1章エピローグ的な?
第47話 エリザベス女王杯 その後のあれこれ
「おいおい、冗談はよしてくれよな」
エリザベス女王杯、最後の直線でスパートを掛けたタンポポチャが頭一つ抜け出した瞬間、磯貝調教師は勝利を確信した。その確信が一瞬後に困惑へと変わったのである。
「なんだよ、あの最後の伸びは」
内側を駆け抜けていくタンポポチャに対し、外を駆けていたミナミベレディーは見るからに一杯一杯だった。
併走しているならともかく、あの離れた状況で更なる一伸びが出来るなど普通なら想像すらしない。
しかし目の前では実際に、ミナミベレディーが最後にもう一伸びをしたのだ。今モニターで流れるゴール前の映像では、どちらが勝ったのかはまったく判らない。
「先生、勝ちましたか?」
「判んねぇ、勝ったと思ったんだがよ。なんだあの馬は」
調教助手の宮代が磯貝調教師に尋ねるが、写真判定が出るまで勝ったのか負けたのか、その判断が出来なかった。
「なんであの馬はいつもいつも、普通ならタンポポチャが3冠、エリザベスも勝ってGⅠを5勝していても可笑しくないだろうによ」
タンポポチャは、磯貝調教師にとっても今まで育てた馬の中においても1番とは言わないまでも、上位3頭に上げられる馬だった。
負けん気も強く、差しも追い込みも自在であり、まさにGⅠを勝つために生まれた馬と言っても良い。血統だって申し分なく、引退後に生まれてくる産駒達も人気が出るだろう。
それに対し、ミナミベレディーはハッキリ言って零細血統の代表と言っても良い。母馬はかつて一世を風靡したと言えば聞こえは良いが、今や主流から外れてきているチューブキングの系統だ。
そこにサンデー系のカミカゼムテキの血が入っているとはいえ、どう見ても、どう考えても、GⅠを勝つような馬ではない。
カミカゼムテキの血統ではGⅠどころかGⅡを勝った馬もいない。かろうじてサクラハキレイ産駒他、GⅢを勝った馬がいるのみだった。
確かに馬体は大きく悪くはないが、体型的に言っても近年のスピード競馬に対応できるはずがない・・・・・・はずだった。
電光掲示板が点灯し、1着に7番、2着に8番の数字が灯る。そして、その横にはハナの文字。
「またかよ! なんで毎回、毎回ハナ差で勝ちを浚って行くんだよ!」
「うわ! まじに洒落になってませんね。ただタンポポは、GⅡを2回、GⅠを2回勝ってますし、桜花賞とエリザベス女王杯も2着、まず最優秀3歳牝馬は貰えると思いますが」
宮代の言葉に少し冷静になった磯貝調教師は、ミナミベレディーが結局GⅠを2勝してはいるが、その他の重賞では不運もあって勝ち星がない事を思い出した。この為、恐らくは宮代が言うようにタンポポチャが最優秀3歳牝馬の称号は貰えるだろう。
「そうだな、年内は恐らくミナミベレディーはもう出走しないだろう。それならば・・・・・・しないよな? まさか有馬なんか出してこないよな?」
「出してきても勝てないですよ。さすがに混合では勝てませんって」
「だが、あの馬だからなぁ、なんで勝ててるのか判らん馬だぞ?」
磯貝調教師のあまりの発言に、思わず宮代調教助手は苦笑を浮かべるのだった。
「はあ、負けたもんはグダグダ言っていてもしかたがないか。此処で言い合ってても結果が変わる事も無い。さて、こうなったら戦犯の顔でも見に行くぞ! 鷹の奴の悔しそうな顔でも見て溜飲を下げるぞ。あいつだって勝てたと思ってるだろう。あと、オーナーにも謝罪にいかんとな。どうせ負けるならもう少し相手を選べよ」
最後までブチブチ言いながら、磯貝調教師は鷹騎手とタンポポチャの下へと向かうのだった。
◆◆◆
「やった! 勝ちましたよ~~~! 見てください、バッチリです!」
最近は馬好き、競馬好きという事で競馬番組にちょこちょこ呼ばれ始めたアイドル細川美佳は、今まさに勝利が確定したミナミベレディーとタンポポチャ、ミニマイスマイルの名前が書かれているボードを誇らしげにテレビカメラに掲げていた。
「いやぁ、まさかの細川嬢的中ですね。レース前から細川嬢はミナミベレディーが大本命でしたからね」
番組の本来メインである競馬予想専門家も、キャスターも、誰もがミナミベレディーを予想から外す中で、細川のみがミナミベレディーを軸に予想を展開していた。
細川は、ミナミベレディー、タンポポチャ、ミニマイスマイルの3連複馬券も購入しており、その当たり馬券も嬉しそうにカメラに映す。
「えへへ、ミナミベレディーとタンポポチャってすっごく仲が良いじゃないですか。永遠のライバルみたいな? 思いっきりドラマを感じませんか?」
まさに的中したゆえに持論を展開し、番組内をある意味盛り上げている。
「しかしミナミベレディーがGⅠをこれで2勝、重賞3勝目ですよね。連対率も高いです、この馬って強いんじゃないですか?」
番組の司会を担当している大林が、競馬新聞記者でもある桑原へと尋ねる。
「ん~~、実績が出てますからね。弱い馬がGⅠを2勝出来るかと言えば出来ないが本来の回答なんですが、この馬は良く判らないんですよね。
スタートはアクシデントが無い限り安定していますし、基本的に先行馬ですから展開に左右されにくいといえばそうなんですが。
今更ですけど、この馬はなんと言っても最後の一伸びが良いですね。今日のエリザベス女王杯でも、ほら、この最後の一伸び、普通此処でもう一伸びは無いですよね」
リプレイ映像を見ながら桑原が解説をする。
「そうですよね。前に関係者から聞いた感じでも、馬自体は悪くは無いんですよ。桜花賞を獲った時も言いましたが、GⅢくらいなら問題なく獲るだろうと。ただ、それも4歳以降と予想していましたけど」
「運が強い馬ですよね。桜花賞のときもそうですが、今回も4頭が最後に並んでた為に、追い込み馬が最後の直線でワンテンポ遅れたんですよね。これが無ければ恐らく今回の結果にはならなかったと思いますよ?」
それを、他の予想専門家達があれこれと追加で補足を入れるのだが、どの人物の発言も歯切れが良くない。
「ミナミベレディーの次走はどうするんでしょうか? 有馬記念の人気投票でも恐らく上位に来ると思います」
「そうですね。ただオークスを回避したように1レースごとに限界まで走る馬らしいですから、そうなると間隔を空けないと厳しそうですかね。此処から有馬記念は微妙でしょうか?」
「どうせなら、最優秀3歳牝馬の称号を賭けてタンポポチャと有馬で激突! なんてあると私達競馬ファンは嬉しいのですが。有馬記念の2500、ミナミベレディーにとっては適距離でしょう」
「オークスを勝っていますし、タンポポチャも走れないわけではないですからね。ただ、オークス後の陣営の見解ではやはり2000までが適距離っぽいですね。今回も微妙に最後の伸びがなかった気もします」
各自思い思い勝手な発言をする中、桑原が思わずといった感じで思っていたことを口にする。
「ミナミベレディーは血統的にも中長距離ですからエリザベスは適正距離ではあるんですよね。ただ母馬、全姉、ともに晩成に近いんですよ、なんで3歳でGⅠ勝つんだろう?」
それに対し細川が思いっきりテレビを意識した表情と仕草、声で異議を唱えた。
「え~~~、べレディーはすっごい頑張り屋さんなんですよ! 坂路とかも嫌がらないんです。あと、鞭を嫌うんですけど、その分素直に反応してくれるんです!」
「おや、細川嬢やけに詳しいですね」
「鈴村騎手に聞いちゃいました! えへへ、私達、お友達になったんです!」
無邪気に喜ぶ細川を見ながら、番組プロデューサーは細川を使って鈴村を番組へと呼べないか策略を練り始める。
鈴村騎手のテレビ嫌いは有名で、GⅠを勝利してから番組のインタビューは受けてくれても、実際にテレビ局まで来て貰った競馬番組は皆無だった。
「それは凄いですね! 鈴村騎手はシャイなんで中々番組まで来て貰えないんですよ。細川嬢からぜひ番組に出演してほしいって頼んでおいてください」
「判りました!」
ある意味アイドルも売れる時期は努力次第、売れるためなら友達だって利用する。それぐらいの根性は持っていて当たり前である。ある意味、女性騎手以上に厳しい世界を生きている細川は、どうやって鈴村騎手に出演を承諾させようかとこれまた策を練るのだった。
◆◆◆
「おいおい、勘弁してくれよ」
中山競馬場へ自厩舎で預かっている馬のレースを見に来ていた武藤調教師は、エリザベス女王杯の結果を見て顔を引きつらせた。
現在、ミナミベレディーの全妹であるサクラヒヨリを預かっている武藤調教師にとって、ミナミベレディーの結果は常に意識させられる。
全妹であるからと言って、決して同じように活躍する訳ではない。そんな事は競馬に関わる者であれば誰もが知っている事だ。それでも、姉がGⅠを獲ったならば、その全妹ならばGⅢくらいならば余裕で獲るんじゃないか。そう思われたとて何らおかしくは無い。
「ましてやGⅠを2勝だしなあ」
サクラヒヨリ自体は、調教していて思うが悪い馬ではない。それこそ、姉のミナミベレディーを見た時に思ったようにGⅢであれば獲れるだろう。その思いは今も変わっていない。
「ただなぁ、いかんせん牝馬で欲しいマイラー要素が皆無だしなぁ」
此処最近の調教で痛感するのは、姉ほどに距離適正が無さそうだという事だ。芝の1600では勝ちを拾うことは難しい、それくらいに末脚の切れが無い。先行前残りしか活路は無さそうだが、これまた姉ほどにスタート巧者と言うほどでもない。
「やはり、どう考えても良くてGⅢまでなんだよなぁ」
未だに美浦トレセンでミナミベレディーを見かけることがある。当たり前だが調教している所も見ているし、研究してもいる。
「どう見てもGⅠで勝てる馬じゃないんだけどなぁ」
自身の今までの経験から見ても、悪くはない馬、これ以上の評価は出てこない。
「何で勝てるんだよ! はぁ、今度サクラヒヨリと一緒に併せ馬でもさせてもらうかなぁ。もしかしたら何か変わるかもしれん」
武藤調教師は、どんどん自分の相馬眼が信用できなくなっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます