第56話 金鯱賞
『第※※回 金鯱賞 ここ中京競馬場で開催されますサラ4歳以上牡馬牝馬混合、別定で行われます芝2000m、1着馬にはGⅠに昇格した大阪杯への優先出走権が与えられます。
出走頭数は18頭、昨年のダービー馬トカチマジック、皐月賞馬ブラックスバロウ、一昨年の宝塚記念を勝ちましたオーガブラザー、牝馬では一昨年のエリザベス女王杯馬ミニマイスマイル、昨年のエリザベス女王杯馬ミナミベレディーと錚々たるGⅠ馬が顔を揃えました。
近年、牝馬での出走が寂しかっただけに、新旧のエリザベス女王杯馬が揃い踏みという所も楽しみですね』
テレビでは金鯱賞のレース解説が始まっている。
金鯱賞は上り坂途中からのスタートとなる為、比較的先行馬、逃げ馬が有利と言われている。
3番の枠順を引く事の出来たミナミベレディーは、安定した連帯率、先行馬と言う事もあり人気は今までの中で最高の3番人気になっている。
「ううう、このメンバーで3番人気かぁ、流石に緊張するわ」
ミナミベレディーに騎乗し、本場場へと入るトンネルを潜りながら鈴村騎手は思わず呟いた。
「ブルルン?」(大丈夫?)
私は、相変わらず手の震えが伝わって来る鈴村さんを心配し尋ねると、鈴村さんは私の首を軽くトントンと叩いて大丈夫だよと意志表示をしてくる。
「ベレディーありがとう。うん、少し落ち着いたよ。重賞は流石に毎回緊張するね」
「ブヒン」(そうなの?)
重賞とか言われても今ひとつピンと来ない私ですね。大きなレースですよと言われても、年に何回も開かれているし今一つなんですよね。
ほら、トーナメントで勝ち上がって優勝とか、高校野球とか、オリンピックとかだとありましたよね? あんな感じだと私も実感するのかもしれませんけど、そういったレースは今の所ないのです。
お肉になりたくないので、結局は毎回レースで頑張るしかないのです。
「ブフフフン」(でも、タンポポチャさん今日はいないのね)
さっきパドックで他のお馬さん達を見ていたんです。でも、大きなレースではいつも一緒に参加していたタンポポチャさんがいませんでした。久しぶりに会えるかなと楽しみにしていたんですが、ちょっと寂しいですね。
ただこれだけ牡馬がいると、やっぱり印象というか雰囲気が違います。
あそこの牝馬さんもチラチラと5番のお馬さんを気にしているみたいですし、チラ見でも結構わかるのですよ? うん、青春していますね~。
私も今やお馬さんなんですが、あ、あのお馬さんハンサムだ! とか、カッコイイ! とか思わないと言いますか、そもそも中々顔が覚えられないといいますか・・・・・・。
「うん? ベレディー、やっぱり周りの馬が気になる? あの5番が去年のダービー馬のトカチマジックだよ」
「ブルルン」(ダービー馬かぁ)
流石に私だってダービーくらいは判ります。確か一番すごいレースでしたっけ? 誰か偉い人が何か言っていた記憶があります。それくらい凄いレースなんですよね?
成程、そう思うと凄いお馬さんに見えてきましたね。ただ、牡馬って何となく牝馬に比べて厳つい感じです。
そう思って改めてパドックでは他のお馬さんを見ていたんですが、中には逆にチラチラ此方を見るお馬さんもいるので、それはそれで鬱陶しいですよ。
そんな事を思い出していると、突然にファンファーレが鳴り響きました。うん、何か聞いた事が無い音楽な気もします? 元々あまり気にしていないので、気のせいかもしれませんけど。
そして、音楽と手拍子が終わると、ゲート入りが始まりました。
「最初の直線は緩い上り坂だけど、無理しなくて良いからね。最後の直線がまた400mくらいから200mまで坂があって、そこが最後の正念場だよ」
ゲートに入ると、鈴村さんがそう言って今日の展開を教えてくれます。
「ブヒヒン」(見ないで!)
「ん? ベレディーどうしたの? 大丈夫だよ?」
隣に入った牡馬がなんかやたらとこちらに視線を向けて来るのがすっごい嫌! 思わず威嚇しちゃいます。すると、ちょっぴりショボンとした様子が感じられました。
ただ、私の様子が気になったのか、鈴村さんが首をポンポンしてくれます。
「最後の馬が入ったよ」
そんな事をしている間にお馬さんのゲート入りが終わったみたいです。
慌てて横目で厩務員さんを見ると、丁度ゲートから出た所でした。
ガシャン!
いつもの様に大きな音を立ててゲートが開きました。
ただ、私はいつもより1テンポ程遅れてのスタートとなっちゃいます。
くぅ、隣の馬の馬鹿! あんたの所為だよ!
思わず不満が溢れますが、それでも出遅れと言う事は無く3番という事で先頭集団へと進む事が出来ました。
そうなんです、好スタートを切った馬が2頭、外側から前へとやって来て先頭に立ちました。
「うん、まずまずだね」
いつものお褒めのお言葉が無いのがちょっと悲しいですね。ただ、前の馬に合わせて緩やかな坂を登って行くのですが、何となくちょっとゆっくりしています?
「スローペースに持ち込まれた!」
鈴村さんは、恐らく高速馬場でのハイペースになると言ってましたよね? だけど前のお馬さんは2頭で競り合う事も無く、淡々と走っています。そして、騎手の人達もそれで良いと判断しているみたいです。
スタート後の直線も終わりコーナーへと入っていきますが、未だに緩やかな上り坂です。
どの馬も前にあえて進む事なく、現状の位置取りのままにレースは進みます。ただ、この様な展開は勉強会でも想定していなかったので、ここからどう言うレースになるのか予想が出来ません。
「拙いなぁ、スローペースだから先行有利とも言えるけど、後続も思いっきり末脚残しているから。このまま最後の直線勝負になると拙いかな」
鈴村さんはさっきから何か鞍上でブツブツ呟いています。たぶん勝ち筋を探しているんだと思います。私は、こっからどうすれば良いかなんて判らないので、鈴村さんにお任せですよ。
そんな間にも、私達は第2コーナーを過ぎて向こう正面へと入りました。
「ベレディー、3コーナー出口から一気にスパートをかけて前をかわして、そこから後続を引き離すよ」
どうやら鈴村さんの中で作戦が決まったみたいです。
ただ、向こう正面の緩やかな坂が終わった段階で、後ろからお馬さんが私の横を通過して前へと位置取りを変えていきます。そのお馬さんに釣られるように更に2頭の馬が前寄りに移動して来て、私はその馬と並走する感じになっちゃいました。
えっと、前の馬が下がってきたら私思いっきり囲まれちゃいそうな気がするんだけど、大丈夫なのかな? それと、既に何か走り難いです。
そんな心配をしている間にも、今の態勢のまま3コーナーへと入りました。ただ、前と横を塞がれた状態では4コーナーからスパートを掛けられる感じがしませんよ?
うん、本気で拙い気がします。どうなんでしょう? こうなると最後の直線勝負になっちゃうかな。
3コーナーから4コーナーにかけて皆さん速度を上げ始めました。私も同様に速度を上げはするのですが、思いっきり前の馬が邪魔! そんなだと牝馬にモテないんだからね!
心の中でそんな事を幾ら思っていても、前も後ろも横までも他のお馬さんが邪魔で身動きが取れなくなってます。
4コーナーから漸く直線へと入ると、一斉に鞭が入りって周りの速度が上がりました。私はなんとか内側に出来た隙間を抜けて前へと進むのですが、ここで坂が立ち塞がります。
「ベレディー、ここが勝負処だから頑張って!」
鈴村さんが必死に手綱を扱き、私もいつものタンポポチャ走法へと切り替えました。
そして、前で壁になっていたお馬さんを内側からかわすのですが、なんとその前に更に2頭の馬がいました。
その差はまだ1馬身はあります。
後ろ脚に必死に力を入れ、前の馬を追いかけるのですが、坂を登り切った所で前の馬に追いつくどころか、更に後方から伸びてきた馬にあっさりとかわされちゃいました!
「ベレディー、頑張って!」
必死に脚を動かしながらも、私の心の中では驚きで一杯でした。
うそ! 必死に加速している時に、ここまで簡単に抜かれるなんて初めてだよ!
まさに勢いが違うその一頭が、前の2頭も華麗に抜き去ってゴールします。そして、私は前に追い付けないまでも、これ以上追い抜かれる事も無く何とか粘り切って4着でゴールしたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます