第40話 秋華賞 後編

 思ってもみなかった、タンポポチャさんとの併走です。鈴村さんとのお勉強会でも、この展開はありませんでした。


 何となく、昨年のレースが記憶として蘇ります。


 ただ、そんな事よりですね、タンポポチャさんとこのまま最後の直線まで並走して、同じ場所からスパートしたら絶対に負けますよ? タンポポチャさん走りしたとしても、御本家には敵わないですよ?


 安全距離のリードが絶対に要ると思うのです。


「う、勝ちに行くなら前に出ないとなのに」


 鞍上で、鈴村さんが何か呟いています。ただ、声が小さくて聞き取れませんでした。それでも、鈴村さんだってタンポポチャさんの存在に気が付いたと思います。


 さっきから、頻りに周りを窺っているような気配が感じられます。


 その時、私の外側に後方から早くも1頭のお馬さんが前に進み出てきました。


 その為、私は中団でありながら3頭並んで直線を進むような形になっています。そのせいで、外へと持ち出して前へと進む事が出来なくなっています。


「前に行くなら、早く行きなさいよ!」


 鈴村さんが、横のお馬さんというよりその馬に騎乗している騎手の人に向かって言ったのでしょう。もっとも、相手には聞こえていないでしょうけどね。ただ、確かに邪魔です。


「こうなったら、3コーナーから4コーナーのカーブでロングスパートするからね。べレディー、頑張ろうね!」


 その間にも直線の半分を過ぎて、3コーナーへと向かいます。ただ、タンポポチャさんが少し減速して、私の後方へと下がるのが判りました。


 あれ? 前に行くんじゃなくて、何で下がっていくの?


 そう思いながらも、タンポポチャさんが下がって空いた内側へ、私は思わず入っちゃいました。


 そして、コーナーへと入る所で、外側のお馬さんの更に外側をタンポポチャさんが進んで行く姿が視界に?


 あれ? タンポポチャさんがお外側にワープした?


 内側にいたタンポポチャさんがいつの間にか外側に、その事に頭が混乱しています。ただ、そのままコーナーへと入って行きますが、鈴村さんの思うように前に行こうにも、横も前もお馬さんが居て邪魔なんです。


「拙い! 思いっきり馬群に沈んじゃった!」


 そんな私に構うことなく、レースは3コーナーから4コーナーへと進んで行きます。ここのカーブって、何か下り坂になっているので加速がつくのです。そのお陰で、私も含めみんなの走る速度が更に上がりました。


 私は速度が上がった感覚を信じて、上がった事で最内が開くことを信じて、前を走る馬達の動きを見ながら必死に走ります。


 そんな時、ふと前を走る馬2頭の間が広がりました。


 外のお馬さんが直線へ入る手前で、少し外へとズレたのです。


「ベレディー!」


 鈴村さんも気がついたみたいで、手綱を扱きました。私は、とっさにその隙間へと走りこみます。


「やった! 流石はべレディーの反応速度!」


 前のお馬さん達の間に駆け込んで、そのまま前へと抜けて行きます。すると、目の前には綺麗に開いた空間が広がっています。


 ただ、その広がった空間には、前を走るタンポポチャさんの後姿が見えました。


「行くよ!」


 タンポポチャさんが前を行きます。そのタンポポチャさんへ向かって私は必死に加速します。直線に入った所で手前を変え、桜花賞の時と同じように、タンポポチャさんと同じ追い込み馬のリズムを刻みます。


「がんばれ! べレディー、がんばれ!」


 私のリズムに合わせて鈴村さんの手が動きます。


 タンポポチャさんの前を走る、先頭の馬はどんどんと迫って来ます。


 ただ、タンポポチャさんとの距離は、半馬身くらいになった時から全然縮まりません。それどころか、まるで私が来るのを待っていたかの様に、タンポポチャさんの速度がもう一段階跳ね上がりました。


 うきゃ~~~! なにそれ!


 私も必死で蹴り脚に力をいれ、体を上下ではなく前後に、頭を大きく上げ下げして、タンポポチャさんを追いかけます。


 それでも、タンポポチャさんとの広がってしまった1馬身の差を縮めることが出来ません。


 うわ~~~ん、何で追いつけないの~!


 心の中で必死に叫びながら、前を駆けていくタンポポチャさんを追いかけます。


 その間にも、必死にタンポポチャさんの足音を聞いて、リズムを聞き取ろうと耳をそばだてました。


 少し、ほんの少しですが近づいてきた? 思わずそう思えた瞬間に手綱が引かれ私はゴールを駆け抜けたことを知りました。


 鈴村さんはそのまま手綱を引いて、私に速度を落とすように指示します。


「べレディー、お疲れ様! 頑張ったね、ありがとうね!」


「ブヒヒーン」(負けちゃった~)


 完敗です。全然追いつけませんでした。


 私がしょぼんとしていると、鈴村さんが何か動揺する気配が感じられます。


「ブフン?」(なあに?)


 そう思って顔を上げると、目の前にタンポポチャさんの大きなお顔がありました。


 おおお! 吃驚した。突然目の前にお馬さんのドアップがあるのはビビリますよ。


「ブフフーン」(タンポポチャさん~)


 思わず頭でタンポポチャさんの首にスリスリします。


 すると、タンポポチャさんが私の首をハムハムしてくれました。


 レース前はあんなにツンツンなんですが、レースが終わると優しいですよね。これがきっとデレですね。


「よお、しっかしミナミベレディーとは仲がいいよな。べつに同じ厩舎というわけじゃないのに、不思議なもんだな」


「あ、鷹騎手、2冠おめでとうございます」


「ああ、ありがとう。そっちも秋華賞2着おめでとう」


「・・・・・・嫌味ですか?」


 鈴村さんがタンポポチャさんの騎手さんとお話ししています。


 勝手に戻るわけにもいかないので、私もタンポポチャさんをハムハムする事にしました。


 ただ、前ほどじゃないですが、今回のレースも疲れましたね。


 太腿に激痛が走るとかは無いので、少しは成長したのでしょうか? そんな私以上にタンポポチャさんが成長していて驚きなのですが。


「さて、ご挨拶も終わっただろ。いくぞ」


 タンポポチャさんが、手綱を引かれて私から離れます。


 若干不機嫌になったみたいですが、おとなしく検量室へと向かいました。


「べレディー、私達もいこうか」


 鈴村さんに手綱を引かれ、私もタンポポチャさんの後を追いかけていきます。


 若干急いでいるように見えたのは、時々立ち止まって此方を見るタンポポチャさんにせかされた訳じゃないですよ?


◆◆◆


『各馬一斉にスタートしました。5番ファニーファニー好スタート、その外12番ミナミベレディーも安定の好スタート、しかし9番アオゾラノユメも同様に好スタート、ミナミベレディーはアオゾラノユメが壁になり内に入れないか。


 直ぐに1コーナーへと入り、先頭は5番ファニーファニー、そのすぐ内に2番サンダーコーン、そのすぐ後ろにはトッポリライダー・・・・・・。


 更に後方、8番手に桜花賞馬12番ミナミベレディー、先行巧者が今日は中団からのレース。このすぐ内に1番、オークス馬、1番人気のタンポポチャが並走しています。


 先頭のファニーファニー1000mを通過して、タイムは58秒6、これは早い! 先行馬ファニーファニー、この勢いで最後まで持つのか! まさに後方の馬を突き放す勢いだ! 後続の馬は全体的に縦長になりながら、2番手で馬群を牽引するのはトッポリライダー。


 おっと、ここで鷹騎手が手綱を引いてタンポポチャを下げ、直ぐに外へと出しました。各馬向こう正面を過ぎ、間もなく3コーナーから4コーナーへ。


 4コーナー出口、早くも各馬速度を上げ横へと広がっていく。内を抜けて来たのは12番ミナミベレディー、サンダーコーン、トッポリライダーの間を抜け更に伸びる。その2馬身前にタンポポチャ、更に後方からは15番インスタグラマーが追い上げてくる。


 タンポポチャ、ミナミベレディーが伸びる! ファニーファニー必死に粘る。ただ勢いはタンポポチャだ! タンポポチャ、ファニーファニーを交わし先頭に立った! タンポポチャだ、タンポポチャ2冠達成は目前だ!


 2冠の称号は渡さない、私のものだとミナミベレディー必死に追い上げてくる。しかし、届かない! 届かない! タンポポチャ更に伸びる!


 タンポポチャだ! 勝ったのはタンポポチャ! ミナミベレディーに1馬身差をつけて、勝ったのはタンポポチャだ!』


 馬見調教師は、終始無言でターフビジョンに映るレースを見ていた。

 そして、レースが終わった瞬間、いつの間にか握り締めていた拳に気がついて慌てて力を抜いた。


「上出来じゃないですか? まさかの2着ですし、悪くない結果です」


 傍らにいる蠣崎調教助手の言葉に、馬見調教師も頷く。ただ、その表情には悔しさも滲んでいる。


「怪我もなさそうだ。中々に激しいレースだったが、レース後の様子を見る限りでは体調も良さそうだな」


 レース終了後の映像では、勝利を飾ったタンポポチャを追いかけていた。誰もがこの後ウイニングランへと向かうと思っていたのだが、タンポポチャはミナミべレディーへと近づいていく。


 そして、2頭が仲良くグルーミングをはじめると、思わず馬見調教師の表情からは苦笑がもれた。


「こっちは、必死に勝たせようとしているんだがなあ」


 勝ち負けなんか関係なさそうな2頭の様子には、今も続くテレビ番組の中で解説者もコメントに困っていた。もっとも、すでに競馬関係者達の中ではミナミべレディーとタンポポチャが仲が良い事は、噂として出回り始めてはいたのだが。

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