第46話 エリザベス女王杯 直後

『各馬ゲートに納まりました。係り員がゲートを離れ、スタートしました! 

 4番ファニーファニー好スタート、そのまま先頭に立ちます。6番フルーツパーラーやや出遅れたか、14番ミニマイスマイルも好スタート、鞍上、手綱が動いて先頭を伺う勢い。3番手には7番ミナミベレディー、そのすぐ後ろには8番タンポポチャ、タンポポチャ、今日は前よりからのレース。


 先頭は変わらず4番ファニーファニー、14番ミニマイスマイルが競い合って先頭に立ちます。1コーナーから2コーナーを抜け、向こう正面の直線へ。

 1000m通過タイムは59秒3、これは早いタイムだ! 芝2200m、これで最後まで保つのか! そのすぐ後ろに上がって来たのは6番フルーツパーラー、しかし、鞍上の田所騎手、手綱を引いています。これは掛かっているのか!

 ここから2馬身から3馬身離れて7番ミナミベレディー、そのすぐ後ろに8番タンポポチャ。更に1馬身離れて2番シーザーサラダは此処にいました・・・・・・。


 3コーナー入った所で、後方より16番プリンセスフラウが早くも前に上がっていきます。それに釣られたかの様に、後方の各馬に動きが出て来た。

 プリンセスフラウに釣られるように14番インスタグラマーも位置取りを上げて行く! 


 京都競馬場の最後の直線は平坦だ。前残りを警戒した追い込み馬達が一斉に位置取りを変え、3コーナーを前に早くも馬群は縮まって来た!


 先頭は依然ファニーファニー、その半馬身後方にミニマイスマイル。1番人気8番タンポポチャ、鞍上の鷹騎手は淡々とタイムを刻んでいる。


 先頭はファニーファニー、3コーナーから4コーナー、おっと! ここで7番ミナミベレディー、4コーナー入った所で早くも速度を上げた! 前を走る3頭を追撃体勢に入った! その後方、8番タンポポチャはまだ動かない。


 16番プリンセスフラウ、タンポポチャをかわし此処で5番手に上がって来た! 1番人気タンポポチャ、未だ動きが無い!


 先頭が直線に入ってミナミベレディー一気に大外から前に迫って来た。ここで漸く8番タンポポチャに鞭が入った! これは勢いが違う! 最内から一気に前を行く4頭をかわすのか!


 ミナミベレディー、前を走るフルーツパーラーを交わし、先頭を走る2頭に並んだ! ファニーファニー、ミニマイスマイル必死に粘る! 


 ここで14番ミニマイスマイル僅かに先頭! まだ粘り続ける。


 しかし、ファニーファニーも譲らない! 最後の直線は長い! 大外7番ミナミベレディーが抜き返す! 最内8番タンポポチャが遂に前を捉えた!


 4頭並んだ中、頭ひとつ抜けたか! 16番プリンセスフラウ、11番プロミネンスアロー伸びてきたが外を回った分届かないか! ここで内から2番シーザーサラダも伸びてきた!


 先頭は外ミナミベレディーか! 内タンポポチャか! 2頭が僅かに前に出た! これは秋華賞の再現だ! 近年まれに見る大接戦。2頭離れた位置のままゴール! 勝ったのはミナミベレディーか? タンポポチャか! 判定は写真判定になりました! どちらが勝ったのか!


 これは凄い! 1着から5着まで、すべて写真判定の文字が灯りました。

 果たして勝ったのは7番ミナミベレディーか、それとも8番タンポポチャか、また3着はどの馬が入ったのか! 第※※回エリザベス女王杯は大混戦となりました! 勝ち時計は2分11秒9 コースレコードに・・・・・』


 大南辺はつい数秒前までと一転し、ただ静かにターフビジョンに映るVTRを息を止めて見詰めていた。4コーナーでミナミベレディーがスパートを始めた瞬間、思わず立ち上がった大南辺であったが、最後の直線では周囲の視線何のその、大声でミナミベレディーを応援していた。


 横に座る妻の道子が必死に大南辺の腕を引いたのだが、残念ながらその効果はまったく現れなかった。


 そんな大南辺の視線の先で、パタパタとまずは3着に14番が、そのすぐ後4着に2番が、続いて5着に16番の番号が点灯する。その後、更に数分ほど過ぎ1着に7番、2着に8番の文字が点灯した。


「おおおおお! 勝った! 勝ってしまったぞ!」


 馬主席で大南辺は、大声と共に呆然とエリザベス女王杯の着順を見ていた。そして、その掲示板を眺めながら、次第に両目に涙が溢れて行く。


「貴方、良かったですね。さあ、ちょっと落ち着きましょう」


 夫の様子に思いっきり苦笑を浮かべ、道子は夫を正気に立ち返らせる為に袖を引いた。


「いくら何でも、勝ってしまったぞは無いでしょう」


 そもそも勝てると少しでも思ったから出走させたのでは無いのだろうか? 今一つそこら辺の感覚が判らない道子ではあるが、1着にならなくても上位に入ればそこそこの賞金が貰えたんだったかと考えを改める。


「勝ったぞ、ベレディーが勝ってくれたぞ」


「ええ、ほら涙を拭いてください。良い大人なんですから、さあ、お馬さんと鈴村さんを労いに行きましょう」


 ハンカチを取り出して夫に渡す。流石に、この注目の中で夫の涙を拭いてあげる度胸は無い。


「北川さんの所の桜花ちゃんも大騒ぎしているんじゃないかしら?」


 以前に桜花ちゃんと同じ名前のレースで勝った時も、夫と同じく大騒ぎしていたわね。


 そんな事を思いながら道子は立ち上がり、表彰式へと向かう為に夫の腕を取る。すると、周囲にいる馬主仲間達から祝福の声が掛けられた。


「GⅠ2勝目、おめでとうございます」


「神谷さん、ありがとうございます」


「ミナミベレディー、良い馬ですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 祝福の声に夫ともども挨拶を交わしながら、道子はふと疑問に思った事を尋ねる。


「ねぇ、そういえばあのお馬さんで幾らくらい儲かったの?」


「ん? 今回の賞金か?」


「それもあるけど、今までのトータルよ。大体で良いわ」


 当たり前の事だが、獲得したお金には税金が掛かる。公営ギャンブルだからと言って無税になるほど税務署は甘くはない。


 昨年はともかく、今年に入って大きなレースを2個勝っているし、それ以外のレースでも賞金は入っているはずだ。それであるならば、今から税金対策をしておかないとと道子は気が付いたのだった。


「確か、馬主と調教師、騎手、厩務員で賞金を分配するから、北川さんの所には賞金は入らないのよね?」


「ん? いや生産牧場賞と、繁殖牝馬所有者賞だったかな? 別枠で送られているはずだよ」


 夫の思いもしない言葉に道子は吃驚する。まさか賞金とは別枠があるとは思っても居なかったのだ。


「えっと、今日のレースで1着だと1千万円くらい貰えるの?」


 GⅠと呼ばれる大きなレースに勝つ馬の数は決して多くは無いと聞いている。それ故に、道子はそれくらいの報酬は出るのだと思った。


 ただ、これまた夫の返事は予想外だった。


「詳しくはないが、両方合わせて100万から200万円くらいじゃなかったかな?」


「えええ! そんなに少ないの!」


 自分の予想した金額より思いっきり0の数が一つ少ない。


「まあGⅠ以外のレースでも5着までは同様に出るからな。もっとも金額は少ないが」


「どうせなら貴方からも感謝金とかで出しなさいよ。あのお馬さんの御蔭ですごい儲かっているんでしょ? どうせ税金でごっそり取られるだけだし、経費計上を考えたら? 今までリンゴとかを送ってたのは知ってたけど」


 妻の言葉に、昨年はベレディー他の購入資金などで賞金はほぼ相殺されたが、今年は億単位で勝ち越していた。大南辺は、競馬関係の取り決め等を思い出しながら、問題となるかどうかを考える。


 競馬界の暗黙の取り決めなどもあり、あとで周りから白い目で見られるのも怖いのだ。


「わかった、そうだな、何か考えよう」


 大南辺は、妻との会話で何となくGⅠ2勝目の感動が何処かへ消えていってしまった気がする。何かと気を回せる妻に日頃から感謝が尽きないのではあるが、どうせなら一緒に喜んでほしいのになぁと、ちょっと残念に思う大南辺だった。


◆◆◆


「きゃ~~~~~! やったよ! トッコが勝ったよ! GⅠ2勝目だよ!」


 掲示板をじっと睨み付けていた桜花は、1着に7番の文字が点灯したと同時に喜びを爆発させた。


 決まるまでに前の桜花賞の倍近い時間がかかり、その間にどんどんと期待が膨らんでいった。もしこれで2着だったら落ち込みも凄いことになっていたかもしれない。


 そんな一般指定席で周囲の注目なんのその、全身で喜びを表現する桜花に対し、隣に座っている父親の峰尾の反応はまたもや無反応。


 その無反応に気がついた桜花は、それまでの喜び具合を一転させ、慌てて鞄を漁りビニール袋を取り出した。


「お父さん、吐くなら・・・・・・あれ?」


 てっきり前と同様に顔を真っ青にして、胃を押さえている父を想定していた桜花。ただ、その視線の先には青を通り越して白と言ってよい顔色に油汗を滴らせている父の姿があった。


「お父さん? えっと・・・・・・大丈夫?」


 父の異様な様子に慌てた桜花は、様子を窺うように腕を引く。


 すると焦点の合わない眼差しで、まるでゾンビか何かのようにゆっくりと父は桜花を見る。


「あ、駄目だ、やばいわこれ」


 あまりに長い時間の緊張に、小心な父の胃は持たなかったのだろう。


 桜花は、とりあえず手にした袋を父に持たせた。


「お父さん、吐くときはここに吐いてね。ゆっくり立てる? まずはトイレに行こうか」


 コクコクと頷く父を介助しながら、次は絶対にお母さんと来る! そう心に誓う桜花だった。 

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