天地創造
天地創造(クイーン)プロローグ
「マリアちゃん、どうしたの?」
「え?」
アタシは大守さんに声をかけられて思わず我に返った。彼との行為後、思わず考え事をしてしまったようだ。
仕事部屋の天井に貼ってある鏡には無表情のアタシが映っていた。
何年もこの仕事をしてきて、こんなミスをするなんて。仕事中だというのにアタシとしたことが。
「いや、暗い顔しているから」
プロは自分の本音を顔に出さない。お客様にそれを見破られたら、プロ失格。そう教わって来たのに。
お客様に心配されているようじゃ、アタシはプロ失格ね。
「ごめんなさい。先週、友人が亡くなって」
「そうだったのか。ごめん、思い出させちゃって」
「アタシこそ、ごめんなさい。大守さんが来てくれているのに」
瞳に涙を浮かべながら、アタシは大守さんを見つめた。
「俺のことは気にしないで」
涙を浮かべるアタシを気遣っている大守さんは大人である。
こういう大人の対応が出来る男はモテる。
そう思ったけど、彼の視線はアタシの胸元に向いている。バスローブの隙間から見えているおっぱいを見て鼻の下を伸ばしている。
態度は大人だけど、中身は思春期の子供。可愛い。
本人は気づいていないけど、アタシにはバレバレだ。折角、かっこいいところを見せてアタシの好感度を上げようとしているのに台無しだ。
でも、お客様に対してそんなことは口が裂けても言えない。
こういう欲望に正直な人ほどアタシにとって好都合。アタシの異能力アビリティの禁止事項タブーを満たすために必要。
彼はアタシを利用して自分の欲を解放している。アタシは目的のために彼の性欲を利用している。共存はこういう時の言葉かもしれない。
「ありがとう。大守さんのおかげで元気になった」
アタシは大守さんに抱きつくと、大守さんの鼻の下はさらに伸びた。男って本当に単純ね。扱いやすくて助かるわ。
あの子もだけど。アタシの頭の中に古い友人の姿が過った。
アタシのために50年も頑張ってくれている彼の顔が……。
アタシが昔のことを思い出していると、仕事部屋の内線電話が鳴り始めた。すぐに壁に掛かっている時計に目を向けると、電話の内容は大方察しがついた。
「はい、もしもし?」
「マリアさん、お時間ですよ」
「はい、わかりました」
電話の相手は
大守さんとの時間終了を知らせるという内容だった。
アタシは
「大守さん、お時間だって」
「え!? もう?」
「そうみたい」
「マリアちゃんとの時間はすぐに終わっちゃう」
「アタシも同じ事を思ってた」
「本当に!」
大守さんはアタシが同調してあげると子供のように喜んだ。
改めて男って本当に単純だ。
そんな男の方がアタシは好きだ。誰かさんみたいに自分を隠している男の方が苦手だ。もっと自分に正直になればいいのに。
そう思っているけど、口には出さない。伝えてしまうと今の関係が崩れちゃうのは正直困る。
アタシは服に着替えながら、誰かさんの無表情な顔を想像して思わずにやけてしまった。
***
大守さんを見送った後、アタシは館の大広間で休憩をしていた。
数時間後には、また欲望塗れの男達の相手をしないといけないと思うと、ため息が漏れる。
まるで、女王蜂に群がる雄蜂だ。雄蜂は女王と交尾するためだけに生まれる。女王と交尾できなければ、彼らは存在しなかったと同じだ。
自分達の存在意義を訴えるように彼らは女王を求めている。
まぁ、人間の雄はただ欲望を満たしたいだけなんだけど。
「
「
「どうされましたか? 浮かない顔をされて」
気づくとアタシの目から涙が流れていた。
相互補完クラウドは何も言わずにハンカチを貸してくれた。
あなたは無愛想なのに優しいところがある。
50年前の出会った時と変わらない。
「ごめんなさい……そういえば、近藤くんが死んでもう一週間なのね」
「そうですね」
「本当のアタシ達を知る人がどんどんいなくなるわね」
「ワタシ達にとってはその方が好都合です」
「あなた、冷たいわね」
冷静な判断をする相互補完クラウドに皮肉をぶつけてみるも
ちょっとくらい反抗しなさいよ。昔のあなたなら、バカにされただけですぐ噛みついてきたのに。
ちょっとだけ寂しいわね。
飼い犬にかまってもらえない飼い主ってこんな気分なるのかしら。
いつも欲望を満たしたい男に付きまとわれてイライラしているけど、たまに構ってもらえないと寂しいわね。
アタシも人並みに寂しいなんて感じられる心が、まだ残っていたのね。
「ねぇ、檜山……」
「天地創造クイーン……檜山はもう死にました」
「でも……」
「檜山は死んだのです。50年前に」
「そうね」
アタシは相互補完クラウドに何も言い返せなかった。彼の言うとおり、檜山という男は死んだ。
アタシにとっても大事な人だった。
彼はアタシが殺したようなものだ。
彼との出会いは50年前だった。
今日みたいに、どんよりとした空で絶望の中でアタシの代わりに空が泣いてくれた日だった。アタシは昔のことを思い出すように館の窓から空を見上げた。
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