トッコさんと運命の出会い?

第11話 約2年ぶりの里帰り

 レースが終わったら、なんと生まれ故郷の牧場に2週間だけ帰れるそうです。


「ブルルン、ブヒヒ~~ン」(故郷って言っても、あんまり覚えていないんですけどね)


 実際の所、競馬場まで応援に来てくれた桜花ちゃんや牧場のおじさんはともかく、それ以外の人はうろ覚えになっちゃってますね。


 お母さんだと思って違う馬に駈け寄っちゃったらどうしよう。


 何か思いもよらないプレッシャーがありませんか? 乳離れしてから約2年ですよ? お母さんと一緒にいた記憶は3か月くらいですよね? 間違ったらお母さんごめんなさい。


 本当の親子になれたと思った所での乳離れでしたし、そっからは会えてなかったのでお母さんだって私の事覚えてるんでしょうか? 心配ですね。


 馬運車でゴトゴト揺られて、生まれた牧場へと到着しました。


 生産牧場から競馬場までの数倍以上の時間が掛かりました。それでも、懐かしい・・・・・・あれ? 馬運車を降りて牧場の馬房へと入りましたが、ぜんぜん記憶にないですね。


「どうだ、懐かしいだろう」


 牧場のおじさんが迎えに出て来てくれていて、馬房まで案内してくれたのですが、ごめんなさい。全然、これっぽちも、一欠けらも記憶に無いですね。どちらかと言えば、こんな所だっけ? という思いが強いですね。


「うん、特に異常は無さそうだな」


 おじさんは各脚を順番に触りながら確認して、その後ようやく牧場へと連れてってくれました。


「ほれ、遊んで来い」


 そう言ってポンとお尻を叩かれたので、放牧地の中へと走り出しました。


「ブヒヒ~~ン」


 トコトコと走っていると、数頭のお馬さんが見えてきます。仔馬を連れた馬もいますね。


 で、仔馬以外はドンズンドンの体型の、何かおばちゃんの貫禄があるお馬さん達ばかりです。如何にも、私は何頭もの子供を産んだ母ですよの雰囲気を漂わせています。


「プヒン」(わかんない)


 もしかしたらお母さんが、この中にいるのかもしれません。でもね、どのお馬さんがお母さんなのか判んないのです。


 恐る恐るおばちゃん達に近づいていくのですが、おばちゃん達はチラリと此方を見たけど特に関心を示しませんね。まだまだ小娘の私にはハードルが高いです。


「プフヒヒ~~ン」(お母さんどこ~)


 昔の様にお母さんに呼び掛けて見ました。


 すると、目の前のおばさん達が一斉に顔を上げて、その内の2頭が私の方へとやって来ました。


フンフン、フンフン、フンフン


「ブフン」(怖いです)


 押し合いへし合い私の匂いを嗅ぎ始めるおばさん達。おずおずと私が後退りするのもお構いなしに、グイグイ来るところは流石おばさんです。


「ブルルルン!」


 そして片方のお馬さんが、何か思ったのか嘶いて私の首をハグハグと甘噛みしてくれます。


 お、母さんかな? そう思って私もお返しにハグハグとしてあげます。ただ、なんとな~くお母さんにしてはお若い様な? 確か馬齢で20歳って聞いているのですが?


 ただ、そのお母さんっぽいお馬さんの周りには、1頭小さなお馬さんがウロウロしています。


「ブルルルン」(お子さんですか?)


「ブフン」


 うん、何を言っているのか判りませんね。ただ、その幼駒にお乳を挙げていたので間違いでは無いみたいです。


 ただ、その後もこのお母さん候補のおばさんと一緒に牧草を食べてたら、学校から帰って来たっぽい制服姿の桜花ちゃんが私の所にやってきました。


「あれ? トッコはお姉さんと仲がいいんだね。でも、仲良くやっているみたいで良かった」


 ん? 何ですと? お姉さんですか?


 頭の中に疑問符が飛び交います。あとで判ったのですが、このおばさんは私より10歳年長の長女サクラハヒカリさんでした。ちなみにGⅢをお勝ちになった重賞勝利馬さんです。うん、もっとハグハグしておきましょう。ご利益があるかもです。


 その後、馬房に行く前に綺麗に洗って貰って、ブラシをかけて貰った私はご機嫌でご飯を食べています。


 ご飯はいつもの厩舎のご飯と同じだなと思ったら、どうやら厩舎からの持ち込みだったみたいです。


「うわ~~~、流石だね。色々と入ってるし、うちでは出せない豪華さだよ」


 うん、何となくですが、我が実家は裕福っぽさがないです。率直に言って貧乏そう?


 おばさん馬も姉を入れて4頭しかいませんでしたし、遠くには牛さんの姿がありました。あと、私の過ごす厩舎ですが、似たようなのが他にもあって、その一つは所々壊れてます。


「トッコが2戦2勝でオープン馬になってくれたから、今年と去年の産駒も期待してるんだ。キレイも今年不受胎だったから、もう引退させて功労馬にするってお父さん言ってたし。あとあとを考えれば、本当はヒカリの産駒が走って欲しいんだけどなぁ」


 桜花ちゃんが色々と話をしてくれるのですが、情報が多すぎて私の脳はとっくに許容オーバーしてます。


 ただ、お母さんは牧場でのんびり余生をおくれそうで一安心です。


「重賞馬を2頭も出してるキレイが引退なのはね、牧場としても辛いんだよ? 高く売れる仔馬はキレイの産駒だよりな所があったんだから。まだヒカリたちの産駒に大きなレース勝った子いないんだよ~」


 桜花ちゃん、まさかと思いますがお酒飲んでないですよね? 何か酔っ払いの愚痴を聞いているような気持になって来たのですが。まあそれだけ桜花ちゃんも牧場の先行きに不安を持っているという事なのでしょう。


 翌日、また放牧に出された時に判ったんですが、昨日の近寄って来たもう一頭のお馬さんは血の繋がらない赤の他人で、お母さんは仔馬を連れた内の一頭だったみたいです。


 そういえば当歳がどうこうとか言ってましたよね。まだ乳離れは先ですから一緒にいるのが当たり前ですね。


「ブルルン」(お母さんはピリピリしてる?)


 私が近くへと行くと、明らかに警戒してお耳がピクピクしているんですよね。一応、あなたの娘なんですけど。


「フンフンフン」(娘ですよ、覚えてますか?)


 お顔を近づけてフンフンとご挨拶します。


 でも、お母さんの注意は幼駒ちゃんに向いているようです。


 ぐっすん。ここは刺激せずにお姉ちゃんと遊びましょう。


 一週間程のんびりとしていたら、何となく疲れが取れたみたいな感じです。


 お姉さんの産んだ子馬と、お母さんの産んだ仔馬がチョコチョコ走り回っている姿はほのぼのしていますね。


 私は他のお馬さんと違って運動の為に牧場内をぐるぐる走って運動するのですが、どうやらそれを遊んでいると思うのか、仔馬達も私の後ろを追いかけるようになりました。


 毎日のんびり牧場を駆けまわって、牧草を食べて、綺麗に洗って貰って、うんすっごく贅沢ですね。もうこの生活から離れられなくなりそうです。


「お~~~、思いっきりリフレッシュされてるな。というか一週間で太ったな」


 なぬ? 何か失礼な言葉が聞こえて来たと思ったら、柵のところに馬見調教師がいて此方を見ていました。


 妙齢な女性に太ったは禁句なのです。それを口にした男性は罰せられても仕方が無いのですよ!


 という事で、トットコ近づいて髪の毛をモグモグしてやりました。


「うわ! うわ! ちょっとまて!」


 慌てる馬見調教師ですが、それを見て笑っているのは桜花ちゃんです。


「トッコは悪口には敏感ですよ? 揶揄うなら要注意です!」


 そう言って手にしたニンジンをフラフラさせるので、調教師のおじさんなんか放っておいてニンジンに意識が全部持って行かれました。


「はぁ、桜花ちゃん助かったよ。しかし、生まれた牧場とは言えリラックスするのが早いね。やっぱり桜花ちゃんがいるからかな?」


 私はニンジンをボリボリと食べながら、まあ一応は人間の意識がありますから。多少は馬の本能に引き摺られている所はあるような気はしますけどね。


「そういえば、キレイの当歳は桜川さんが購入したんだって?」


「あ、はい。先日来られて去年に続き購入してもらいました。お父さんもセールに出すか悩んだみたいですけど、今までのお付き合いもあるしで結局購入してもらう事にしたみたいです。幾らで売れたのかお父さんもお母さんも教えてくれませんけど」


 そう言って笑う桜花ちゃんですが、セールはセールで値段が付かないと一気に厳しくなるだろうし、桜花ちゃんの様子を見る限りではそこそこのお値段だったのかな?


「ちなみに、預託先は決まってるのかい?」


「いえ、そこまでは聞いていないです」


「そ、そっか。桜花ちゃんありがとう、ちょっと用事を思い出したからごめんね。ベレディー、来週には美浦に行くからね」


「あ、ついに美浦にいっちゃうんだ」


 桜花ちゃんの言葉に反応する事も無く、馬見調教師は慌てた様子で私に声を掛けて帰って行きました。


「桜川さんの所に売込みに行くんだろうなぁ。トッコの実績をPRすればワンチャンあるのかな?」


 桜花ちゃんが馬見調教師の後ろ姿を見ながら、そんな事を呟きます。


 そんな桜花ちゃんに、私はフンフンと甘えながら尋ねます。


「ブフフン?」(美浦? どこ?)


 札幌にすっかり馴染んでしまっている私は、何かどっかで聞いた覚えはあるんだけど、なんだっけ? と桜花ちゃんに尋ねるのですが、桜花ちゃんは残念ながら教えてくれませんでした。 

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