⑨女神様との禁断関係


 オレがマリアさんの部屋に居候して一年が過ぎた。

 今はマリアさんが働いている風俗店の黒服として働いている。

 就職先も見つかってマリアさんの部屋を出ようとするも「これからたくさんお金が必要になるから貯めなさい」とオレはまだ部屋に置いてもらっている。


 嬉しい反面、マリアさんに恋するオレにとって辛い状況でもある。

 好きな人が手の届く距離にいるのに手が出せない。

 なぜなら、マリアさんが支配人の愛人だから。

 店で誰もその話題には触れないが、この噂を知らないスタッフは誰もいない。「マリアちゃんは支配人とデキているらしいぞ」、「支配人はあの巨乳で楽しんでいるんだろうな」など根も葉もないものばかり。


 マリアさんはそんな安売り女じゃない。オレは信じたかった。

 だけど、オレは知りたくもない事実を目の当たりにした。

 オレが勤務を終えてマリアさんの部屋に帰ろうとした時、ホテル街で支配人とマリアさんがキスをしていた。


 マリアさんは支配人の女なのか。

 いや、マリアさんがそんな女じゃない。オレは自分が思い描く理想のマリアさんを汚さないために現実から目を逸らす。


 きっと支配人に脅されているんだ。そうでもなければ、マリアさんが風俗嬢になんてならない。風俗店はマリアさんのような女神様がいて良い場所ではない。


 そんなことを考えながら、オレは部屋でマリアさんお手製のご飯を食べていた。今日の献立は豚肉の生姜焼きであった。マリアさんは料理が上手くて彼女が作るものは何でも美味しい。


「檜山くん、美味しい?」


「はい、美味いです! マリアさんは料理上手ですよね」


「もう、褒めても何も出ないよ」


 オレ達は食事を食べながら、テレビを見ていた。

 恋愛ドラマだった。男女がお互いに欲望を語り合う場面になってオレは思わず目を逸らした。マリアさんは表情一つ帰ることなく、ドラマを見ていた。毎日のように男から求められるマリアさんにとって、こういう場面は仕事と変わらないのか。そんなことを想像しながら、オレはご飯を食べ続けた。


「ねぇ、檜山くん?」


「何ですか?」


「今、好きな人いる?」


 マリアさんの突然の質問にオレは思わず咽せてしまった。

 そんなオレをマリアさんはからかうように笑った。

 もし、オレが何の迷いもなく答えるならこう伝えるだろう。

 あなたです。

 だけど、それを言う勇気がオレにはなかった。


「ごめんね。変なこと聞いて、チャンネル変えようか」


 マリアさんは部屋の気まずさを取り払うようにテレビのリモコンでチャンネルを変えた。

 その隣でオレはマリアさんの横顔を見ていると、自分の欲望が急に目覚め始める。マリアさんをオレのものにしたい。支配人から奪いたいと。

「マリアさん!」


「どうしたの?」


「オレ、マリアさんが好きです」


 オレは初めて女性に告白をした。

 胸の鼓動と欲望を抑えきれなくて、つい口にしてしまった。


「ありがとう。でも、アタシはやめた方がいいよ」


「支配人の女だからですか?」


「知っていたんだ」


 しまった。オレは勢いに任せ支配人との関係を口にしてしまった。

 言うつもりはなかったのに。


「すみません、今日たまたま見ちゃって。2人が……キスしているところを。でも、オレはそれでもマリアさんのことが好きです」


「ありがとう。でも、アタシは、きみが思っている良い女じゃないよ。自分のためにたくさんの男の人を騙して利用する悪女だよ。近藤くんだってその1人だよ。それにアタシを愛すると不幸になるよ」


「オレはマリアさんの力になりたい」


「本当? じゃあ、一緒に地獄でも付き合ってくれる?」


 マリアさんが言っている意味が理解できなかった。オレをからかっているのか? いや、マリアさんの顔は真剣そのものだ。


「はい」


「じゃあ、アタシをあげる」


「え!?」


 マリアさんはイタズラを思いついた少女のような笑みを浮かべてオレにキスをした。マリアさんとキスが出来た。しかも、オレのファーストキスを。マリアさんに唇を奪われたオレは初めても奪って欲しいという欲求を抑えきれず、マリアさんを思いっきり抱きしめた。


 オレは女神様と一つになった。

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