第57話 金鯱賞 その後

『各馬、無事にゲートに収まりまして、今スタートしました。綺麗に揃ったスタート、7番ブラックスパロウ、12番オーガブラザー揃って先頭に立ちます。その後ろには3番ミナミベレディー、その半馬身後ろに1番コニシルンバ、その後ろに16番ウインドセイバー・・・・・・


 各馬、最初の直線を抜け1コーナーへと入って行きます。先頭は変わらず7番ブラックスパロウ、その半馬身後ろに12番オーガブラザー、先頭から最後方まで、各馬比較的詰まった状況、7馬身から8馬身という所か。


 先頭を走りますブラックスパロウ、2コーナーから向こう正面の直線へ、1000m通過タイムは63.0 これはスローペースだ! 先行馬が有利と言われる金鯱賞、此処まで極端なスローペースが後々どう影響するのか!


 ここで早くもスローペースに危機感を覚えたのか、16番ミルコプリンスが中団からジワジワと上がって来た。4番手を走る1番コニシルンバも外へと馬を持ち出し前を窺うのか。


 3番ミナミベレディー、ここで16番ミルコプリンスとコニシルンバに横と後ろを塞がれた。先行、逃げに定評のあるミナミベレディー、これは大丈夫か!


 レースは全体的にスローペースのまま、馬群一固まりとなって3コーナーから4コーナー。ここで漸く各馬のスピードが上がって来た! しかし、依然先頭はブラックスパロウ、そのすぐ後ろにオーガブラザー。3番手はコニシルンバ!


 各馬3コーナーから4コーナーへ入り、競うように直線へ向かいます。


 最後の直線、7番ブラックスパロウが先頭! このまま先頭で坂を駆け上がる! そのすぐ外をオーガブラザー! しかし、ここで漸く内側を抜けてミナミベレディー! しかし、これは勢いが無いか! 後方からトカチマジックが上がって来た!


 直線に入って一気に先頭に躍り出るか! トカチマジック! トカチマジック! 凄い末脚で前に襲い掛かる!


 先頭は依然ブラックスパロウ! 粘る! 必死に粘る! 此処でオーガブラザーやや遅れたか! ミナミベレディー脚色が良くない、伸びてこない! 


 大外から11番トカチマジック! 駆け上がり遂に前を捉えた! 5番手ヒガシノルーン、4番手ミナミベレディーを一気に交わし、3番手! 更に2頭に襲い掛かる! 


 抜けた! トカチマジックだ! トカチマジック、ゴール直前で半馬身突き抜けた!


 並み居る強豪を押しのけて、勝ったのは11番トカチマジック! 今、1着でゴール! 2着には7番ブラックスパロウ、3着には12番オーガブラザー!』


 モニターに見入っていた大南辺は、レースが終わって大きく溜息を吐く。


「珍しく有力馬が上位を占めた、人気順の結果になったな」


 金鯱賞は荒れる時は荒れると言われている。今年は好天に恵まれ、高速馬場でのスタミナ勝負かと言われていた中、終始スローペースでレースは展開した。


 結局の所は、GⅠ実績のある牡馬が上位3着までを占め、4着に牝馬であるミナミベレディーが入った。勿論、展開次第で結果は大きく変わったのだろうが、今後において十分に手応えを感じさせた。


 そう自分に言い聞かせる事とする。


「貴方、十勝川さんにお祝いを言いに行かないと」


 レースの結果そっちのけ、夫の所有馬が負けた事などまったく気にした様子も無く、レース終了時からキョロキョロと十勝川を探す妻に思わず溜息が出る。


「少しはミナミベレディーが負けた事を残念に思ってくれんか」


「あら、ごめんなさい?」


 申し訳ないという思いの欠片も感じられぬ妻は、十勝川を見つけそちらへと足早に向かっていった。


 その妻を追いかけるように大南辺も向かうのだった。


◆◆◆


 馬見調教師は、レースをモニターで見ながら思わず唸り声を上げた。


 ミナミベレディーは明らかに周囲を囲まれ、得意とするロングスパートをする事が出来なかった。そして、そのままズルズルと直線に入り、善戦するも4着に終わる。


「やはり直線勝負では相手にならないか」


「馬群に包まれた段階で厳しかったですね。スローペースではありましたが、展開次第ではまだ勝ちはあったかと思いますが。まあ、思いっきりベレディーの長所を封じられましたが」


 これまで周りの評価がそれ程高くなかったが故に、ベレディーへのマークは厳しく無かった。


 それがここに来て一気に厳しくなったように感じる。恐らくは、先日のサクラヒヨリによる共同通信杯勝利も関係してくるのだろう。


「共同通信杯で勝ったことが、よりインパクトになったか。今後もサクラハキレイ産駒のロングスパートは警戒され、勝つのが難しくなるな。今までの様にすんなりと前に行けるかどうか、より枠順が絡んできそうだ」


「今までの様に血統とか、馬体などでは無く、既に達成している実績で判断するようになったというところでしょうか。まあ、牝馬だから、手綱を握るのが鈴村騎手だからと言って油断してくれなくなったと言う事でしょう」


 実際の所、騎手が鈴村騎手と言う所でマークが緩くなる傾向は確かにあった。更に、サクラハキレイ産駒という血統的な物も合わさり周囲からは確かに1段も2段も下に見られていた。


「もう少しの間、油断していてほしかったがなぁ。そこまで圧倒出来るほどではないんだが」


「否定はしませんが、今回4着ならよしでしょう。GⅡ古馬混合戦で4着ですから」


 馬見調教師と蠣崎調教助手は再度モニターを見る。


「そうだな。牝馬では最先着の4着だ。ただ、最後の直線は延びなかったな」


「そうですね。まあ鈴村騎手とベレディーを出迎えに行きましょう」


 二人は揃ってミナミベレディーのいる検量室の方へと向かうのだった。


◆◆◆


 鈴村騎手が検量室から出て来る。そして、馬見調教師達がいる事に気が付き、頭を下げた。


「申し訳ありません。外に出せずベレディーの長所を生かせませんでした」


 鈴村騎手は、その表情に思いっきり悔しさを滲ませている。


「そうだな、そもそもスローペースが想定外ではあった。ただ、牝馬だから、騎手が女性だからと言った油断は今後は無くなるだろう。恐らくこういうレースが増えてくる。それは何もベレディーだけではなく、サクラヒヨリに関してもだぞ」


「はい」


 鈴村騎手も今日が自身の騎乗ミスである事を痛感していた。ミナミベレディーの末脚にはGⅠを勝ち上がって来た牡馬のようなパワーは無い。ミナミベレディーの強みは何と言っても最後まで走り切るスタミナ頼りのロングスパートと、最後まで走り切る粘りなのだ。


 ミナミベレディーの強みを生かす為にも、多少不利ではあっても早めに前に出るか、外へと振るべきであった。


「天皇賞でも特にスローペースになりやすいが、何か考えないと馬群に沈みかねないな」


 長距離レースではハイペースなレースはあまり見られない。なぜなら、馬にかかる負担が大きいからだ。


 ただ、そうなると枠順によっては今日の様に馬群に沈む事は大いに考えられた。


「ちなみに、ベレディーの様子はどうですか?」


 レース毎に疲労の度合いが大きいミナミベレディーである。その為、蠣崎調教助手は今日のレースで蓄積された疲労が気になっていた。


「ロングスパートが出来なかった為ですが、幸いにして大きく疲労した様子は見られません。多分ですが1週間、長くても2週間かからずに調教復帰できると思います」


「4歳になって馬体も完成してきたという事だろう。まあ今までのレースでは疲労が大きくなるレースが多かったからな」


「そうですね」


 今までの様にレース毎に体調を崩すと、次のレース予定が立て辛い。

 勝つためのレーススケジュールの組み立てが非常にシビアになって来る。もっともベレディーは特に体が弱い訳では無く、回復は比較的早いし故障と言ってもコズミが殆どだ。そう考えれば逆に丈夫なのだろうとも思う。


「まあ天皇賞春は何と言っても芝3200mだ。今までと展開も何もかもが変わるから期待しよう」


「頼み込んで桜花ちゃんを呼びますか? 桜花ちゃんがいると勝率上がる気がします」


 笑いながらそんな事を言う蠣崎調教助手を見て、馬見調教師は苦笑交じりに告げた。


「そういえば、サクラヒヨリは桜花賞出走を決めたそうだ。併せて、ゲン担ぎに桜花ちゃんをご招待するらしいぞ? 発想がお前と一緒だな」


 そう馬見調教師が笑っていると、大南辺がやって来るのが見えた。


◆◆◆


「ブヒヒヒン」(う~負けちゃったよ)


 私はレースが終わって綺麗に洗って貰いました。でも、気分はしょぼんとしています。


 別に勝てると思っていた訳では無いんですよ? 何となく此処までやって負けたなら仕方が無いよね? と思えるほどに頑張ったと言う手応えが無いのです。


 何となく不完全燃焼? そのせいで一層落ち込んじゃいますよね。


「ベレディー、ごめんね。もっと騎乗が上手くなるように頑張るね」


 私を迎えに来た鈴村さんも、何か思いっきり落ち込んでるのが判りました。レース前に考えていた走りが全然出来ませんでしたからね。


「ブフフフン」(次はがんばる!)


 私がそんな思いを込めて嘶きます。そして、頭を鈴村さんにスリスリしていると、調教師のおじさん達がやってきました。


「鈴村騎手、おつかれさまでした」


「いえ、不甲斐ない騎乗で申し訳ありませんでした」


 鈴村さんはそうお返事をしています。でもね、周りを囲まれちゃって仕方が無かったのよ?


 最後は頑張ったけど、全然前のお馬さんに追い付けませんでした。でも、昔のように離されたりとかはなかったもんね。


 そんな事を私が思った時、最後の直線で思いっきり私を追い抜いて勝っちゃったお馬さんの姿が浮かびました。


「ブヒン!」(悔しい!)


 突然の私の嘶きに、鈴村さん達が驚きます。ただ、私は悔しさが込み上げて来て頭をブンブンと上下に振って気分を落ち着けようとしました。


「ベレディー、落ち着いて、大丈夫だからね。怖い事とか無いからね」


「自分が負けた事を理解しているのかな」


「そうかもしれませんね」


 鈴村さんが、ブンブンしている私の首をトントン叩いて宥めてくれます。


 調教師のおじさんと厩務員さんは一応、何かあったのかと脚から蹄から念入りに確認し始めちゃいました。突然嘶いてしまって悪い事をしちゃいました。


「ふぅ、どこも悪い所は見当たりませんね。負けた事もそうですが、もしかすると他の馬の話をしたので焼き餅を焼いたのかもしれませんね」


「まあ、怪我が無くて一安心だ。見た所は異常も無いし疲れも以前程には感じられないな」


「今日はそこまで追い込んだレースが出来ていませんから」


 調教師のおじさん達に鈴村さんがそう答えます。


「ブフフフン」(ごめんなさい)


 私は、しょぼんとして謝ります。


「ベレディーは悪くないんだよ。私が油断してたのがいけないの。何時もみたいにレースが出来ると思ってたから。想定していた展開に拘り過ぎた私が悪いんだよ。ごめんね」


「そうだな、今日の展開は私も驚いた。思いっきりスローペースだったな。展開的に早めに前に押し出した方が良かったな」


「勝ったトカチマジックの末脚はすごかったですね。先行馬達も体力を残していたというのにあの威力ですから」


「ただ、天皇賞春には出てこないだろうから、そこは安心しておこうか」


 ん? 天皇賞に出て来ないで安心してって、私は天皇賞に次は出るのかな? 今年も桜花賞でも良いのよ? あ、でもヒヨリが出るなら姉妹で競い合っちゃうから駄目なのかな?


 そんな事を私は思っていたのでした。

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