⑤おとぎ話の後は、美味しいカフェオレを飲もう

 アタシは蜜谷さんとの行為が終わって目を覚ました。

 振り向くとベッドの隣で寝ていたはずの彼の姿はない。


 そう、蜜谷さんはアタシを置いていった。

 本当は気づいていた。彼が行為を終えてアタシが眠ったのを確認してから逃げるように出て行ったことを。


 アタシは寝ているふりをしながら、彼が部屋を抜け出そうとしているのを背中で感じていた。彼が息を殺しながら、スーツに着替えて部屋のドアをゆっくり閉じる音も聞いている。


 まるで、警察から逃げる犯人のようだ。自分の存在感を必死で消してアタシから逃げようとするなんて。

 アタシはそれを知りながらも彼を引き留めることが出来なかった。


 きっと蜜谷さんも今回のことは気の迷いだったのかもしれない。行為したことだけではなく、アタシに告白したことも。

 もしかしたら、仕事のストレスで冷静な判断が出来なくなっていたんだ。溜まっていた性欲を発散するために手近な女で済まそうと思ったのかもしれない。


 それに彼は食事時に結構お酒も飲んでいた。お酒によって、さらに判断力が低下してアタシとホテルへと誘った。


 酔いが覚めてアタシと体の関係を持ったことに気づく。

 彼は一晩の過ちを犯した後悔でホテルから逃げた。


 テレビドラマで良く見る最悪な展開の1つだ。

 まさか、アタシがそれを体験するなんて思わなかった。


「今、何時?」


 アタシはホテルの部屋にある置き時計を見ると、11時50分を示していた。まだ12時になっていない。おとぎ話のシンデレラだって12時までは夢のような時間を過ごせたのに。醜いアタシにはそれすら許されない。

 

 あんたみたいなブサイクには、こんな結末がお似合いよって言われているみたい。


 蜜谷さんは爽やかな顔をした王子様だと思ったら、中身は醜い化け物だった。

 そして、アタシはそんな化け物に初めてを奪われた哀れな女だ。

 でも、最低な蜜谷さんは醜いアタシを女にしてくれた。彼がアタシと行為をしてくれなかったら、アタシは一生処女のままだった。


 今回のことは苦い思い出として受け止めて生きるしかない。

 砂糖しあわせミルクときめきを混ぜても甘くすることのできないブラックコーヒーげんじつだった。


 世の中、そんなに甘くない。汚い現実を知っている大人がよく口にするセリフがアタシの頭を過る。

 本当に現実は甘くはない。アタシは思い知らされた。


 さぁ、夢の時間はもう終わり。現実に戻るためにシャワーを浴びて帰ろう。このまま一人でラブホテルに居続けるのは虚し過ぎる。


 アタシはベッドからゆっくり起き上がってシャワールームへ向かう。

 部屋の中にある全身が映る鏡を横切った時、アタシは目を疑った。


「え?」


 そこには、いつも見慣れたブサイクなアタシはいない。

 鏡の中にはマリアという名前にふさわしい西洋人のようなキレイな顔立ちをした別人が映っている。

 しかも男の欲望を具現化したような形のきれいな大きな胸、くびれた腰回り、肌触りが良く大きいお尻を持った姿をしている。


 この部屋にはアタシ以外に誰もいない。

なのに、いつものアタシは鏡の中にはいない。


「だ、誰!?」


 声が違う。アタシの今までガサガサした男受けの悪い声ではなく、潤いを纏った色気のある声だ。


 突然、起こった出来事にアタシは脳内で処理出来ない。驚きのあまり、アタシはその場に崩れ落ちた。


 アタシはまだ夢を見ているの? 

もしかして現実?


「これ? アタシなの?」


 おとぎ話のような出来事にアタシは、ただ鏡に映る美女を見つめていた。

もし、これが現実なら蜜谷さんと行為したことによってブサイクなマリアは死んだ。


 そして、美しいマリアに生まれ変わった。


 ブラックコーヒーげんじつ砂糖しあわせミルクときめきが混ざってカフェオレいまになってしまったようだ。

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