⑥暗闇に舞い降りた女神(マリア)

不労者生活を続けている間に、オレは二十歳を迎えていた。アイツから逃げて2年が過ぎたんだ。警察に保護されることなく、家に連れ戻されることもなかった。

 

 アイツもオレがいなくなって清々したのかな。母さんも愛する父さんと二人きりになれたら、オレなんてどうでも良くなったのかな。


 やっぱり、オレの居場所はあそこにはなかったんだ。

 オレは生きるための仕事を求めて夜繁華街へと足を進めていた。

 外灯の光に集まる虫のようにオレはネオン輝く繁華街へ引き寄せられていた。


 腹が減った。以前不労者に教えてもらった炊き出しも景気悪化の影響で行われなくなった。日本にとってオレ達みたいな敗北者が死のうと関係ないのか。


 空腹に耐えられなかったオレはその場に倒れてしまった。


「何しているんですか!? どいてください! あなた、大丈夫?」


 誰だ? 誰かがオレに声をかけてくれている。こんなゴミみたいな人間のオレに。遠のく意識の中で、オレの目を疑う光景が飛び込んできた。

 女神がいた。比喩でもなんでもなく、20年の人生でこんな美しい女性は出会ったことがない。そんな女神がオレを抱きかかえてくれていた。 栗色の長い髪からハチミツのような甘い香りがした。オレとは住む世界が違う女神がお迎えに来てくれたのか。

 死ぬ前に良い夢が見れた……いや、夢じゃない。


 意識が戻ると、その女神は現実の存在であることに気づく。オレはコジキのような身なりの自分が恥ずかしくて彼女から逃げようと、もがき始める。


「動かないで! 今、救急車を呼ぶから……」


 女神はカバンから携帯電話を取り出して救急車を呼ぼうしていた。

 救急車? まずい、そんなことをされたら警察へ情報が伝わる。

 そうなったら、アイツが現れるかもしれない。


 オレは彼女に目で必死に訴えた。救急車を呼ばないでくださいと。


「わかった。立てるかな?」


 彼女はオレの意志をくみ取ってくれた。

 オレは大丈夫とゆっくり頷いて彼女の肩を借りてゆっくり立ち上がった。


「きみ、名前は?」


「ひ、檜山です」


 オレは朦朧とする意識の中で自分の名前を名乗った。

 捨てたはずの父さんの名字を。

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