⑧地獄の女神マリア様に恋する奴隷


 オレが風呂から上がると、テーブルの真ん中に大きな土鍋が置いてあった。マリアさんがフタを開けてくれると、一気に湯気が広がり土鍋の中身を一瞬隠した。湯気が晴れていくと、中にはおかゆが入っていた。 米と卵とネギというシンプルなものであった。

 

「ガッツリ系が食べたいと思うけど、いきなりたくさん食べると体がびっくりしちゃうから。まずは胃への負担が少ないおかゆから食べよう」


「ありがとうございます」


 マリアさんはスプーンでおかゆを一口分すくってくれた。

 そして、息を吹きかけておかゆの熱を冷ましてオレの口元へと運ぼうとする。


「はい、あーん」


「だ、大丈夫ですよ。自分で食べられます」


「いいじゃない、減るもんじゃないんだから」


 マリアさんの勢いに押されたオレは、マリアさんに「あーん」してもらったおかゆを一口食べた。うまい。こんな美味いものは久しぶりだ。

 マリアさんが作ってくれたおかゆが体に染みていく。


「うまいです」


「お口に合って良かった。さぁ、もっと食べて」


 オレはマリアさんが作ってくれたおかゆの美味しさと温かさを噛みしめた。


 マリアさんが作ってくれたおかゆを食べ終えると、オレはマリアさんのベッドの上で横になっていた。2年ぶりに満足のいくご飯が食えると、体が重くて動けなかった。食事と風呂を借りた代償として茶碗洗いでもしなくてはという罪悪感が過るもマリアさんがやってくれた。


 これが家庭ってやつなのかな? オレは家事全般をやらされていた。母さんも一通り出来るはずなのだが、父さんの命令でほとんどオレに押しつけていた。

 家事をやらなくて良いということがこんなに新鮮に感じるなんて。


「檜山くん、家出したの?」


 マリアさんが台所で茶碗洗いをしながら、オレに訊ねる。

 オレはなんて答えようか迷うと部屋が沈黙に包まれる。

 台所からマリアさんが食器を洗う音だけが部屋中に響く。


「そっか」


「すいません」


「言いたくないなら、いいよ」


「オレ、すぐにここを出ますから」


「ずっといなよ」


「それは……」


「そっか。知らない女とずっとは厳しいか。でも、アタシ1人じゃ心細いから檜山くんがいてくれると助かるな」


 マリアさんはオレを弄ぶような言い回しをしながら、台所に立っている。こんなキレイな人にそんなこと言われて喜ばない男なんていない。


 だけど、オレみたいな浮浪者があなたと一緒にいちゃいけないんだ。

 頭では理解できているけど、オレはマリアさんのことが気になっている。もちろん、男を惑わす体型から出ている大人の魅力もあるけど、少女のように無邪気な一面という両極性が男心をくすぐる。


 オレは人生で初めて恋をしたようだ。

 この恋がが地獄の入り口となろうとは、オレはまだ知らない。

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