第39話 秋華賞 前編
『秋の彩が深くなってきた京都競馬場。第※※回 秋華賞、3歳牝馬限定芝2000mで競われる牝馬3冠最後のレース、その一戦が間もなく始まろうとしています。
ここ数日、晴天に恵まれ芝の状態は良、まさに絶好のコンディションの下、選りすぐりの乙女達16頭が・・・・・・』
ラジオからは秋華賞の解説が始まっていた。
大南辺は、珍しく妻と共に馬主専用パドックへとやって来ている。
「馬を見ていても、どれが良いかなんて判らないわね」
引綱に引かれパドックを廻る馬達を眺めながら、妻は素直な感想を述べる。
「まあ馬体が良い馬が必ず勝つとも限らないしな。長年、馬を見てきている私でも判らんからな。それが判れば、もっと競馬で儲けている」
自慢にならない事を自慢気に言う夫に内心呆れながらも、目の前の馬達の様子を眺めていく。
競馬自体良く判っていない道子にとって、馬自体の大きさの違いや、色の違いくらいしか判断が出来ない。しかも、それで走る馬が判るかと言えば、勿論判る訳が無い。
目の前で直接見る事が出来れば、何か判るのではと思っていのたが、目の前を回る馬達はどの馬達も走りそうに見える。そんな馬達を何となく眺めていると、すぐ前をミナミベレディーが通り過ぎていく。
「他のお馬さんと比べても、ミナミベレディーは大きいわね。だからと言って有利という訳ではないのでしょ?」
「ん? ああ、ミナミベレディーか。そうだな、マラソンなどでは小柄な人が有利だし、短距離走だと体の大きな人が有利だろう。馬だって体つきで短距離が得意だったり、長距離が得意だったりする」
夫の説明を聞き納得するが、では今日開催される秋華賞では、どう言った馬が良いのかは判らないらしい。
「あら、あのお馬さんはベレディーちゃんを意識しているのね。ほら、さっきからチラチラ視線を送っているわ」
妻の指さす先に視線を向ければ、そこにはタンポポチャの姿があった。
「馬見調教師によれば仲良しらしいぞ。競走馬どうしが仲が良いと言うのはあまり聞いた事が無いが、ましてや牝馬同士だからな」
そう言って笑う夫を見ながら、道子はなんとなく気になった2頭の様子を窺ってしまう。
「でも、ベレディーちゃんも意識しているみたいよ? ほら、ベレディーちゃんも視線を向けているわ」
妻の言葉に笑いながら、大南辺は今の時間を確認する。
「さて、そろそろ馬主席へ移動しようか。そろそろ騎手達が出て来て停止がかかる頃だ」
「そう、判ったわ」
夫に促されて道子はパドックを後にする。そして、馬主席へと向かえば、そこは今日も華やいでいた。
「十勝川さんは今日もみえないのね」
「今年の3歳牝馬クラシックでは、十勝川さんの持ち馬は出ないからな。GⅢやGⅡならお会いできるかもしれないが、もっとも、十勝川さんは牡馬であれば良い馬をお持ちだな」
「そうなのね」
「ああ、今年のダービー馬は十勝川さんの所のトカチマジックだ」
「凄いのね! ダービーは私も聞いた事があるわ」
そう言って驚きながらも、十勝川の不在に残念そうな妻を余所に、大南辺は秋華賞へと意識を切り替えていく。もっとも、ただ緊張がピークになってきているだけとも言うのだが。
◆◆◆
初めての京都競馬場ではあるが、ミナミベレディーはどこの競馬場も大きく変わらないなぁと思いながら馬房では思いっきり寛ぎ、レース前の緊張感など欠片も無い。
もっとも、引綱で引かれてパドックへ入った所で、相変わらずの凄い人の数に思いっきり驚いていた。それでも、他の馬に比べてのんびりとパドックを回っている。
そんなパドックでミナミベレディーはいつもの様にぐるぐると回りながら、久しぶりに会うタンポポチャの様子を観察していたりする。
タンポポチャ転生馬疑惑がミナミベレディーの中でメラメラと燃え上がっているのだ。
「ブフフフン」(パッと見では判りませんね)
タンポポチャさんのレース映像を見たというか聞いた限りでは、前半と後半で明らかに走り方のリズムが変わっていたのです。映像は見られませんでしたが、音を聞いていても走るリズムは何となく判りました。
タンポポチャさんのみの映像が見られたら良かったのに。スタートから最後までの映像が見たいですよ。
枠番の関係でタンポポチャさんの近くに行く事が出来ない為、横目でチラ見しているのです。ただ、そのチラ見もタンポポチャさんには思いっきりバレてる? タンポポチャさんの視線が最初からすっごく強いのです。突き刺さるのです。
「ベレディー、珍しく落ち着きが無いね。緊張しているのかな?」
引綱を持っている厩務員さんは、そう言って私の首を宥める様にトントンします。
別にレースで緊張している訳じゃ無くって、タンポポチャさんの視線が気になるだけなのです。タンポポチャさんはタンポポチャさんで私の視線に気が付いて何か気合抜群? 私達って永遠のライバルとか、目の中に炎が出たりとかする関係なのでしょうか?
「ブルルルン?」(前世は人間ですか?)
タンポポチャさんをチラ見しながら問いかけてみます。
うん、声は届いているのかな? そもそも、私はお馬さんの言葉が判らないので、会話が成立しないですよね。何故かお馬さん語が理解できない私ですが、本当のお馬さん同士は会話できるのでしょうか?
「キュヒヒーン」
えっと、タンポポチャさんが私の問いかけに答えてくれたみたいです。でも、やっぱり何を言っているのか判んないですね。
疑惑は疑惑のままにパドックを回っていると、鈴村さんがやって来て私に騎乗します。
うん、前の大きなレースでは緊張して大変でしたけど今回は・・・・・・、えっと、今回もやっぱり緊張しているっぽいです。
誤魔化せてはいるのでしょうけど、手や足が微妙に震えてますよ? 鞍上にいると逆に良く判ります。
でも、前回と同じくらいには冷静っぽいかな?
「ブフン?」(大丈夫?)
鈴村さんを見上げると、苦笑を浮かべて私の首を撫でてくれます。うん、少しは落ち着いたかな?
「ベレディー、いつもありがとうね」
鈴村さんはそう言って、手綱を握って本馬場に入ります。
引綱を外されて、タッタカと走ってゲート前の馬溜まりへと向かうのですが、今回はゲート前にいる観客の人達が近いのでちょっと吃驚です。
「ブヒヒン」(見られてますね)
「ベレディー、大丈夫だよ。観客は気にせず集中してね」
大勢の人達が、何か歓声を上げてこっちを見ています。私が思わず観客へと視線を向けると、鈴村さんに心配されちゃいました。
そして、改めて今日一緒に走るお馬さん達を見ると、タンポポチャさんがジッとこっちを見ていました。
「ブヒヒーン」(頑張ろうね~)
そうやって挨拶するんですが、フンッって頭を振ってトコトコ歩き出しちゃいます。
こう言うのを何って言いましたっけ? えっと・・・・・・、あ、ツンデレさんですね! デレがまだですけどね!
ぼ~っと考えていたら、突然ファンファーレが鳴り響いて、音楽が聞こえて来ました。
ただ、突然は心臓に悪いですよ? 観客席からも手拍子とかで凄い音です。一部のお馬さんが情緒不安定に? ただ、タンポポチャさんを含め、数頭のお馬さんは泰然としていますから、多分強いお馬さんは動じないのかも。
そして順繰りにゲートへお馬さんが誘導されて行きます。
タンポポチャさんも早めにゲートに入るのかと思ったら、何故かちょっと後に回されて、私は最後の方なのに早めにゲートに入りました。
入る順番って番号順って決まってないのかな? 私はゲートを苦にしないので構わないのですけど。
ゲートの中でそんな事を考えていたら、鈴村さんの声が聞こえて来ます。
「ベレディー、最後の馬が入るよ」
私もいつもの様に横目で係員さんの動きを見て、ゲートを係員さんが潜る前くらいにグッと走る準備をします。
ガシャン!
目の前で、これも何時もの様にゲートが開きました。そして、今日もゲートが開くのと同時に、前に駆け出していきます。
「ナイス! いいスタートだよ!」
左右を見ても、私が一番良いスタートが切れたみたいです。
いつもの様に好スタートが切れて、このまま前に進もうと思ったんですが、私の内側でスタートしたファニーファニーさんが、同じように好スタートを切って前に伸びて来るのが見えました。
「内に少しでも入るよ! すぐコーナーだからね!」
事前に言われていたように内に入ろうとします。
ただ、ファニーファニーさんだけでなく、結構な数のお馬さんが内側にいます。その為、内側に入らないと! って思っている内に、あっという間にコーナーに差し掛かかります。
何かコーナー手前でお馬さんが団子状態になってます?
うわ! 怖いですよ! 団子です、団子状態の集団が勢いつけてコーナーへと入るのです。
騎手の人が手綱を引いているお馬さんがいて、前の馬との間隔を空けようとしているのが見えます。
前の方のお馬さんは手綱を扱いて前に行くようにして、逆に団子の中にいるお馬さんは、必死に手綱が引かれています。まさに混乱状態? ただ、速度が付いてコーナーを走るという事は、外に膨らみやすくなるんです。
団子状態なのにぶつからないで済んでいるのは、お馬さんの本能と騎手の人の手綱捌きでしょうか?
ただ、こうなると前に行くなんて難しくて、私は段々と位置が後ろになって来ました。
「う~ん、8番手くらいかな。向こう正面であと4頭くらいは躱したいけど、うん、最初は抑えて行くよ」
想定していた展開の一つではあるのですが、恐らく厳しい展開になりそうですね。コーナーを回り切ってゴールと反対側にある直線へ入った時、そういえばタンポポチャさんは何処なんだろうと探してみました。
あれ?
私は真ん中よりやや後ろに位置しているのですが、前に7頭のお馬さんが見えるのですが、その中にタンポポチャさんのお姿が無いです?
あれ? そう思ってふと横を見ると、なんと真横にタンポポチャさんがいらっしゃいました!
最内の1番で先行するんじゃなかったのです? あれ? 何でここにいらっしゃるのでしょう。
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