⑦天地創造(クイーン)の胎動

リンゴさんが死んでから1ヶ月が過ぎた。

 死因は螺旋階段から落ちた際の頭部の損傷であった。アタシはすぐに救急車を呼んで応急処置をした。

 でも、手遅れだった。頭を強く打ったリンゴさんは目を開けることなく、息を引き取った。

 それからアタシは救急隊員や警察に当時の状況を確認される。

 目の前で人が死んだという非日常的な現実で冷静さを失っていた。

 だから、警察にリンゴさんの死ぬ前の状況を詳しく教えて欲しいと言われたけど、上手く答えられたか覚えていない。


 警察もアタシに状況説明が難しいと判断して、すぐに解放してくれた。

リンゴさんの死は事故死として処理されたらしい。


 アタシはしばらく外出する気分にならなくて部屋に引きこもっていた。

 せまいアパートの見慣れた少しくすんだ天井を見ながら、この1ヶ月で起こったことが頭の中を過った。

 蜜谷さんと過ごした一夜、美しい体を手に入れた日、老いたリンゴさんが目の前で死んだ。


「色んなことがあったな……」


 アタシの惨めな人生と縁がないはずだった衝撃的な出来事が多すぎた。

 蜜谷さん、リンゴさん。アタシがこの姿になった切っ掛けをくれた人間が死んでしまった。


 蜜谷さんは、リンゴさんとの肉体関係が欲しいという性欲を満たせないまま、彼女に利用されて死んだ。


 リンゴさんは永遠の美しさ欲しさに変な力に手を染めたけど、アタシにその力を押しつけてまで死ぬことを選んだ。


 リンゴさんは、そこまでしてアタシに天地創造クイーンを押しつけたかったのか?

 彼女の話だと、その異能力アビリティを産み出す苦痛に耐えられなかったと言っていた。


 だけど、アタシは未だに異能力アビリティを産むという意味が全く理解できていない。リンゴさんが死んでからもう1ヶ月以上過ぎているが、アタシには何も変化がない。


「リンゴさんが言っていた地獄ってなんだろう?」


 アタシはベッドの上で転がりながら、リンゴさんがアタシに言い残した地獄の意味を考えた。


「い、痛い」


 アタシは突然の腹痛に襲われる。ベッドで苦しんでいると、お腹の中で何かが動いているのを感じた。


 な、何! お腹の中で何かが動いている!?

 お腹の激痛に耐えきれずにアタシは大声で叫んだ。30分以上続いた腹痛はゆっくりと治まった。


「あぁ、苦しい……なんだったのかな?」


 アタシは痛みを緩和させるために、ゆっくり呼吸を整えた。

 お腹を押さえていた右手に何か握っていた。


「何、このカード?」


 アタシの手には赤いタロットカードのようなものがあった。

 一体、何なの。全く身に覚えのないカードの出現にアタシは、ただ恐怖を感じた。


 恐る恐る手にしているカードに描かれている絵柄を覗き込む。

 カードの中央には王冠を被った美しい蜂が装飾の施されたマントを身に纏って玉座に座っている。そんな神々しく描かれた絵が映っていた。


「きれいな絵……」


 アタシは思わずカードの絵に見蕩れてしまう。玉座に座っているこの蜂は、もしかしたら女王蜂なのかもしれない。

 その周りには小さな蜂たちが舞っている。これは働き蜂なのかな?


 しかし、美しい女王蜂の足下にはたくさんの幼虫の姿があった。

 女王蜂に何か訴えるように足下をのたまっている姿にアタシは吐き気を覚える。


「気持ち悪い」


 気持ち悪くなってしまったアタシは我慢できなくて、トイレに駆け込んで吐いてしまう。

 吐き気が治まったアタシはゆっくりベッドに戻って、もう一度カードを覗き込む。


天地創造クイーン


 カードの下の方に天地創造クイーンと書かれている。

 どうして、アタシはこの名前が読めたのかな?


 初めて見たはずのカードの名前なのに。まるで、昔からこのカードを知っていたような感覚だ。


「これがリンゴさんの言っていた天地創造クイーンのことか」


 突然、現れた天地創造クイーンのカードをベッドの上に置くと、

アタシの中で別の感情が生まれる。


 あれ? どうしたんだろう?

 今度はアタシの中で男性と交わりたいという気持ちが生まれ始めた。

 アタシの意志に反して体が男性を欲し始めた。


「ど、どうしたの?」


 したい、したい。男性と交わりたいという欲望を抑えられなくなったアタシは気づくと、部屋を出ていた。

 え? どこに向かっているの? 

 アタシの意志に反して体は男性を求めて目的地のなく進み続けた。

 まるで、意志を持たずに欲望に忠実なゾンビのようだ。


 しばらく歩いていると、アタシの目に大学生くらいの男の子が留まる。

 あの子にしよう。男を見つけたアタシはゆっくりと彼に向かって駆け寄る。


「ねぇ、ちょっと良いですか?」


「はい?」


「お願い。アタシとしてください」


「え!?」


 アタシからの突然の提案に男の子は不審者を見るような目をしていた。初対面の女から性行為を求めれたら、怪しいと思うのは当然の反応だ。 

 早く逃げて欲しい。彼がアタシの前から去ってくれるのを祈っていると、アタシは彼の腕を掴んでいた。

 そして、アタシの持つ大きな2つの膨らみを男の子の腕に思いっきり押しつけていた。

 アタシの体は少しでも彼をその気にさせるのに必死だった。


 何をやっているの、アタシは!? 痴女と呼ばれてもおかしくない行為をしている自分に驚きを隠せなかった。

 

 でも、アタシの意志を無視して関係を求めている体を止めることが出来なかった。


「お願い……」


 気づくと、アタシは甘い声で彼を誘惑していた。

 その気が無かったはずの男の中の目の色が変わっていた。彼の中で眠っていたオスが目を覚ましてしまった。


「わかりました」


「ありがとう」


 アタシは名前も知らない男の子の了承を得ると、部屋に連れ込んだ。

 そのまま欲望を発散するようにベッドに押し倒して行為に及んだ。

 心は求めていないの、体は彼を欲している。一致しない心と体に振り回されながら、アタシはリンゴさんが口にしていた地獄の意味を理解した。


 これはがリンゴさんが言っていた地獄。まさに生き地獄だ。

 彼女はこの地獄から逃げるために、この世を去った。アタシに天地創造クイーンという異能力アビリティを押しつけて。


 彼女は地獄でアタシの姿を見て大笑いをしているに違いない。

 そんなことにお構いなく、アタシはエサを与えられた獣ように彼との行為に夢中だった。

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