第3話 どうもご主人様が決まったようです。
雪が降る長い冬が漸く終わりを迎えようとしている今日この頃、私はどうやら1歳になっていたみたいです。
お正月を跨ぐと年齢が替わるそうです。不思議ですね? 12月生まれはすぐに1歳になるんですね、驚きです。ただ、お馬さんはしっかり管理されていて、出産は4月~5月くらいだそうです。
「ブルルルルン」(背中がもぞもぞします)
冬毛の生え変わりのせいでしょうか? 一緒に放牧されている皆でグルーミングして、首から背中をハムハムします。
1歳馬のみんなは仲良しですから、姉妹や兄弟みたいなものなんです。
それでも、私は一人でいるのが好きなのです。その為、いまも相変わらず一人で丘を上り下りしています。
「トッコ、トッコ!」
ん? 誰か私を呼んでいますね。
周りを見渡すと、牧場のおじさんと、どうやら私をご購入いただいたご主人様が居るのが見えました。
「キュキューン。キュキューン」(おやつだよ、おやつだよ)
ご主人様が牧場に来るときには、いつもニンジンかリンゴを持って来てくれるので大好きです。
月に1回くらいしか来てくれないのですが、毎週でも来て欲しいです。
私は浮かれ気味にスキップをしながら、ご主人様の所へと走って行きました。
フンフン、フンフン
ご主人様の匂いを嗅ぐと、ほんのりとニンジンの匂いが漂ってきます。
「キュヒーーン!」(ニンジンだ~~)
私の様子にご主人様は苦笑を浮かべながら、後ろ手に隠してあったニンジンを出してくれました。
「いやぁ、ここまで喜ばれると此方も嬉しいのですが、本当にこの子は人懐っこいですな」
「ええ、人懐っこさだけで言えば、私が今まで見てきた馬の中でもピカイチですね。引き運動も嫌がりませんし、不思議と昔から1頭だけであそこの丘を上ったり下りたりして遊んでいますよ」
ボリボリボリ
ニンジンを食べながら、おじさんとご主人様の会話を聞いています。
私の事を話しているので、結構色んなヒントをくれたりするんですよね。
お馬さんになっちゃいましたけど、そもそもお馬さんの事を私が一番判ってないですから。
「馬体重は今で300kgくらいですかな?」
「はい。平均的な体格にはなりそうなので、あとは適性ですが、ダートより芝かと思いますね。距離はまだ何とも、賢い子ですから慣れればそれなりに適応しそうです。まあまだ馴致すらしていないので、勝手な皮算用ですがね」
ふむふむ、芝ですか。というか、ダートって何でしょう? ただそれなりに期待をして貰えているのでしょうか? それはそれでプレッシャーが掛かりそうです。私って昔からプレッシャーというか、本番に弱かったような気がするんですよね。
「そろそろ人は乗せませんが、鞍などを置いてみようかと。まあトッコは大らかなので鞍自体は気にし無さそうですけど」
「そうすると、早めに預け先を決めておかないとですね。どこが良いかなぁ? そうだ、馬見調教師に聞いておきますよ」
むむ、何時とは判りませんが、何処かへと移動になるみたいです。ご主人様達の会話を耳をピコピコさせながら聞いていたら、突然二人が笑い出します。
「この子は、本当に人の話を理解している様に見えますね。興味津々って感じで」
「生まれた時からこんな感じで、キレイ産駒ですし、何と言っても牝馬ですから活躍して欲しいものですね」
その後、ご主人様から追加のニンジンを貰えて私は超ご機嫌でした。
「ただ、あの変な走り方は何とかしてくださいね」
「嬉しい時とかに、何故かあのような走りになるんですよねぇ」
ご機嫌なので、ピョンピョンとスキップしながら牧場を駆けていると、そんな私を見ながら牧場のおじさんが溜息を吐きました。
すっごく失礼ですよね!
春になると、今までと違う事をしはじめました。背中に鞍を置かれたり、ハミと呼ばれる器具を口に咥えさせられたりと、何やら色々と新しい事をやらされ始めます。
ただ、それが終わるとご褒美の角砂糖とか貰えるので、すっごく楽しみなんです。
「本当にトッコは楽だなぁ、鞍もハミも嫌がらないし、好奇心満々で遊び気分なんだろうけどすっごく楽だよ」
「終わった後の角砂糖がお目当てなのが、思いっきり態度にも表れてますけどね」
今日の練習が終わってブラッシングして貰っていると、厩務員のお兄さん達が私についてお話ししています。
ん? もっと角砂糖くれるの?
お兄さん達をフンフンしますが、特に何かをくれる気配はありません。残念ですが、ただ名前を言葉にしただけみたいです。
「トッコって来週もう調教牧場入りだろ? 早くないか?」
「馬主の大南辺さんが、可能なら早いうちにトレセンで鍛えたいって。それで調教牧場も早めに申し込んできたみたい」
ん? 途中から、ゲームがどうこうと関係ない話をしてたのに、またもや私の話題に戻ったみたいです。
来週何処かへと行くのでしょうか? 鍛えるって言うから旅行という事は無いでしょうし、前にチラッと聞いた競走馬になる為の施設かな? どんなところなのか興味はありますが、あんまり厳しい所じゃ無いといいなぁ。
ブラッシングやお手入れが終わると、そのまま馬房に戻ります。すると、桜花ちゃんがトコトコとやってきますが、その手にしているリンゴを見て私のテンションはマックスです!
「キュイーーン、キュイーーン」
尻尾バサバサ、前足でカツカツと床を掻いちゃいます。新しく敷いて貰った寝藁が偏っちゃいますけど、それ以上にリンゴの魅力は強いのです。
「トッコ、もうじきお別れになっちゃうんだよ。早いなぁ」
何となくアンニュイな桜花ちゃんです。突き出した私の首をポンポンしてくれますが、私の意識は反対の手に持っているリンゴに集中しちゃってます。
「はぁ、トッコは食い意地が張ってるね。はい、大好きなリンゴだよ。わざわざ持って来てあげたんだからね」
4分割されたリンゴの一欠片をモグモグと食べますが、口の中に広がるリンゴの甘さに思わず表情が緩みます。
「ブフフン」(リンゴ美味しい!)
「美味しい? いつものより上等なリンゴなんだよ」
なんと! ただそこまで大きな差は判らないですね。でも、あっという間に口の中で無くなっちゃったリンゴの味を暫く堪能します。一気に食べちゃうと後で寂しい思いがするのです。良く味わって食べる方が楽しみは長く続きますよね。
「はあ、トッコは頭が良いから調教牧場は大丈夫だよね。それでも、トレセン行ったら頑張るんだよ。最低でもオープン馬になる実力はあると思うからね。他の馬に遠慮しちゃだめだよ」
桜花ちゃんは、どうやら私の心配をしてくれているみたいなのです。ただ話している内容が良く判らないので、私は返事のしようが無いのです。
馬が走っている所なんか、テレビのコマーシャルとかでしか見た事が無いです。競馬場も行った事無いですし、何となくおじさんが行く所という印象がありませんか?
「はい、これで最後だからね。味わって食べてね」
最後の一欠片を渡され、モグモグとしている間も桜花ちゃんはブラシを手にしてブラッシングしてくれます。私は綺麗になるのでブラッシングは大好きです。
「キュイーーン?」(桜花ちゃん泣いてるの?)
リンゴを食べ終わった私が桜花ちゃんへと向き合うと、桜花ちゃんが涙を流しているのに気が付いたのです。普段すっごく明るい桜花ちゃんが、涙を流している事に思わず動揺しちゃいました。
ベロン、ベロン
「うわ! ちょ、トッコ、顔中べたべたになっちゃったじゃない」
犬や猫と違ってお馬さんは顔が大きいのです。必然的に舌も大きくて長いので、涙だけ舐めるなんて器用な事は出来ないです。ただ、桜花ちゃんは泣き止んでくれたのでこれで良かったのかな?
甘噛みで桜花ちゃんをガジガジするよりは様になる・・・ような気がします。
「走らなくてもトッコなら乗馬でも行けると思うから、だから怪我だけはしちゃ駄目だからね。無事に帰って来るんだよ!」
「ブヒヒ~~ン」(うん、頑張る!)
今の私で何処まで頑張れるかは判んないから、まずは厩舎の人達にも愛想を振りまくのです! みんなから可愛がってもらえれば、多分走れなくても何とかなる?
この後も私は桜花ちゃんにブラッシングしてもらいながら、キャッキャウフフのアイドルになる為の方法をあれやこれや考えるのでした。
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