⑩マリア様の再就職

「近藤くん」


「どうしたの?」


 いつものホテルのベッドでアタシは近藤くんの腕枕の中で囁いた。

 近藤くんは、アタシが急に緊張感のある声色で話しかけてくるので、何事かな?って顔をしている。

 だけど、お互いホテルのガウン姿なのもあってアタシは思わず笑いそうになった。

 今、言わなくちゃ。アタシは決心を固めて彼に思っていることを伝えることにした。

 

「アタシ、近藤くんと別れたい」


 近藤くんに別れ話を切り出すも、彼はアタシの話を他人事のように聞いている。

 きっと実感が湧かないのかもしれない。

 アタシ達は付き合ってから愛し続けた。近藤くんは浮気がバレた時の破滅というリスクを顧みず、アタシと愛を確かめ合った。

 

 そんな彼だけど別れなければいけない。そうしないとアタシがおかしくなってしまう。

 アタシは近藤くんが好き。人間としても。もちろん、異性としても。

 今まで出会って来た男の中で、彼以上に素晴らしい人はいない。

 だけど、これ以上一緒にいることはお互いによくない。

 別れるという選択肢しかアタシは思いつかない。


「そうか。僕じゃキミを満たすことが出来ないからね」


 近藤くんは別れ話の理由に気づくと、寂しそうに下を向いた。

 彼の視線の先にはガウンに隠れた自分の局部がある。

 そう、近藤くんの局部はオスとしての機能を完全に失っていた。


 その時は突然やって来た。アタシ達がいつものようにホテルで行為をやろうとするも彼のオスは目覚めない。たまたま調子が悪いのかもしれない。そう思ってアタシも彼のオスを目覚めさせる手伝いをした。


 でも、アタシが何をやっても反応はない。最初は彼がアタシに魅力を感じなくなったのかと不安に思った。

 だけど、彼は耳元で「キミのせいじゃないよ」と言ってくれた。


 その日以降も近藤くんのオスは目覚めなかった。

 彼は体質改善も薬などあらゆる対策を試してみたが、全く効果はなかった。

 不安に思った近藤くんは医者にも看てもらうと、もう男として行為を出来ないと宣言される。


 近藤くん以上に落ち込んでいたのはアタシだった。

 正直、彼との体の相性は良かった。心も満たしてくれる彼と行為をしている時に幸せを感じられた。


 近藤くんが行為を出来ないと、アタシは別の男としなくてはならない。今のアタシにそれは考えられない。


 彼と心だけでも繋がりたいと思いながら、オスを欲する衝動を抑えることも出来ない。それでは近藤くんを傷つけてしまう。


 だから、アタシは近藤くんと離れることを選んだ。


「妻がいるのに、キミのようなステキな女性とも関係を持つ人でなしに対して神様が罰を与えたのかもしれない」


 近藤くんは自分のせいだと笑っていた。

あなたは何も悪くない。

 悪いのはオスとしての機能を失ったあなたを捨てようとしているアタシなのに。


「近藤くん。あなたが人でなしなら、アタシは自分の欲を満たしたい化け物でしょ!」


「僕はキミが好きだ。初めて出会ったときから変わっていないよ」


「近藤くん」


「僕はキミと別れたくない。でも。キミが別れたいなら……」


「そんなわけないでしょ! アタシはあなたが好き! だけど、あなたはアタシを満たせない。あなたを傷つけたくないから離れようと……」


 別れ話を持ち出したアタシの目には涙が流れていた。

 都合の良いことを言ってしまったのは分かっている。

 だけど、近藤くんと別れたくないという気持ちを抑えられなかった。


「そんなこと気にしなくていいよ」


 近藤くん、あなたは最低人間じゃない。ただのお人好しだよ。アタシみたいな性欲人間を許してくれるなんて。


「キミの体を満たすことは出来ないけど、僕はキミと一緒にいたい」


「ありがとう」


 アタシは体は交われないけど、その分口づけで愛を確かめ合った。

 熱いキスが二人の愛を証明した。


「だけど、キミが苦しむのも僕は見たくない。もし、キミが良かったら僕のお店で働かないか?」


「え?」


「僕が経営している風俗店だ。それなら金も稼げて、キミの体も満たされる」


 風俗か。アタシみたいな性欲の塊にはお似合いの仕事だ。

 それにお店の売上げを伸ばせたら、近藤くんの役にも立てる。

 こんなアタシを愛してくれた彼に恩返しをする方法は、これしかない。


「近藤くん、ありがとう。アタシ、あなたのお店で働く」


 アタシは近藤くんが経営する風俗店で働くことにした。

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