第42話 次走へ向けて

 秋華賞を終えミナミベレディーの陣営は、次走をどうするかで悩みに悩んでいた。


 秋華賞で予想以上に健闘し2着に入着したベレディーだが、馬見調教師を含め展開次第で勝てたかと言うと2着に入れたことが奇跡なのではとの思いがあった。


「先行していたとして、粘れたかというと厳しかったかと」


「そうだな。鈴村騎手は自身の発言にもある様に運の要素もあったとはいえ、ベスト以上の騎乗が出来たと思うな。あれ以上の騎乗となると故障覚悟になりかねん」


 蠣崎調教助手の言葉に、馬見調教師も頷く。そして、その馬見調教師の発言を受けて鈴村騎手は深く頭を下げる。


 この馬見調教師の発言を持って、秋華賞で2着に終わった件はお咎めなく終わりを迎える。そもそも、お咎めどころか2着に入れた事を陣営としても大きく評価していた。


「タンポポチャは、このままエリザベス女王杯への出走を表明している。当初タンポポチャは良くて2000mまでと思われていたが、そもそもオークス馬だからな。牝馬限定戦であれば2200でも問題無く対応してくるだろう」


「それ以外にも、昨年のオークス馬であるシーザーサラダ、昨年のエリザベス女王杯勝馬のミニマイスマイル、秋華賞馬マイブランド、錚々たるメンバーです。流石にベレディーと言えど、ここを勝つのは中々に厳しいかと」


「そうすると出走させるレースが無いですね。ジャパンCや有馬記念は、エリザベス女王杯以上に無謀ではないですかな?」


 大南辺がここで疑問を呈する。GⅠに出走させずにGⅡ、GⅢへとの選択肢も無くはないが、GⅡも手頃なレースが無くGⅢはハンデによる重量に不安が残る。


「肝心のベレディーの調子はいかがなのです?」


「秋華賞での疲れは軽度で済んだみたいです。飼葉の喰いも悪くは無いですし、本人も至って好調っぽいです」


 ここでベレディーがいつもの様に調子を崩しているならともかく、そうで無いならやはり次走はエリザベス女王杯へと駒を進めるのが無難なのだろう。


「ところで、鈴村騎手からの提案なのだが。今後の事を考えてベレディーの脚質変更を試してみたいとの事なのだが」


 限界以上に無理をするミナミベレディーは、関係者達に常に故障の不安を抱かせていた。そもそも、チューブキングの血統と騒がれる度に、誰もがその思いを抱くだろう。


「先行から差しへの変更ですか。私は悪くは無いと思います」


 蠣崎調教助手は、あっさりと賛意を示す。調教助手としてミナミベレディーの調教に一番関わって来たが故に、やはりレースの度に満身創痍となる走り方はどうなのかと思っていた。


 今回の秋華賞では、最後の末脚はタンポポチャに追い付けず離されたとはいえ、十分に戦える水準に来ていたと実感できたのも大きい。


「そうだな、GⅠ馬を無事に繁殖へと廻す事も我々の使命ではあるな。ただ、それでも勝たなければ意味が無いのもまた事実だ。鈴村騎手、脚質変更をして錚々たるメンバーに勝てるか?」


「脚質変更しても、しなくても勝てるとは言い切れません。ただ、脚質変更をすると、ベレディー最大の武器であるスタートと、先行や逃げからの最後の粘りを使えなくなるのは確かです。

 若しかするとベレディーの強みを潰す事になるかもしれませんが、それであっても故障を警戒するのであれば脚質変更するべきだと思います」


 ベレディー自体は、当初関係者達が想定していた以上に強くなった。

 今回の秋華賞2着で更に評価は上がるだろう。しかし、タンポポチャを含むGⅠ馬と比較すると、どうしても末脚の評価は1段も2段も下になる。ただ、ここで馬場の状態が絡んでくる。


 桜花賞においてなぜベレディーが勝てたか、その要因の一つは馬場が高速馬場となっており先行馬が有利な展開となったからだ。もし前日に雨が降っていたら、馬場の状態が若干でも湿り気を帯びていたら、また展開は変わっていたかもしれない。


「高速馬場であれば先行馬が有利になる。それも枠順次第だが、エリザベス女王杯なら多少枠順が悪くてもスタートから直線で400mある。秋華賞とは違い先行できるだろう」


「向こう正面中央から3コーナーと上って一気に直線まで下りです。4コーナーまでに先行して差を付けれれば勝ちも見えなくはないです。あくまでもレースの傾向で行けばですが」


 蠣崎調教助手も同様に意見を述べる。もっとも、当日芝のコンディションがどうなるかは誰も判らないのだが。


「エリザベス女王杯を回避したとして、そうすると1月のAJCCまで出走させられるほど良いレースがないですよね。ベレディーの状態が悪くないならエリザベス女王杯を出走させても良いのでは?」


 大南辺としても、ミナミベレディーが秋華賞で12枠ながらも2着という結果を残した事で、可能であるならエリザベス女王杯へ出走させたい。


「そうですね。ジャパンカップや有馬記念に出走させるならば、エリザベス女王杯でしょうか」


「エリザベス女王杯では、ファニーファニーは間違いなく先行、又は逃げに徹すると思いますね。あとはミニマイスマイルも先行するでしょう。ミニマイスマイルは、ベレディーの上位互換と言っても良い馬ですから、先行してからの粘りも強い」


 馬見調教師と蠣崎調教助手、大南辺の会話をただ黙って聞く鈴村騎手。ただ、この段階でミナミベレディーのエリザベス女王杯出走は確定したのだった。


 今此処で彼らが問題としているのは、出走自体ではなくレースで勝つための対策、そちらへ会話の重点は移行していくのだった。


◆◆◆


 私はレースの疲れも今までに比べ少なかった為、思いっきり飼葉をモシャモシャと食べていました。


「ブフフフン」(もう少しニンジン入れて欲しいなぁ)


 何となくの思い込みで放牧になるのかなと思い込んでいる私は、今の時期だとギリギリ桜花ちゃんの牧場に行けるかどうかかなと勝手に皮算用していた。


 秋華賞前に思いっきりダイエットしたつもりの私は、周りが疲労を心配する中思いっきりバクバクと飼葉を食べまくっていたりする。


「ブヒヒヒヒン」(わ~~い、氷砂糖が入ってた)


 飼葉桶の下にコロンと氷砂糖が混ぜられているのに気が付いた私は、口の中に広がる氷砂糖の甘みを味わいながらそれだけで一気に幸せな気分になる。


 うん、やっぱり日々の疲れをとる為にも、甘いものは欠かせないよね。


 そんな事を思いながら、飼葉桶にもう1個くらい氷砂糖が入っていないか鼻先で調べている。


 そんな風にご飯を楽しんでいたら、此方へやって来る足音が聞こえて首を傾げます。


 外はそろそろ暗くなりはじめているし、足音からすると鈴村さんっぽいのです。ただ、レースはもう終わったので勉強会は終わったよね? 何だろうと耳をピコピコさせて馬房の入口を見ます。


「ベレディー! どう、疲れは取れたかな? まだレース後3日目だからまだかな?」


 傍らにノートパソコンを抱えて持参した鈴村さんは、秋華賞前と変わらぬ様子で馬房にやって来ました。


「ブヒヒーン」(鈴村さんどうしたの?)


 もしかしたらリンゴとか持って来てくれたのかな? と鈴村さんの匂いを嗅ぐ。でも、リンゴらしい香りはしませんね。


「ブヒヒン」(気が利きませんね)


 期待しただけにちょっと厳しい私です。そんな私の様子に苦笑した鈴村さんは、ポケットから氷砂糖を取り出しました。


「ヒヒーン!」(鈴村さん大好き!)


 態度を一気に一変させ、鈴村さんの頬にお顔をスリスリして良い子PRをしますよ!


 これで次回も何か持って来てくれるかもしれません。ただ、氷砂糖も良いのですが、次は出来たらリンゴが嬉しいです。時期的にもリンゴが良いと思いますよ。


「うんうん、元気そうだね。この調子だとエリザベス女王杯も良い感じで走れそうだ」


「ブフン?」(エリザベス女王杯?)


 鈴村さんから突然出て来た言葉に、私は思わず首を傾げますよ。


 何かすっごく高貴なお名前ですね? 秋華賞とかの日本のお名前じゃ無いですよ? え? もしかして外国行っちゃいます? 初の飛行機ですか?


 別の意味でドキドキしている私の前で、鈴村さんはいつもの様にノートパソコンを開きました。


「ブヒヒヒン」(英語ですか? 私日本語が精一杯ですよ?)


 鈴村さんが用意してくれる映像で、英語で流れたらどうしましょう。そもそも、映像よりも実況やお馬さん達のリズムが重要なのです。


 英語だと実況が判らないですよ? 通訳してくれているのかな? そんな心配をする私ですが、幸いにして音声は日本語で流れて来ました。ただ、実況を聞いていて、あれ? って思ったんです。


『秋も深まる京都競馬場、牝馬の頂点を決める第※※回エリザベス女王杯に・・・・・・』


 京都競馬場? あれ? 外国じゃないの?


 疑問符が飛び交います。なぜエリザベス女王杯が京都競馬場なのでしょう?


 わたしの疑問そっちのけで、レースの映像が流されます。これは昨年のレースみたいですね。


「この時は、馬場が稍重に近い良だったの。内側の芝が荒れてて、そのお陰で外の芝の状態が良い所を走るミニマイスマイルが先行して、最後の最後まで粘って勝ったんだよ。ある意味、ベレディーのお手本みたいなレースだね」


 鈴村さんがそう言って、3度同じレースを流してくれます。


 私はそのリズムを感じながらレースを聞いていました。その後、過去に差し馬が勝ったレースを見たりしますが、結局のところ私は来月にまたレースがあるみたいなのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る