第30話 桜花賞 後編

 好スタートを切れた私は、そのまま加速してスススと前に出ました。そうしないと、内側のお馬さんが邪魔で更に内側に入れないんです。そしてそのまま先頭へと進みました。


「よし、こっからは無理しちゃ駄目だからね。まずはベレディーのペースで走っていいよ」


 鈴村さんはそう言うと、私の鞍上で手綱を緩めて私に任せます。それでも、加速をする事無く自分のペースで走っていると、すぐに横から別のお馬さんが前に進んで行きました。


「ファニーファニーは先行逃げ切り狙いかな」


 ファニーファニーさんですか、何となく前にも争った事があるような気がします。


 ただ、悪役令嬢的なタンポポチャさんと比べると、取り巻き令嬢みたいな印象?


 私がそんな事を思っている間にも、ファニーファニーさんは私を抜いてお一人で先頭へ走って行きました。それを2番手を走る私が追いかけているような展開です。


 ゲートでの順番が3番目でしたし、スタートを活かすとこうなりますよね。


「そこまで早いペースじゃないから、3コーナーから4コーナーにかけて他の馬も一気に動くよ。4コーナー出口が団子になって位置取りが難しくなる。ベレディーはファニーファニーの内側に空いたスペースを他の馬よりワンテンポ早く突くからね」


 鈴村さんの説明を聞いている間にも、直線が終わりコーナーへと差し掛かります。


 内側から他のお馬さんが来ると嫌だから、出来るだけ内側を空けないようにしないとですね。


 内側の柵に沿ってコーナーを廻っていきます。


 ただ、内側を空けないように気にしていた為に、少し速度が落ちちゃいました。このカーブって緩やかに下っているから加速がつきやすそう。そのせいか外側から他のお馬さんが併せるように前に出て来ました。


 う~、外側にいるお馬さんが邪魔で走りにくいです。


 私がそんな事を思っていると、カーブはあっという間に中間点を過ぎて次第に出口へと向かっていきました。


「ベレディー、行くよ!」


 前を走るファニーファニーさんが勢いよく直線へと飛び出していきます。 

 私も漸く直線の入口が見えてきたあたりで、鈴村さんからの指示が飛びました。


 でもですね、外側のお馬さんが邪魔で思うように加速が出来ません! 変に加速しちゃったらぶつかりそうなんです。


 あうあう思っている間にも、無情にもカーブは終わり直線へと向き直りました。


 でも、小回りを意識してたから、ファニーファニーさんの勢いがつきすぎたのか、目の前にはファニーファニーさんと柵の間に丁度良い感じで隙間が空いています!


 私はグッとハミを噛み締めて、出来る限りの加速しました。そのお陰で、お隣のお馬さんは私より半馬身くらい前に出ていましたが、私の方が加速が早かった為に前の隙間を盗られずに済みました。


「よし! ベレディー、頑張って! すぐに坂だよ、頑張って!」


 私だって坂育ちなんだからね!


 直線に入ってから必死に脚を動かして加速します。


 多分予定より少し遅めのスパートになっちゃったと思いますが、横のお馬さんはカーブの加速をそのままに、前にいるファニーファニーさんを避ける様に外へ動きます。


 そこで、ドドドドドという相変わらずのレース音楽が響いて来ました。


 前を走るファニーファニーさんは、坂に入った所で明らかに勢いが無くなります。そんなファニーファニーさんを必死に追い抜こうと、前へ前へと私は進んで行きます。


 坂へと入ってじわじわとファニーファニーさんに追い付いてい来ました。すると、後方から明らかに近づいて来る蹄の音が聞こえて来ます。他の馬とは明らかにテンポが違います。これが追い込み馬の勢いという事なんでしょうか?


 そして視界の横に見え始めるのは、見たことの無いお馬さんとやっぱりタンポポチャさんでした。


 2頭がまるで併せ馬をしているかのように、勢いよく追い込んでくるのが見えたのです。


 拙いですね。このままではあっという間に追い抜かれちゃいますよ?


 ゴールはまだ少し先に見えます。その為、私は此処で私が考えた最適の方法をぶっつけ本番で試す事にしました。


 私が考えに考えて導き出した最適の方法、それはノートパソコンの画面と音で覚えたタンポポチャさんのステップ、そのリズムを頭の中で繰り返す事です。


 そうなんです、タンポポチャさんに勝つために私が必死に考えたのは、私がタンポポチャさんになる事なんです! タンポポチャさんのリズムで走れば私だって早く走れるはずですよね!


タタン、タタンじゃなくて、タタタタン、タタタタンです!


注意:あくまでもトッコの印象です。


「ちょ! ベレディー!」


 鈴村さんとの呼吸がちょっとズレちゃいました。でも、速く走る為には仕方が無いのです。


「なに? え? 何この走り方」


 鞍上で何か鈴村さんが騒いでます? でも私は必死に前に進みます。


 いつもより足を地面に沿うように動かして、体の上下の運動を抑えます。上に撥ねるエネルギーを前に進むエネルギーに変換して、脚で地面を強く蹴ります。その為に自然といつもより頭が下へと下がりました。


「が、頑張れ! 私も、頑張るから!」


 今までと違うリズムに、鈴村さんは必死に合わせてくれます。そして、私の動きをサポートしてくれるんです。


 気が付けばファニーファニーさんを抜いて、私が先頭に躍り出ていました。ただ、そんな私から少し距離が離れた外側には、何時の間にかタンポポチャさんともう一頭が居ます。


 それこそ、私を抜かんばかりに並走しているのが判りました。


 負けないよ! 桜花ちゃんの賞なんだから!


 坂が漸く終わり、ゴールは目の前です。今回は前みたいな間違いはしません。


 必死に脚を動かしますが、慣れない走りの為か今まで以上に脚が重たいのが判ります。


「頑張って!」


 鈴村さんの声に、桜花ちゃんの声がダブって聞こえてくるように感じました。


 桜花ちゃんの為に頑張る!


 前に、ただ前に、もう横は気にしてなんかいません。


 頭を下げる、前に向いて必死に足を延ばし、地面を蹴る。視界の端に前以上に大きくなったゴールの板が通過して、私はそのゴール板を越えた所で漸く減速したのでした。


「ブフフン!」(疲れたよ~)


「ベレディー! 凄いよ! 頑張ったよ!」


 鞍上の鈴村さんが、漸く頭を上げた私の首をトントンと叩いてくれます。


 でも、私はそこで動くことなく電光掲示板を見上げます。そして、そこには4着、5着は早々に点灯し、1着から3着までの順位の横に写の文字が点灯しています。


「また写真判定だね」


 鈴村さんも私の視線の先を見ています。


 立ち止まっている私達の横に、一頭の馬がゆっくりとやって来ました。


「距離があって勝ったか負けたか判らないなぁ。プロミネンスアローにはかろうじて勝ったけど、それで1着が出ないって事はミナミベレディーとの写真判定かな?」


 私の横に来たのはタンポポチャさんでした。ブンブンと頭を振って未だにレースの興奮冷めやらぬ感じです。


 私は丁度良い位置に移動して、タンポポチャさんの首をハムハムしました。唯一のお友達ですもんね。


「うわ! ちょっと焦った。まさか騎手が騎乗しててもお構いなしにグルーミングするとは。それにしても気性の荒いタンポポチャと仲の良い馬がいるなんて」


 タンポポチャさんもクールダウンしてきたみたいで、私の首をハムハムしてくれます。こちらも鞍上の鈴村さんは無視ですね。ちょっと邪魔そうにしていますけど。


「事故があると洒落にならないから離すよ」


 そう言ってタンポポチャさんに跨っている騎手さんは、タンポポチャさんと検量室へと向かっちゃいました。


「よし、ベレディー、私達も検量室へ行こうか」


 鈴村さんに言われて私もゆっくりと歩き始めますが、体全体が怠いです。あと、今気が付いたんですが右の脚に力を入れると何か痛いですね。痛みと、動きたくないくらいの怠さに支配されていて、私はまたもや立ち止まっちゃいました。


「ベレディー? ん? どうしたの?」


「ブルルルン」(疲れて動けないの~)


 私はそう返事を返すのですが、鈴村さんは手綱と鐙で進むように指示をします。


 もうちょっと疲れが取れてからだと駄目ですか?


「ベレディー? え? 大丈夫? 若しかして動けない?」


 私がそれでも動かないで立ち止まっていると、鈴村さんが怪訝そうな声で尋ねて来ました。


「ブヒヒヒン」(動きたくないの~)


 私の返事を聞いて、慌てて鈴村さんが鞍上から下馬してくれます。鈴村さんを背中に乗せているだけでもきつく感じていたので、それだけでも楽に感じました。


「脚は大丈夫だよね、骨折とかは無さそう。何処か痛い?」


「ブフフン」(疲れたの)


 屈んで私の脚を見ていた鈴村さんが、見上げながら尋ねて来ます。でも、私は力なく返事をしました。


 そんな遣り取りをしていると、その最中に観客席からすごい歓声と怒号の様な叫び声が響き渡りました。


「結果が出たん・・・・・・」


 観客席を見て、その後に電光掲示板へと目を向けた鈴村さんが、その状態で身動きもせずに固まっちゃいます。そんな鈴村さんを見て、私も電光掲示板へと視線を向けると、1着の所に3の数字が、2着の所に8の数字が、そしてその間にハナの文字が点灯していたんです。


「勝った、勝っちゃった」


「キュヒヒーーン!」(勝った~、勝ったよ~~!)


 呆然と呟く鈴村さんの横で、私は桜花ちゃんに聞こえたらいいな、そんな思いで私は大きく嘶いたのでした。

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