定席にしておけば良かったかと後悔をしていた。


 相変わらずの何処か厳かな馬主席の雰囲気に、初めは借りてきた猫のように静かな様子であった娘は、レースが始まると同時にせっかく被っていた猫に逃げられてしまったようだ。


「ちょっと、ここはいつもの一般席じゃないのよ」


 周りの目を気にする恵美子に対し、桜花はまさかの2年続けての桜花賞勝利に限界突破してしまったようだ。レース途中まではブツブツと拳を握りしめ小さな声で応援いただけだったのだが、最後の直線になると一気にヒートアップしてしまう。


 そして、サクラヒヨリが先頭でゴールをした瞬間から、娘は興奮した猿になってしまった。


「桜花! いい加減にしなさい。これ以上騒いだら判るわね」


 まさに地の底から響いて来るかのような声で桜花へと最後通牒を突き付ける。


 すると、桜花の熱狂は吹き荒れるブリザードの真っ只中へと放り込まれたかのように掻き消えた。


「あ、え、えっと・・・・・・ごめんなさい」


 慌てて周りを見る桜花に対し、馬主である桜川一家も思いっきり苦笑を浮かべている。


 桜川家の2歳になる長女などは口をポカンと開けて桜花を凝視していたのだった。


「・・・・・・てへっ?」


 周囲から集まる視線に耐えられず、桜花はちょこんと自分の頭を叩きながら舌を出す。


 しかし、母はこの段階で再教育の必要性を痛感していた。


「さすが生産者の御嬢さんですね。サクラヒヨリの勝利を此処まで喜んでいただけると、私達の喜びも更に強くなりますよ」


 桜川はそう言って桜花をフォローする。


 ただ、その横に座る娘は、未だにドングリ眼で桜花を見ているので、その騒ぎようが判ると言うものだろう。


「桜川さん、申し訳ありません。せっかくご招待いただいてこの様な大騒ぎをしてしまって」


「うぅ、すいませんでした。嬉しすぎて爆発しちゃいました」


「いえいえ、流石は桜花さんです。お呼びした御蔭でこの桜花賞に勝つことが出来ましたよ」


「そうですね、夫ではありませんが、お名前にあやかるつもりだったのですが、本当に勝てて嬉しいです」


 桜川夫妻の言葉に、北川家の二人は恐縮仕切りである。


「お姉ちゃんの御蔭でお馬さん勝てたの? お姉ちゃんありがとう!」


「え? あ、えっと、どういたしまして?」


「これ、桜花!」


 桜川家の長男が周りの言葉から素直に桜花ちゃんにお礼を言う。そのお礼に対し何と返して良いか判らず混乱した桜花の返答に、周囲は再度笑いに包まれるのだった。


 そして、周囲から祝福を受けながら、一同は揃って表彰場へと向かう。桜花は昨年に引き続き2度目の桜花賞の表彰に満面の笑みが零れる。そんな中、桜花賞のプレゼンターに細川美佳が現れ全員が驚きの表情を浮かべた。


「え? 美佳さんがプレゼンターなんです?」


「勿論! 共同通信杯からサクラヒヨリは一推しだし、今日も勝ってくれると信じてました!」


 勝ったのがサクラヒヨリじゃなかったらどうしたのだろうか? そんな思いが湧き出るコメントをする細川だったが、最近はそれこそ競馬アイドルなどと言われ始めている。

 併せて、今日は何と言っても若き牝馬の祭典、それ故に競馬協会から指名されたのだろう。


「もうじき主役が来るからもう少し待ってね。多分、香織ちゃんはテレビのインタビュー受けている頃だろうし、サクラヒヨリは綺麗にして貰ってるからね」


 細川が言う様に鈴村騎手も、武藤調教師達も、そしてサクラヒヨリもまだ到着していなかった。


 そして、暫くすると武藤調教師達に連れられ、首から桜花賞の優勝レイを掛けたサクラヒヨリが得意そうにやって来るのが判った。


「あら、ヒヨリはご機嫌ね」


 恵美子が思わずそう呟くほど、サクラヒヨリは前走と一転してご機嫌な様子である。


「桜花賞かぁ・・・うれしいなぁ」


 サクラヒヨリに掛けられた優勝レイに視線を注ぎ、改めて桜花賞の勝利を喜ぶ桜花であったが、サクラヒヨリが近づいて来るにつれて聞こえる馬の嘶き声に首を傾げる。


「・・・・・・武藤調教師は、何であんなの持ってるんだろう?」


 桜花のみならず周りにいる人達の視線が注ぐのは、武藤調教師が持つ馬の嘶きが再生されている携帯式の録音機だった。

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