⑨寄生虫(はが)の蠢き(かっとう)

 マユを蝶野に奪われた。


 僕は親友に愛する人を奪われたショックで家に引きこもった。

 あの二人が学校で恋人同士になって楽しい青春を送っている姿を見ることが出来なかった。

 しかも二人の愛が深くなって大人の関係になったことを想像するだけで吐きそうになる。

 実際、僕はマユが蝶野に犯されている姿を想像して吐いてしまった。


 そんな現実を見るのが怖い。僕は現実から逃げるために引きこもる道を選んだ。

 今はネットがあるから大抵のことは調べることが出来る。

 だから、外に出られなくて不便なことは一切ない。


 たまにマユと蝶野のことが過るが、僕には関係ないと暗示をかけて無視した。


 引きこもってから僕は何もやる気が起きなかった。最初の一週間はネットやゲームをしながら、時間を潰していた。

 それも長くは続かず、無限に近い時間の潰し方を考える日々が続いた。

 将来のための勉強に時間を使えば良いと考えたこともあるが、勉強する気は一切起きなかった。


 引きこもり生活が一か月、半年と伸びていくと時間は無駄にしてはいけないという良心は僕の中で死に始めていた。

 

 僕はまるで蛹から羽化出来ない蝶の気分になった。

 外に出たいともがいているのに出られない。

 

 いや、蝶はもがいているけど、僕は逃げいているというのが正しい。外に出て蝶野とマユがデートしている現場に遭遇するかもしれない。 

 見るに耐えられない。僕は二人と会うことを避けるために部屋から一生出られない。


 このまま何も出来ずに僕は終わるのか。現実の自分に絶望しながら、性欲だけは無尽蔵に生まれる。


 性欲処理している時だけが僕が生きていると唯一感じられる瞬間である。もう自分でも病気だと思う時もある。


 でも、この性欲を解消しないと頭がおかしくなってしまいそうになる。両親からもらった小遣いはエロアニメや美少女フィギュアに消えていく。

 

 彼女たちは僕の性欲処理のためにどんな扱いを受けて文句を言わない。

 僕の思いのままに出来る。ちょっとした背徳感が堪らない。


 そんな生活をして四年が過ぎた。僕は二次元だけで性欲処理をし続けることに限界を感じていた。

 

 本物としたい。


 二次元という偽物じゃなくてて三次元という本物でやりたい。

 僕は本物の女性と行為をしたいという気持ちを抑えられなかった。

 

 本物の女の子の胸を揉んでみたい。お尻を触りたい。女の子と繋がりたい。その気持ちが日に日に強くなる。その一方で部屋から出られない僕は童貞のまま死んでしまう。


 そんな恐怖が頭を過る。


 初めては愛した女の子と添い遂げたい。少女マンガに登場するイケメン同級生のような固定概念が僕の中にあった。


 でも、そのこだわりを捨てないと僕は初体験を出来ないまま確実に死ぬ。それだけはどうしても避けたい。


 このまま死ぬくらいなら、どんな相手でも構わないから僕は童貞なんて捨ててやる。


 そう決心した僕は早速ネットで大人のお店を検索した。

 出来れば初めての相手は可愛い子がいい。例えば、マユのように可愛い子が。


 僕は学生という設定で行為が出来る店を中心に検索をした。

 何軒か探している間にマユ似の女の子がいる店を見つけた。


「この子にしよう」


 そう思って僕はお店の予約をするために料金表を確認した。

 60分で2万円。高い。高校中退で引きこもりのニートの僕にすぐ用意できる金額ではない。


 だからと言って大人のお店に行くためのお金を貸してなんて実の両親に頼めるわけがない。


 もっと安い金額の店もたくさんあるが、レビューを見るとパネル詐欺、実物は全然違うなど期待値を下げるものばかり。


 贅沢言える身分じゃないが金を払うなら、僕の理想と近い女の子としたい。


「あぁ、僕がイケメンになれるスキルでもあればな……」


 ベッドに仰向けになって見慣れた天井を眺めながら、僕はラノベの主人公のようなセリフを口にした。痛い奴だ。


 現実に戻った僕は引きこもりを脱してお金を貯めて大人のお店に行くことにした。そのためには仕事をしなくてはいけない。高校中退を雇ってくれる場所があるのかな。


 バイトでもいい。金さえ払ってくれたら、僕は求人サイトを漁っていると奇妙なサイトが目に留まる。


「うん? なんだ?」


 天地開闢スキルマーケット


 今の自分を変えたくないですか?

 今のあなたを変える力を授けます。


 スマホの画面上に紅い表紙の辞書くらい分厚い本が表示された。その本はゆっくりとページを捲ると、中には気味の悪いタロットカードのような画像が数種類貼られている。


 気色悪いサイトだ。何かの宗教サイトの一種か?

 サイトの一番下にご興味がある方はこちらにDMをください。

 場所などは後ほどご連絡致します。


 こんな見え透いた誘導に引っかかる奴がいるのか?

 そう思っていたはずなのに僕は気づくとDMを送っていた。


「なんでだ!?」


 慌ててメールの拒否設定をしようとする暇を与えずに天地開闢スキルマーケットからDMが届いてしまった。


 開かなければ良いんだ。こんな怪しいサイトからのDMなんて開く必要は無い。


 そう思っているはずなのに僕はメールの中身が気になって仕方がない。 このメールの中に僕を変えるヒントがあるかもしれない。

 そんな僅かな可能性に賭けて見たいと思い、DMを開く。


 羽賀様


 今回、天地開闢スキルマーケットにお問い合わせ頂き誠にありがとうございます。

 羽賀様を変えるための能力をお渡しするため、○市△区□番地までお越しくださいますようによろしくお願い致します。


 天地開闢スキルマーケット管理者より


 僕を変える能力?

 なんて怪しい内容だ。期待して開いて損した。

 こんな宗教勧誘みたいなメールは無視しよう。


「自分を変えたいか」


 天地開闢スキルマーケットのDMに書いてあった内容が僕の頭の中を飛び交った。まるでパソコン画面に羅列された文字のように頭を埋め尽くす。


 この管理人に会わなければ、僕は変われない。そんな恐怖が湧き上がり僕の中で一つの決心が芽生える。


「この管理人に会おう。何か変わるかもしれない」


 藁にもすがる想いで僕は天地開闢スキルマーケットの管理者に会ってみようと思った。

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