⑫変わらない主従関係

「では、マリアさん行きましょう」


「そうね、檜山さん」」


 ワタシが天地創造クイーンの勤務する風俗店の黒服として働いて長い時間が過ぎた。

 ワタシはもう店の古株の一員。随分と歳を取ってしまった。

 キャスト部屋の鏡に映るワタシは完全なおじさんだ。

 白髪も増え始めて顔に少しシワまで現れ始めている。

 天地創造クイーンの隣にいても恥ずかしくないように肉体の鍛錬は怠っていないおかげで贅肉もつけずに二十代と同じ体型を維持できている。


 ワタシは相互補完クラウドになってからも天地創造クイーンと一緒に住んでいる。天地創造クイーンの提案で一緒の方が計画を進めやすいからと言ってくれた。

 ワタシはお言葉に甘えて同居させて頂いている。


 相互補完クラウドになっても天地創造クイーンとの肉体関係を続いている。

 ワタシは天地創造クイーンしか女性を知らない。

 だけど、天地創造クイーン以上の女性を知らないし、彼女以外を知りたいという気持ちは全く芽生えない。


 彼女と一つになれる権利を頂けているなら、相互補完クラウドの生活も悪くない。だけど、歳を取ったせいで昔よりは出来なくなっている。それは悲しいと思いながら、自然の性に逆らえないのだと自分に言い聞かせている。

 これだけ素晴らしい関係を築けているワタシだが、たった一つだけ物足りなさを感じている。


「マリア!」


「近藤くん?」


「支配人!?」


 ワタシ達がいるキャスト控え室に支配人が慌ててやってきた。

 支配人が店にやって来ることなんて、ほとんどない。

 何かよっぽどのことがあったのか!?


 支配人の突然の登場にワタシは驚きと同時に嫉妬心が生まれた。

 今の生活での唯一の不満の根本が支配人である。

 この店も天地創造クイーンの紹介で入ることが出来た。おかげでワタシはこの店の店長まで上り詰められた。


 だけど、ワタシが納得できないことが一つだけある。それは支配人と天地創造クイーンの愛人関係が継続中であること。

 ワタシが2人と出会う前から続いている愛人関係は続いているも、体の関係は終わっているという噂も聞く。事実確認は出来ていないが、支配人の男性は機能しないらしい。


 それだと天地創造クイーンを満足させることは不可能のはず。

 天地創造クイーン禁止事項タブー異能力アビリティを産み続けないといけない。そのために大量の精子オスが必要だ。オスが機能出来るワタシもその一部である。


 だけど、支配人は別である。肉体的に繋がることが出来ないはずなのに、天地創造クイーンと関係を持てている。

 彼女は彼を愛している。2人は心で繋がることが出来ている。 

 今のワタシが1番欲しいものだ。最初は彼女の肉体と繋がられて満足していた。だけど、回数を重ねる毎に天地創造クイーンの心をワタシが手に入れることが出来ない。


 今の彼女の心は支配人のもの。支配人から天地創造クイーンの心を奪うことが出来ない。

 それだけがワタシの不満である。


「どうしたの? もう常連のお客様が来る時間よ」


「ちょっと話がある。檜山、キミも来てくれ」


「ワタシもでしょうか?」


 天地創造クイーンだけではなく、なぜかワタシまで呼び出しを食らった。支配人は何か勘づいているのか? ワタシと天地創造クイーンが体の関係にあることを。

 もし、バレたらクビを切られるだけで済まないだろう。

 支配人はキャスト控え室のドアに鍵をかけて外から誰も入れない状況を生み出す。


「マリア。キミはいつまでも美しい。僕がキミと出会った頃のままだ」


「ありがとう」


「40年前と……全く変わらないね」


「そうね」


「薄々気づいていたけど、キミには何か特別な力でもあるのかい?」


 天地創造クイーン自身のことか。ワタシとの肉体関係がバレていないことに安心感を覚える。だが、天地創造クイーンが人間として異形なことに支配人は気づいている。

 もう隠すことは出来ない。天地創造クイーンと付き合いの長い支配人なら、気づいても当然か。天地創造クイーンは支配人と出会った頃を含めて40年近く見た目が全く変わっていない。

 

 もちろん、ワタシと出会った30年前と何も変わっていない。

 ワタシも異能力アビリティの存在を知るまでは何か若さを保つための努力をしているのだと思った。

 だが、彼女は特に何かをしている様子はない。

 

 相互補完クラウドになって、その真相を知ることになった。

 天地創造クイーン異能力アビリティを産み続けるために異能力者サーヴァントになってから歳を取らず死ねない。つまり不老不死になる。


 新しい天地創造クイーンと異能力の源である子孫繁栄ドローンを産み出すまでは永遠に異能力アビリティを産み続ける地獄は終わらない。


 勘の良い支配人が異能力アビリティの真相に近づくも天地創造クイーンは無垢な少女のような笑みを見せた。


「あるって言ったら?」


「何もないよ。キミはキミだから」


「そう」


「でも、お店にずっと置けない」


 え? それは困る。ここは天地創造クイーンにとってなくてはならない場所だ。彼女の異能力アビリティ禁止事項タブーを回避するためには大量の男の精子が必要だ。その問題を解消出来る店でもある。


 それに天地創造クイーン目当ての常連客もかなりの数いる。

 店にとっても彼女を手放すことはマイナスのはず。支配人ほどの頭が切れる人間がそんな選択をしないはず。


「どうして?」


「キミがもう40年近く全く見た目が変わっていないことを怪しんでいるスタッフがたくさんいる」


 ワタシがスタッフに根回しをして天地創造クイーンが働き続けるように誤魔化していた。やはり限界であったか。40年も老いることのない人間など存在はしない。

 店のナンバーワンもいずれは老いて店を去るもの。だけど、天地創造クイーンは40年近く不動のナンバーワンの座につき続けた。


「今流行っている美魔女っていうことに出来ない?」


 天地創造クイーンは真面目な顔をして空気が読めない発言をする。


「厳しいな」


「そうよね。だったら、熟女系のお店に移る?」


「それは逆効果だ。キミはどう見ても二十代の女の子にしか見えない。熟女系のお店に行ったら、働いているキャストの反感を買ってしまう」


「そうね。それは働いているキャストさんのプライドを傷つけてしまうね」


 もう、ここまでか。ワタシは天地創造クイーンの居場所が失われる覚悟をした。


「だから、キミのお店を作ろう」


「え?」


 天地創造クイーンの店を作る?

 予想外の発言にワタシは面を食らってしまった。

 まさか、こんな形で新たな天地創造クイーンの居場所が生まれるなんて。


「この店のような風俗街ではなく、隠れ家的なお店はどうだい? 知る者だけが来れる会員制のお店だ。金を持った紳士だけしかキミに触れられない。キミの魅力なら、彼らはいくらでも使うさ。キミもその方が都合が良いじゃないか?」


 支配人は我々に配慮した条件の店を提示してきた。

 確かにその条件なら、今よりも質の良いお客様と天地創造クイーンが行為を出来る。

 支配人はそこまで計算をしていたのか!?


「さすが近藤くん!」


「店はキミの好きにしていいよ! 資金は僕に任せて」


「どうして? あなたがオーナーにならないの?」


「僕はキミのおかげで十分に稼がしてもらった。今度は僕が返す番だ。いくら掛かっても良い。キミが働きやすいお店を作りなさい」


「近藤くん……ありがとう!」


 天地創造クイーンは嬉しさを抑えきれず支配人に抱きついた。

 支配人は天地創造クイーンの頭を自分の娘をあやすように撫でた。 


「檜山!」


 支配人は彼女をゆっくり解くと、ワタシの元にゆっくりと近づく。


「はい」


「僕は知っているよ……キミ達の関係を」


 え!? バレている! 支配人は去り際にワタシの耳元で囁いた。

 どこでバレたんだ!? もしかして、天地創造クイーンが支配人に言ったのか?


「ありがとう」


「え?」


「キミも知っているだろうけど、彼女は普通じゃない。異常に行為を求めてくる。仕事だけじゃ彼女を満足させることが出来ない。本当は僕がしてあげたかったんだけど、僕じゃマリアを満足させられないんだ」


 支配人は自分の股間を見下ろしながら、寂しそうに呟いた。

 やっぱり、あの噂は本当だったんだ。


「だから、マリアの相手をしてくれるキミには感謝している。だけど、キミもそろそろ厳しいだろ?」


 ワタシは言い返すことが出来なかった。天地創造クイーンの体に不満は全くない。だが、ワタシのオスは前より反応が悪くなっている。

 薬も服用しているが、それでも1日1回が限度である。


「キミへの負担も抑えるために、新しい店はマリア専門店にしたら、どうだ?。そうすれば、、新しいキャストも必要ないから今回のような問題も起きない」


 支配人は天地創造クイーンに配慮した最高の店の構想をワタシに提案してくれた。確かにその店なら、彼女にとって得しかない。

 そこまで彼女を想える懐の深さにワタシは完全敗北した気分になった。


「檜山、マリアを頼むよ」


「か、畏まりました!」


 ワタシは支配人に頭を下げることしか出来なかった。屈辱だが、これが天地創造クイーンのためだと自分に言い聞かせた。

 ワタシは異能力者サーヴァントにまでなって、マリアさんの体を手に入れた。だけど、彼女の心は手に入れることは永遠にないだろう。


 どこまで行っても奴隷止まり。ワタシは自分自身の惨めさを感じながら、天地創造クイーンを常連客の元へとご案内した。

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