相互補完(クラウド)エピローグ

 気がつくと、ワタシの意識は天地創造クイーンと出会ってから50年後の現代に戻っていた。

 天地創造クイーンが館の外からぼんやりと空を見ている。


相互補完クラウド、アタシも近藤くんの葬儀に行きたかった」


「無理ですよ。浮気相手が葬儀に行くなんて不謹慎ですよ」


「大丈夫よ。アタシは世界で一番彼を愛した女よ」


「そうですね」


 天地創造クイーンは少女のような無邪気な笑みをワタシに見せた。この笑顔はワタシにむけているのですか? それとも死んだ支配人にですか? その答えは天地創造クイーンの中にしかない。


「近藤くんの力を借りても計画は成功できなかったわね」


「はい」


 いや、正確には計画は実行できる機会はあった。

 だけど、マリアさんは誰かに子孫繁栄ドローンを押しつけることが出来なかった。自分と同じ苦しみを与えたくないという罪悪が勝ってしまい、子孫繁栄ドローンが誕生しても何もしなかった。

 子孫繁栄ドローン)は特殊な異能力アビリティである。

 この異能力アビリティ異能力者サーヴァントに誰も鳴らなかった場合は2週間で自然消滅する。

 これは雄蜂の寿命が2週間しかないという特性が反映されているようだ。50年間で子孫繁栄は5回は現れた。その機会を活かすことが出来ず、天地創造クイーンは未だに地獄から抜け出せずにいる。


天地創造クイーン


「ありがとう。相互補完クラウド


「あなたを異能力アビリティを産み出す地獄から救うには子孫繁栄ドローンが必要です。

 だから、次に子孫繁栄ドローンが現れたら……」


「うん。わかっている」


「ワタシは必ずあなたを地獄から解放します!」


 ワタシは天地創造クイーンに計画遂行を宣言するように右手の甲に口づけをして天地創造の控え室を後にする。


***


 天地創造クイーンとの話を終えたワタシは館の大広間でパソコンを立ち上げる。パソコン画面には天地開闢スキルマーケットの問い合わせ窓口が表示されている。

 今日もたくさんの人間クズから異能力アビリティの問い合わせで溢れかえっている。


 楽して金持ちになりたい! 楽してモテたい! 楽して好きな仕事をしたいなど。どれも下らない内容ばかりで吐き気がする。

 ワタシはやり場のない怒りを思わずテーブルにぶつけてしまう。

 奴らは楽して人生を変えたい、どうしようもない連中ばかりだ。

 先日、消えた他力本願カッコウ寄生事実ルパラサイトが典型的な例だ。


「まぁ、ここに来る人間なんてそんなものか」


 そういう連中の方が異能力アビリティを押しつけるには打って付けだ。不要な異能力アビリティを産み出すことで目的である子孫繁栄ドローンを引き当てられる。


「早く子孫繁栄ルドローンを誕生させねば……」


 ワタシは焦っている。ワタシがこの世にいる間に、この計画を実行しないといけない。天地創造クイーンのためにも。

 天地創造クイーンは優しい方だ。何度も自分が地獄から抜け出せるチャンスはあったのに。いざ、その機会が訪れると躊躇してしまう。


 天地創造クイーンにとっても辛い決断かもしれないが、次のチャンスを逃すとワタシは恐らくこの世にいない。

 そうなる前にケリをつけなければならない。


 そのためにもっと異能力者サーヴァントを増やさなくては。

 子孫繁栄ドローンを産み出して天地創造クイーンを他の女に押しつけなくてはいけない。

 残念ながら、産まれる異能力アビリティを操作することは出来ない。まさに天からの授かり物。

天地創造クイーンには申し訳ないが、子孫繁栄ドローンが産れる確率を上げるためには多くの男のとの行為が必要だ。

 ワタシも協力はするも最後に子孫繁栄ドローンが姿を現したのは10年前だ。今まで10年周期で誕生しているから、この10年間が勝負になる。


 ワタシは監視体制プライベート・アイがまとめてくれた異能力者サーヴァントのリストのチェックをする。

 近年は他力本願カッコウ寄生事実パラサイトなど比較的に誕生しやすい異能力アビリティばかりだ。

 それに四神相応カルテットだと油断できない。

 監視体制プライベート・アイもワタシが相互補完クラウドを手に入れてからも何回も変わっている。


 今の彼女になってからは長いかな。因果応報キラー意図電話テラーも未だに継続している。

 今の四神相応カルテットは歴代の中で優秀だ。


「1人を除いては……」


 ワタシは四神相応カルテットのメンバー表を眺めながら、ため息を漏らす。

 不安要素は因果応報キラーである。因果応報キラーだけがワタシのことを敵視している。言動や態度で分かる。あまり思い通りに動いてくれない。まさに曲者ジョーカーだ。


 だが、曲者なりに良い働きをしてくれる。ワタシ達が産み出した異能力者サーヴァントによって世界の均衡が乱れる可能性がある。

 その抑止力として因果応報キラーは必要だ。だが、因果応報キラーがワタシと手を切ることはない。ワタシも持っているからだ。因果応報キラーを服従させるための切り札を。


 純粋無垢パフューム因果応報キラーが探している異能力者(サーヴァント)。純粋無垢パフュームの居場所を知りたい因果応報キラーはワタシに逆らう事が出来ない。


 不要な異能力アビリティばかり増えても困る。これ以上、ワタシも同族を増やしたくはない。

 子孫繁栄ドローンよ、早く姿を見せろ!

 お前のせいで天地創造クイーンは苦しまなければいけないんだ。


***


 アタシが仕事を終えて館の大広間に戻ると、相互補完クラウドがパソコンと睨めっこしている。恐らく、新しい異能力者サーヴァント候補の問い合わせを見ているのかな。

 声をかけれそうな雰囲気ではないわね。アタシは静かにソファに腰を下ろした。


 相互補完クラウドなんて怖い顔をしているの。昔のあなたは、もっと可愛い笑みを見せてくれたわ。アタシと初めてを経験した時の顔なんて、可愛くて忘れられない。それが今じゃ獰猛な番犬のようだわ。こんな恐い表情で働くあなたに変えてしまったアタシが言えた義理じゃないわね。ごめんなさい。

 相互補完クラウド。いえ、檜山。アタシは知っている。

 あなたがアタシに特別な感情を抱いていることを。一生懸命に隠しているつもりだけど、バレバレよ。自分の気持ちを抑えることが上手いあなたらしくないわ。


 そんなにアタシが欲しいの? 体はあげたじゃない。それだけじゃ満足できないの? わがままな子。ごめんね、アタシの心はあの人のものだから。


 アタシは大広間の窓越しに空を見上げる。

 近藤くん。アタシは生涯で、あなた以上に愛する男はいないわ。

 これからも。今まではアタシと同じ苦しみを誰にも与えたくないと思って子孫繁栄ドローンが産まれても躊躇していた。


 だけど、あなたがいない世界でずっと生きている意味がない。

 次に子孫繁栄ドローンが産まれたら、迷わず誰かに押しつけて新しい天地創造クイーンになる女と行為をさせる。

 

 そして、地獄に行ったアタシと2人で幸せに暮らしましょう。

 もしかしたら、近藤くんは天国にいるの?

 近藤くんは優しいから地獄でアタシのことを待っていてくれているよね。信じている。


 そのためにも檜山、頑張ってね。

 アタシは、これからもあなたを利用する。あなたを拾った50年前と変わらずに。あの出会いは、アタシ達にとっても運命だった気がする。家出少年という死んでも誰も困らない人間なら、相互補完クラウドを押し付けるならもってこいだと思った。


 しかも、アタシに恋心を抱いている子なら尚更。これを利用しないなんて勿体ない。だから、アタシはあなたに相互補完クラウドを与えた。そうしたら、あなたは思った通りに異能力者(サーヴァント)を増やしてくれた。

 四神相応(カルテット)だって、ちゃんと仕切ってくれて本当に使える子。


 あなたを相互補完クラウドに選んで良かったと心の底から思うわ。あなたのおかげで、アタシは地獄で近藤くんと再会出来そうね。


 ねぇ、檜山。あなたは、まだアタシのことが好き?

 あなたに対する気持ちが微塵もないアタシを抱けて満足している?

 もし、そうならやめておきなさい。アタシを愛しても幸せになれない。

 いや、もう十分不幸よね。それを承知でアタシに尽くすなんてバカな男。あなたはもう50年もアタシみたいな女と過ごしている。今更普通の女の子と恋愛なんて出来ないわよね。あなたは歳を取り過ぎた。


 だけど、安心して。あなたを心から愛してくれる人は、すぐ近くにいるわ。

 もう気づいているんでしょう?

 アタシのように、あなたはその子を利用している。アタシを地獄から解放するために。


天地創造クイーン様、次のご予約のお客様がお着きです」


「アイちゃん、ありがとう。すぐに行くわ」


 相互補完クラウドのことを純粋に愛するアイちゃんがアタシを呼びに来てくれた。あの子と一緒になることがあなたにとっての唯一幸せになれる道よ。

 

 だけど、子孫繁栄ドローンが産まれるまではアタシのために働きなさい。


 アタシは、あなた達を奴隷のように使う悪女マリア

 そして、アタシも異能力アビリティに虐げられる奴隷の1人。

 早くみんなで異能力アビリティの支配から解放されましょう。


 アタシも子孫繁栄ドローンを産み出すため、男を抱きに向かう。


***


 天地創造クイーン様を常連のお客様の元へとご案内し終わると、わたしは館の大広間に戻って相互補完クラウド様と向かい合わせに座ってパソコン作業を開始する。


 パソコンを巧みに操作している相互補完クラウド様の姿をずっと見ていた。この方以上に私の心を動かす存在は現れないだろう。

 あと、天地創造クイーン様。わたしは知っています。あなたが相互補完クラウド様の好意を利用している悪女だということ。

 そして、わたしが相互補完クラウド様に利用されていることも。

 承知の上でわたしは、あなた方に協力しています。正確には相互補完クラウド様にですけど。


 お二人はわたしを蚊帳の外にしているつもりかもしれませんが、全て知っていますよ。わたしは監視体制プライベート・アイ

 全ての異能力者サーヴァントを見張る女。もちろん、お二人だって監視対象ですよ。

 でも、いいのです。相互補完クラウド様にとってわたしが役に立つ。利用価値があれば、あの方の側にいられる。私はそれだけで幸せ……なんて処女のような想いではありません。


 わたしは簡単には諦めません。あなたから相互補完クラウド様を奪い返してみせます! あなたがどれだけ相互補完クラウド様の心に住ついていても追い払ってやります。


 わたしは2階で仕事中の天地創造クイーン様に宣戦布告をしながら、パソコン作業をする。


 わたしにとって相互補完クラウド様は生きる全て。彼のおかげで、わたしは生きる意味を持てたのだから。

 相互補完クラウド様、覚えていらっしゃいますか?

 あなたは忘れているかもしれませんが、わたしは覚えています。

 ちょうど5年前、あなたがわたしを救ってくれたのですよ。

 あの地獄から。

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