第51話 年末、JRA賞などなど

 話は少し戻って12月末。競馬業界のおける年度表彰が東京で行われた。


 競馬協会賞の授賞式は、各受賞馬の馬主、調教師、騎手など各部門の受賞馬、受賞者の関係者を招き盛大に行われていた。


 ちなみに、最優秀3歳牝馬はタンポポチャで、GⅠのオークス、秋華賞、GⅡのチューリップ賞、ローズステークスを勝っていた事が評価され、ミナミベレディーを抑えて受賞が決定していた。


「これで最優秀2歳牝馬に続き、3歳でも受賞ですからね。ほっとしていますよ。やはり受賞するのとしないとでは引退後に大きな差が出ますから」


 そう言って笑顔を浮かべるのは、タンポポチャのオーナーである花崎である。無事に受賞できるかは微妙な所であった為、同じテーブルに座る磯貝調教師にそう笑顔で話しかける。


「今だから言いますが、桜花賞を獲り逃した時には冷や汗ものでした。その後は順当にオークス、秋華賞ときましたが、エリザベス女王杯でまさか又あのミナミベレディーにしてやられるとは。実際のところ有馬記念に出走してきやしないかとドキドキしてました」


 そう言って苦笑する磯貝調教師に、花崎はやや困惑した様子を浮かべる。


「今年は荒れましたからね。近年は大手牧場の生産馬がGⅠレースの大半を勝つし、法人クラブの台頭に影響を受け個人馬主の数も減ってきました。そのせいで零細牧場の数が激減しましたから」


「この表彰式に出席するメンバーも大きく変わりましたわね。私も3年ぶりですわ」


 会話に入ってくるのは、今年ダービーを勝ったトカチマジックの所有者、十勝川勝子だった。


「牡馬は特に荒れましたね。結局2冠馬も生まれませんでしたし、最優秀3歳牡馬は弥生賞と神戸新聞杯、そしてダービーを勝った十勝川さんの所のトカチマジックですからね」


「あら? 嫌味かしら?」


「とんでもない! うちも危うく取り逃すところでしたよ」


 十勝川の言葉に、慌てて否定する花崎。その花崎を助ける為では無いのだろうが、磯貝調教師が話を続ける。


「それにしても年度代表馬はやはりファイアスピリットですか。有馬記念2連覇、天皇賞春とくればやはりインパクトは強いですな」


「そうですわね、ただ今年は本当にGⅠ勝ちが分散したわね。ある意味楽しい一年でしたわね」


「天皇賞秋はヒガシノルーン、宝塚はシニカルムール、牝馬のエリザベス女王杯は3歳のミナミベレディーですからね」


 そう言って笑う磯貝調教師に、花崎は苦笑を浮かべる。


「まあ最優秀3歳牝馬はタンポポチャが貰えたんだ。それで良い」


「タンポポチャ号はこれでGⅠを3勝ですものね。羨ましいわ、うちのトカチマジックもまだGⅠはダービーのみですから、種牡馬とするにはまだまだ弱いですもの」


 十勝川の言葉に慌てる花崎を見て、十勝川はコロコロと笑い声をあげる。しかし、ふと桜花賞、エリザベス女王杯を勝ったミナミベレディーの事が頭によぎる。


「その噂のミナミベレディーですけど、私も気になりますわね。オーナーである大南辺さんの奥様とは最近親しくさせて頂いているんですよ。ただ、オーナーさん程にはお馬に興味は無いみたいなの。どうせなら家の馬も買ってほしいのですけどね」


 十勝川は十勝川ファームという中堅の牧場も経営している。近年は牡馬においてそこそこの結果を残せてはいるが、逆に牝馬では良い結果が出せていないのが悩みどころだった。


「そう言いながらも十勝川さんの狙いどころは北川牧場なのでは? あそこは不思議と牝馬は重賞勝ちする馬を出せていますからね」


 磯貝調教師が興味深そうに耳を傾ける中、近年の十勝川の悩み所を良く知る花崎は笑いながら尋ねる。


「あら? でもそうねぇ。あそこの大黒柱のサクラハキレイが繁殖牝馬から引退したでしょ? 産駒が繁殖入りしていますけど、まだ今ひとつ実績が出ていないのでちょっと心配しているだけですわ」


「まあそうですね、確かもう繁殖牝馬も5頭ほどになったとか」


 磯貝調教師も、馬主以上に産駒情報には敏感であり、ミナミベレディーの活躍もあって特に今年は北川牧場の情報も集めていた。


「ミナミベレディーが牧場に戻って大黒柱と成り得るかという所もありますか」


「そうね、北川牧場だと種付けできる牡馬の幅もどうしても限られますからね」


 資金力と言う物はやはり大きい。また、これと言った馬はシンジケートを組まれ、それ以外の有力馬も種付け料は軽く数百万は掛かる。それを零細牧場で出せるかといえば難しいだろう。


「確かミナミベレディーの母が中山牝馬のサクラハキレイで、父がカミカゼムテキでしたね。重賞勝ち馬を4頭出せたのですから余程に相性が良かったんですね。ただ、その子供達が上手く相性の良い牡馬を見つけれるか、現にその子供達の産駒は実績が出ていませんし、2年毎に種牡馬を変えていますから試行錯誤しているようですな」


 結局のところ、産駒が走らなければ厳しいのは変わらないのだ。その傾向は零細牧場ほど金銭的にも、時間的にも余裕が無いのは考えれば容易に想像ができる。


「ある意味、北川牧場にミナミベレディーが誕生した事は奇跡ですな。もし、生まれてなければ中々に経営は厳しいものだったでしょう」


「あら? 意外に零細牧場はしぶといのよ? 皆さんそれこそ必死に生き残りを模索しているもの。うちも似たようなものよ? ですから、協力できるところは協力したいの」


 そう告げてニッコリ笑顔を浮かべる十勝川ではあるが、今ひとつ何を考えているのか読み辛い人物だった。


◆◆◆


「まあ判ってはいたが、最優秀3歳牝馬はタンポポチャに持って行かれたか」


「GⅡをどこか1個でも勝っていれば別ですが、3歳で勝てたのがGⅠを2個だけですからね」


 馬見調教師の言葉に、蠣崎調教助手が笑いながら答える。


「判っているさ、我が厩舎待望のGⅠ勝利、それも2勝だからな。昨年には想像すらしていなかったな」


 GⅠを勝つことができる馬、そんな馬を見つけたくて春から夏にかけて色々な牧場を回り、幼駒を見て回った昔を思い出す。もっとも、これだと思った馬を預けてもらえるほどには実績の無い調教師の自分だ。望んだとて預けて貰える事などまず無かったが。


「近年は法人クラブが増えましたからね。それこそ勝利数やらのデーター重視で厩舎格差も広がってます。ましてや栗東と美浦では圧倒的に栗東の方が過去実績が良いですから」


 個人馬主が減り、法人クラブが増えると競馬自体がより数字で物事を判断する傾向が強くなってきていた。これは厩舎のみならず、騎手などにも影響を与え、重賞勝利を挙げる馬が法人クラブ所有の馬に偏るようになるとよりその傾向は強くなってきていた。


「法人クラブは実績で馬を購入するから大手ファームの生産馬が良く売れる。ただ、それ故に大手ファームが重賞の大半を占める状況は望ましくないのだが、環境、施設、諸々含めれば大手が強いのは仕方が無い」


「競馬協会も独自の牧場を持ったり、生産牧場の報酬を裾野に広げたりと試行錯誤していますがね。まあその関係で逆に北川牧場のような零細牧場の馬がGⅠを獲っても賞金が少ないなんて事が起きるんですがね」


「難しい所だからな。そういえば、大南辺さんが北川牧場に感謝金を出したそうだな。ミナミベレディーが繁殖に回ったときに種牡馬の種付け金を5年間半額負担するとか聞いたし、北川牧場にとっては良いことだろう。まあ、大南辺さんの奥さんが助言したんだろうが、半額というところが中々」


 そう言って笑う馬見調教師だが、全額だと金額がどこまで上がるか予測がつかない。ただ、半額となれば北川牧場も無理な種牡馬を選ばず通常の一段上の馬を選ぶことが出来る。悪くない方法だと馬見調教師も思った。


「生まれた産駒の一次選択権が大南辺さんにあるそうですが、さて価格はどうなるのですかね?」


「そうだな、そこら辺はどういう取り決めになっているのやら。まあ、私達には関係ないが、出来ればその仔馬を我が厩舎に預けてもらえないもんか」


 兎に角、来年からは馬房の数も15から増えて17に変わる。馬房の遣り繰りも少しは楽になるかと思いながらも、それだけ費用が嵩む事は確実である。


「ベレディーに来年も重賞を勝ってほしいが、ストラスデビルや他にもそこそこ行けそうだ。ここで油断して全然駄目でしたとならないよう来年も頑張るぞ」


 一年を良い形で締めれる事に、馬見調教師は感謝するのだった。


◆◆◆


「ううう、疲れたよ~」


 香織はようやく帰り着いた自宅のドアを開け、思わず玄関に座り込んでしまった。


 騎乗する馬に調教をつけるなどでの疲れではなく、今日はなんと競馬協会からの依頼でテレビ番組の収録に参加していたのだった。


「やっぱり、テレビ番組とか私には無理・・・・・・」


 競馬協会は積極的にテレビコマーシャルなどを活用し競馬の振興を図っており、その一環として日本で初めて女性でありながらGⅠを勝利した香織を利用しない理由が無い。


 今まで何とかその手の依頼を逃げ切っていた香織ではあったが、結局は競馬協会に押し切られ、併せてテレビで知り合いがいない状況に怯える香織の為にわざわざ自称友人でアイドルである細川にまで声を掛けられ渋々出演を受けることとなった。


 そして、収録が終わって漸く今帰宅となったのだった。


 はっきり言って香織は自分があまり社交的でないことを知っているし、芸能人は遠い所に住む人と思っている。学生時代もアイドルなどには無頓着で、小学生の頃からポニーライダーライセンスを取り、その後も乗馬ライセンスを取って週末は乗馬クラブへと通う日々だった。


 そんな香織がそれこそ煌びやかに着飾ったアイドル達に思いっきり気後れするのは当たり前であり、ましてやテレビ局は相手のテリトリーだ。出来れば厩舎か牧場、それが無理ならミナミベレディーと一緒に出演とかだったらと馬鹿な事を考えながら何とか収録を終える。


 実際のところ、緊張しすぎて今日の収録で自分が何を話したかなど欠片も記憶に残っていない。今日収録した番組は、来年の1月3日に放送される。


 その番組を見て、香織のみならず馬見調教師が頭を抱え、他の調教師、さらには競馬協会の人達を混乱させ、一般の視聴者に競馬に対し一部誤解を与える問題番組と・・・・・・なるかならないかはテレビ局の編集しだいだった。

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