②霧に隠された真実

「ただいま」


 おかえりという言葉が帰ってこない。まぁ、いつものことだから気にする必要はないか。

 オレが家に帰ると、父さんは茶の間で横になっていた。

 母さんはキッチンで夕飯の準備をしていた。


「おい、帰りが遅いじゃねぇか!」


「先生の呼び出しがあったんだよ」


「何か問題でも起こしたのか?」


「何もないよ」


「何もないじゃねぇだろ!」


 オレは何気ない返答をしたつもりだが、父さんの気分を逆なでてしまったのか突然溝うちを蹴られた。

 あまりの痛みにオレはその場に蹲ってしまう。

 また始まったか。自分の都合の悪いことがあると、いつもそうだ。

 父さんはオレを攻撃することでストレス発散をする。

 母さんはオレが父さんから暴力を受けているのを知っていながら、見て見ぬフリをしている。


 母さん、助けて。オレは叫びたかったけど、助けてくれないのは分かっていた。母さんは自分に火の粉が飛んでくることを恐れて、オレを助けようとしてくれない。

 こんなやり取りをもう10年は続いている。

 父さんは、もう仕事をしていない。仕事も出来ない。社内の人間に暴力を振るう。女性社員に性的暴行。もう犯罪者予備軍としか言えない人間であった。


 そんな父さんが法治国家の日本で捕まらないで生きていられるのは、母さんのおかげだ。いや、母さんの父親であるオレの祖父のおかげである。

 母方の祖父は有名企業の会長を務めている。母さんの弟が社長を引き継いで会社を運営している。娘の夫である父さんに会社の役員の地位を渡そうと思ったが、人間失格の父さんを会社に入れることは不利益しか生まない。


 だけど、そんなダメ人間の父さんに母さんは恋してしまった。

 路頭で迷っていた捨て犬のような父さんを母さんが介抱したことを切っ掛けに交際が始まったらしい。母さんがオレに教えてくれた馴れ初めだから半分は妄想に近いと思う。


 オレの中で生まれた結論はこうだ。

 恐らく母さんの実家が金持ちと知って弱みを握れると思った父さんは祖父の実験をフル活用した。母さんの実家の会社の下請け会社で働けるように祖父に圧力をかけたようだ。

 下請け会社は親会社に逆らうことが出来ず、使えない父さんを仕方なく採用した。

 しかし、あまりにも父さんが社会人として機能しなさすぎたため、下請け会社の社長から祖父の会社に苦情が上がった。

 父さんを採用し続けなければいけないなら、あなたの会社との取引を中断したいと言われた。


 その下請け会社を失いたくない祖父は父さんを別の会社に出向させる決断をした。父さんは祖父のコネを利用して様々な会社を転々としたが

、結局クビになることを繰り返していた。


 子供の頃、祖父が二人きりの時に話してくれた。

 母さんに父さんとの離婚を勧めるも、なぜか母さんは拒否されたと。

 理由は父さんを愛しているから。

 でも、祖父は父さんを恐れていた。こんなクズ人間のせいで、代々続いている会社の名前と信用を傷つける分けにはいかない。

 祖父は父さんが母さんを愛していないことを知っていた。だけど、母さんの戸籍を傷つけたくないし、母さんも頑なに離婚を拒否している。 

 祖父に残された道は父さんを飼い慣らすこと。


「もう、キミは働かなくてもいい。必要なものは全て用意する」


「ありがとうございます。お義父さん」


 父さんもその言葉を待っていました言わんばかりに二つ返事で了承したらしい。


 本当にこの人は人間のクズだ。そんな男の血がオレの中に半分流れていると思うと吐き気がする。


 オレは父さんに蹴られながら、そんなことを考えていた。


「あぁ、イライラする。おい、酒」


「はい」


 オレを使った家庭内暴力あそびに飽きた父さんは母さんに酒を出すように要求する。母さんはオレに駆け寄ることなく、父さんに出す酒を優先した。

 虫の息のオレは死んだ魚の目をした父さんを見上げていた。

 どうして、こんな男が許されているんだ。母さん、オレよりもこのクズ人間の方が大事なの? 恐らく、父さんの子供じゃなければ母さんは育児放棄をしていたに違いない。


 このまま、ここにいたらオレの未来はない。

 オレの中で父さんへの殺意が芽生える。


「ぜ、絶対に殺す」


 オレは虫の息で父さんへの殺意を口にした。

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