③自由の味は無糖(ブラック)だ
父さんから解放されたオレは蹴られた溝うちを押さえながら、ベッドの上で横になっていた。
痛い。もしかしたら内蔵をやられたかもしれない。アイツ、手加減ということが出来ないからな。自分の欲望が満たされることしか頭にない。それが出来たらお構いなし。オレがどれだけ苦しもうとも何も思わない。こんな常識がない人間がオレの父親だと思うと吐き気がする。
オレは頭の中で自分の人生に対する自問自答を小説の文章のように羅列する。
このままで良いのか? あんな奴に人生をめちゃくちゃにされて。この状況をいつまでも受け入れるのか?
ここで動かないと、人生を捨てることになる。
どうする。オレは状況打破のために考えられる可能性を出した。
児童相談所に通報する。
いや、お役所に通報したところで何も変わらない。あの人達は自分達が正義の味方と宣言しているのに行動が遅すぎる。オレが通報して重い腰を上げて動き出した頃にオレはこの世にいないかもしれない。
やっぱり、父さんを殺すしか……いや、どうしてオレがアイツを殺すんだ。そんなことをしたら、オレの人生はめちゃくちゃになる。
まさに八方塞がりだ。
生命は生まれた瞬間から選択の権利を奪われている。親を選べないことがその一つだ。もし親を選ぶ権利をもらえるなら、オレはこの両親を絶対に選ばなかった。こんな人生で戦わせようとする神様をオレは恨む。
「この家を出よう」
真っ向勝負を挑んでもオレが死ぬ運命は変えられない。だったら、戦う舞台を変えるために戦線離脱しよう。どこに行こう。祖父を家はどうだろう。いや、母さんに伝えられるのオチだ。そうなれば、無理矢理家に連れ戻されて父さんの怒りを買って暴行されてしまう。
誰も頼ることが出来ないなら、この街から逃げよう。オレは息を殺しながら、ベッドからゆっくり起き上がった。
ここから逃げられたら、オレは自由になれる。
父さんと母さんの寝室から2人の寝息が聞こえる。どうやら、完全に眠っているようだ。オレは泥棒になった気分になりながら、そっと玄関のドアを開けて家を出た。
心音がバクバク鳴っている。オレは足音を出さないようにゆっくりとアパートから離れた。誰も後を追ってこないことを確認すると、オレは逃亡者のように走った。父さんに追われないように必死に逃げた。
***
オレはアパートから30分離れた電車の駅に到着した。
走ったことによって息が吸いづらい。
はぁはぁと切れ切れになる息づかいを少しずつ整え始める。
ゆっくり振り返るもオレを追いかけてくる者は誰もいない。
「逃げられた……」
オレは父さんから逃げることが出来た。嬉しさよりもあまりにも簡単に逃げられたことに現実味を感じなかった。
もしかしたら、父さんがオレを安心させきってから、どこからか現れるんじゃないかという不安が頭が埋め尽くしてくる。
でも、今は誰も追ってこない。どうやら、オレは父さんの呪縛から逃げられたようだ。
これから、どうするか。思わず計画的ではなく突発的に行動してしまった。まさか父さんから逃げられると思っていなかったから、逃げ切れてからのことなんて全く考えていなかった。
「まぁ、いいか」
今は未来への一歩が踏み出せた喜びを噛みしめよう。
「寒い」
真夜中の冷え切った空気が孤独なオレの体を芯から冷やし始める。
何か温かいものを飲むか。オレは辺りを見渡すと、ちょうど自動販売機が目に入った。ほとんどが冷たい飲み物ばかりだが、温かい飲み物が数種類だけあった。
だが、温かい飲み物はコーヒー系しか揃っていない。オレはコーヒーが全く飲めない。そんな贅沢を言っていられる状況ではない。このまま凍え死ぬくらいなら、コーヒーに恩でも売っておこう。
オレは自動販売機に小銭を入れてホットコーヒーのボタンを押した。
出てきた缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
「にが……」
自由の味は
こんなマズいものをいつも大人は美味しそうに飲んでいる。
オレは大人との価値観の違いを
50年後には、この味が好きになっていることをオレはまだ知らない。
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