①醜いマリア様


「お前、マリアって名前なのか?」


「うん」


「名前、かわいいのにブサイクな顔だな」


 クラスの男子の心ない一言に反応して他の男子達の笑い声が教室中に響いた。その投げつけられた一言がアタシの心に傷をつける。

 ブサイクという単語を毎日言われ続けたせいか、アタシの心はいちいち反応しなくなった。人混みの中で聞こえるくだらない会話と同じくらいの感覚だ。


 アタシも女だ。最初は傷ついて泣いてたけど、男子は自分の発した言葉で泣くアタシを笑いものにして楽しんでいる。


 それが分かってから泣くのを堪えた。玩具おもちゃが反応しないことにに飽きた男子達はブサイクと言わなくなった。


 ブサイクという悪口はなくなったけど、次は無視の日々が始まった。

 言葉の暴力よりは心への痛みがないから、まだ耐えられた。


 でも、アタシだって人間だ。学校では我慢できても家で溜めていた涙を解放して枕を毎日濡らした。


 いじめの原因にもなったこの顔と名前がキライだ。

 アタシは鏡に映る自分の顔を見て吐き気に襲われる。

 目が小さくて丸く腫れているような輪郭。体型は太っていないのにバランスの悪い大きさの顔のせいで周りから気味悪がられている。

 学校の先生は見た目が全てじゃない、中身が大事だとみんなの前で口にする。

 でも、あれは偽善である。結局第一印象という言葉があるように見た目が全て。


 勉強や運動が出来なくても見た目が良いというだけで、ちやほやされる子をアタシは何人も見てきた。アタシは見た目では勝てないなら、勉強や運動を頑張ろうとクラスでも上位の成績を取ってきた。


 でも、成績が良くてもモテるのは結局可愛い子。アタシは勉強と運動が出来るただのブサイク。クラスの男子からはそういう扱いを受ける。

 勉強が出来るようになると、クラスの男子から宿題を押しつけられた。 アタシが思い描いていない結果まで生み出す始末。

 断ろうとするもいじめられる恐怖から断れなかった。


 あとアタシのマリアという名前だ。キリスト教の母であるマリア様のような清らかな子になって欲しいという願いを込めてお母さんが名付けてくれた。


 名前の由来はステキで良い名前を一生懸命選んでくれたと思う。

 でも、お母さん。あなたが名付けてくれた名前で娘がいじめられています。どう責任を取ってくれるのですか?


 お母さんに罪はない。頭では理解できているのに心のどこかでお母さんに対する憎悪の気持ちが芽生えてしまう。


 アタシはこの顔と名前で苦しむ人生を十年間も続けてしまう。

 大学卒業後、アタシは商社のOLとして内定をもらえることが出来た。 就職氷河期もあってアタシに仕事を選ぶ権利はなかった。


 内定をもらった会社に入社するも子供の頃と状況はほとんど変わらない。ほとんど男性社員が新入社員の女の子を物色するのにアタシは見向きもされなかった。


 他の子は研修期間中に体に触れたり、性的な発言をされているのに。

 アタシには男性の先輩社員は誰も寄ってこなかった。

 こんなにも分かりやすく女として見られないなら、清々しい。


 入社後もアタシは女として扱ってもらえないなら、使える部下になろう。そうやって見た目だけでチヤホヤされている女性社員より価値ある人間になって見返す。

 

 その気持ちで心を燃やしながら、アタシは仕事にのめり込んだ。

 営業部の社員の力になるために分かりやすく的確な数字がある資料を作ったり、誰よりも早く出社して机周りの清掃をするなど色々やった。


 でも、現状は何も変わらなかった。

 同期の女性社員より仕事が出来るアタシより仕事が出来ない見た目が良い子ばっかり男性社員は頼る。

 

 一生懸命に仕事しているアタシが些細なミスをしたら、社内中に響く声で怒鳴るのに、他の女性社員が大きなミスしても見逃してもらえる。


 本当に顔が良いというのは武器になる。


 アタシが頑張る意味ってあるのかな。

 現実みためが変わらないとアタシは評価すらされない。

 それを思い知らされてからアタシは何もやる気が起きなくなった。


 アタシは頼まれた仕事を黙々とこなす社員となる日々を選んだ。

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