第24話 あっという間にフラワーC当日です

 次走が決まってから、またもや調教の日々が始まりました私です。


 朝に蹄の手入れをして貰って、ご飯を食べて、調教が始まりますが、ここ最近は坂路での調教が多めです。


「トモは更にいい感じに成長してきたね。出来れば差しが出来るようになるとレースの幅も広がるんだが」


 前に調教師のおじさんがこんな事を言っていました。


 そのせいで坂での調教が増えたんですが、結構疲れるのです。出来れば平らな所をのんびりと走りたいものなんですが、私以外のお馬さんもいっぱいいるし、どうやら時間ごとに使用場所が区切られているみたいで中々自由に走らせては貰えません。


 厩務員さんに、引綱を持たれてグルグルと歩きます。只管歩きます。これは訓練前の準備運動みたいなものでしょうか? 歩くのは嫌いじゃ無いんですが、どうしてもゆっくりなので周りの様子が気になっちゃいます。


 ついつい周りの景色なんかに目が行っちゃうんですが、でも、まだまだ物寂しいので周りの変化は楽しくないですね。


 早く春になって欲しいです。でも、そろそろ梅とかは花を咲かせるんじゃなかったかな?


「ブフフフン」(梅の木はないの?)


「うん、ベレディーおはよう。今日も頑張ろうね」


 その後、鈴村さんがやって来たので尋ねますが、やっぱり会話は成り立ちませんね。淡々と鞍を付けられて、調教の準備をしています。


「ブルルルル」(あれ? 今日は坂じゃ無いの?)


 何時もと向かう先が微妙に違うので、そんな事を思いながら鈴村さんが騎乗して練習コースへと向かいます。どうやら今日はウッドチップの平らなコースっぽいです。


「今日は併せ馬で追い切りするからね」


 鈴村さんが私にそう言うと、ポンポンと首を叩いて教えてくれます。ただ、併せ馬という事は他のお馬さんと一緒に走るのでしょうか。


 そして現れたのは、以前にも調教でご一緒した事もある栗毛のお馬さんでした。


「今日も宜しくお願いします」


「いやぁ、スターマイアイドルはもう8歳だからね。一応オープン馬だけど、全盛期の力も無いし、ベレディーの相手になるかどうか」


 うん、やっぱり以前にもレース前に調教でご一緒したお馬さんですね。


「まだ2週前の追い切りですし、どちらかというと差しをベレディーに教える感じですので。ベレディーは今まで1800mの経験ってコスモス賞しかないんです。軽くですが1800を走らせる感じでお願いします」


「わかった、軽く先行するからあとは任せるよ」


 アイドルさんが走り始めるのに合わせて、私も後ろから追いかける形で走り始めます。でも、レースとは違ってのんびりなので結構楽しいかも? 途中から鈴村さんの指示でアイドルさんに並んで、最後には追い抜いて終わりました。


「うん、ベレディー良い感じだね。すんなり前に出られたし、最後はきちんと差し足も使えてたよ」


「ブフフフン!」(うん、楽しかった!)


 その後、もう1回同じようにアイドルさんと一緒に走ったら、一旦休憩になりました。


「この後はいつもの様に坂路だからね。頑張ろうね」


「プヒン」(ぐっすん)


 またあの坂を上がったり下りたりですね。結構疲れるので、毎日じゃ無くても良いと思うのですが。


 いつもよりは坂路の本数も少なく、訓練を終わったら蹄も綺麗にして貰って、体も洗って貰って、マッサージもして貰えます。至れり尽くせりなので頑張って訓練しますが、何と言ってもご飯が楽しみです。


「ブフフフフン」(今日はニンジン多いといいなあ)


 そんな事を思いながら、馬房へと戻って行きました。


◆◆◆


 そして気が付けば何とレースの前日になっちゃっていました。


 今回は中山という競馬場らしいです。中山競馬場は関東のお馬さんは宿泊できないそうで、私は当日の夜中に起こされて、眠い目をショボショボさせて馬運車に乗りましたよ。


 競馬場に到着してからの馬房は、何処もあんまり変化は無いのですよね。どの競馬場だから豪華とか、そういったのは無いみたいです。

 せっかく千葉にあるのに、某夢の王国みたいな馬房でも良いと思うのです。起こされたのが早かったし、移動中は大抵ぐっすりと寝ていました。


 そもそも、テレビも無いし、音楽も無いし、寝るか食べるかしかする事が無いのです。


「よしよし、相変わらず移動の疲れも感じないし、ベレディーは助かるなあ」


「ベレディーは馬運車の中だと大抵は寝てるからね。此処まで寝る馬は珍しいね」


 厩務員さんがそう言って褒めてくれます。


「ブヒヒーン!」(私は良い子だよ!)


 こういう所でしっかり良い子アピールです。そうすれば、もしかしたら乗馬として生きる道が拓かれるかもしれませんよね? 馬肉にならない為には、地道な努力も必要なのだと思います。


 到着して馬房を見ると、結構な数が埋まっていますね。皆さん前泊組なのでしょうか? 良く考えると遠くから来た場合は、当日到着とかだとぐったりしちゃいますよね?


 昔の記憶で深夜バスなんかで旅行に行って、当日朝に到着したのは良いけど、バスで疲れて肝心の遊園地がぜんぜん満喫できなかった・・・・・・ような? そんなこんなの記憶も、もうほとんど消えちゃってますが。


「ブルルルルン」(そういえば、あれも千葉でした)


 だからどうしたの? っていう話ですけど、そもそも今はお馬さんなので遊園地に行っても困るんですけどね。


 そんな感じで馬房の中でレースまでのんびりしていると、漸く馬房から出されました。


 レースだとこの後におめかしして貰えるので、私はそれが楽しみです。鬣にリボンをつけて貰うだけでも嬉しくなります。それに、今日は前回と違って晴天なので余計に楽しくなってきました。


「よしよし、リボンが映えて何時もより数段可愛くなったぞ!」


「キュイーン」(わ~~い)


 鏡が無いので自分の姿が見えないのが残念です。それでも、褒められたら嬉しくなります。でも、出走前にスキップは禁止されているので自重しますよ? 何故かみんなが心配するんですよね。


「さあ、もうじき本番だぞ、行こうか」


 引綱をつけられてパドックへと向かいます。久しぶりのレースなので、何となく楽しさが先に立ちます。


「ベレディーはご機嫌だね」


「ブフフン」(思いっきり走るの)


 芝の1800mと言われていても、コスモス賞の記憶は残っていないので初めて走るようなものです。


 調教で1800mを走ったりもしたけど、本番とはやっぱり違うよね? タンポポチャさんは居ないそうなので、残念ながら仲の良いお馬さんはいません。


「ブルルルン」(他に仲の良いお馬さんいたかな?)


 良く考えたら、仲が良いお馬さんと言っても良いのはタンポポチャさんくらいだったかも。


 パドックに出ると、まったく知らないお馬さんも、どこかで見たかな? というお馬さんもいます。


 ちなみに、私は今回は6番のゼッケンを付けているのです。お馬さんのゼッケンを見ている限りだと、今日のレースは16頭みたいです。


「とま~~れ~~~」


 騎手の人達が出て来て何か間延びした声で指示が出ると、私はその場に立ち止まって騎手の鈴村さんを背中に乗っけます。でも、今日はパドックを見回しても、桜花ちゃんの姿は見えませんでした。


 桜花ちゃんはいませんね。すっごく残念です。


「ベレディー、桜花ちゃんを探してるの? 残念だけど、今日は来てないわよ? 流石にまだ春休み前で来られないって。でも、テレビで応援してるって言ってたから頑張ろうね」


「ブヒヒ~~ン」(うん、桜花ちゃんの為に頑張る!)


 私が勝てば、桜花ちゃんの所の牧場も儲かるのかな? そこら辺は良く判らないけど、頑張らないと最後の晩餐の恐怖は2度と味わいたくないです。


「さぁ、ある意味私の復帰戦、もうあんなみっともない真似はしない」


 鈴村さんが私の上で何か気合を入れています。ただ、その手はちょっと震えていますね。


「ブフフン」(大丈夫だよ)


 私の心配そうな様子が鈴村さんに伝わったみたいで、私の首をトントンと叩いて答えてくれます。


「うん、大丈夫よ。ありがとうね」


 トンネルを潜りながらそんな遣り取りをしていると、目の前には綺麗に整えられた芝のコースが広がっていました。


「行くよ!」


「ブフフン!」(は~~い)


 鈴村さんの合図で、私はすっと駆け足になってゲートの方へと向かいました。


◆◆◆


 馬主席では大南辺が、緊張した表情でレースが始まるのをじっと待っていた。


 パドックにミナミベレディーの様子を見にも行ったが、いつもの様に最前列へ行く事は無かった。少し離れた所から、遠目でミナミベレディーの様子を眺めていた。


 普段の大南辺からは予想もできない行動の原因は、大南辺の真横にいた。


「予想とは全然違うわね。貴方が社交の場、社交の場って何度も言うから、てっきり立食パーティーみたいなのを想像していたわ」


 そう言ってコロコロと笑うのは、大南辺の妻である道子であった。


「そもそも所有馬のレースを見る為の場所だ、そんな訳あるか」


 昨日、突然に妻である道子から一緒に競馬場へレースを見に行くと言われた大南辺は、予想外の事に思わず口に含んだコーヒーが気管に入り噎せ返った。


「貴方の御執心の彼女も見られたし、この後で直接会えるんでしょ? 楽しみだわ。勝てば更に文句はないわね。それにしても4番人気で8.9倍なんて凄いじゃない」


 そう言って妻が自分に見せるのは、ミナミベレディーの単勝馬券だった。もっとも掛け金は1000円だったが。


 そんな大南辺達の遣り取りを余所に、ファンファーレの音が競馬場に鳴り響いたのだった。

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