②飛べない寄生虫

「はぁ、僕はどうしたんだ」


 気がつくと、僕はベッドの上にいた。いつも見慣れた天井が僕の目に入ってきた。ゆっくり起き上がると、変わり映えのしない僕の部屋であることはすぐにわかった。


「どうして戻ってきたんだよ。僕は人気女優のアゲハとヤっていたのに」


 僕はせっかくのチャンスを逃してしまった自分を責めた。

 人気俳優である蜂谷を利用して、あの清純派人気女優アゲハを抱ける。


 世の男達が泣いて喜ぶ体験を僕は手放してしまった。

 あの程よい膨らみを触りたかった。折れてしまうほどの細い腰回りを撫でたかった。


 僕は悔しさからベットに顔を埋めて大声で叫びたくなった。

 でも、親に聞かれるかもしれない。そんな恥ずかしいことは僕には出来ない。


 悔しさを押し殺して枕元にあるスマホを手に取る。

 スマホの画面を開くと昼の14時になっていた。


「昼か。母さんも父さんもいないか」


 家に誰もいないことを確認すると、僕は自分の脂肪でたるんだ腹をボリボリと掻いた。

 最近、また腹が出てきたな。仕方ないか。もう4年も引きこもっている。食っては寝て、食っては寝てを繰り返している。豚と一緒だ。


 僕の部屋は食べたお菓子のゴミなどが床に散乱している。

 ゴミ箱に入りきらない丸められたティッシュも落ちている。

 ゴミ屋敷と言われても文句は言えない。

 どんな自堕落な生活をしても部屋の掃除だけはしよう。

 

 引きこもりとなった僕が最低限のルールだ。ゴミをゴミ袋にまとめて部屋のドア前に置く。それを黙って回収してくれる母さんには申し訳ないと思っているが、僕が出来る精一杯。


 いつも心の中でごめんと言っている。


 僕はアクビをしながら、部屋のカーテンを開いた。太陽の光が平日の昼まで寝ていた僕に「いつまで寝ているんだ、引きこもり!」と攻めているくらいに眩しい。僕は太陽の光に耐えることが出来なくて、すぐにカーテンを閉めた。


「さて、今日は何をしよう」


 スマホでSNSをチェックするも何も面白い情報を載っていない。


「ち、つまんねぇな」


 僕は変わり映えしない世の中に文句を言っていると、家の呼び鈴が鳴った。


 誰だろう。僕はゆっくりベッドから起き上がって、階段を下りて玄関のドアを開けた。


「こんにちは、アリノ急便です。羽賀さん、お届け物です」


「はい、どうも」


 宅配便か。何だろう。配達員から荷物を受け取ると、段ボールの伝票を確認する。

 伝票の配達先がカブトカンパニーと書かれていた。


「あぁ、あれか」


 カブトカンパニーはアニメ関係のグッズを販売している会社だ。

 特にフィギュアに力を入れている会社で僕もよくフィギュアを買っている。戦隊ヒーローやロボットも扱っているが、ここの主力は美少女フィギュアである。


 僕は美少女フィギュア以外買ったことがない。


 僕は階段を上がって部屋に戻ると、早速箱の中身を開けた。思った通りの美少女フィギュアだ。箱から取り出すと、中にセーラー服を着た黒髪の美少女が入っていた。

 上着からでもくっきりと分かるほどの胸元のボリューム。それ相反するようにクビれた腰のライン。スカート丈とソックスの間で生まれた絶対領域のバランス。男の欲求を掻きたてる仕上がりになっている。

 

 僕は到着したフィギュアの出来映えに大満足した。


「でも、物足りない」


 決してこのフィギュアのクオリティに文句があるわけじゃない。

 ただ、僕の性欲は造形物では満足できなくなっていた。実物さんじげんに触れたい。作り物の胸や尻を触って満足できるのは1年前までの僕だ。


 まだ童貞という不明な称号を持っていた僕だ。

 僕はもう童貞じゃない。数々の女と行為をした。ブスな女は一人もいない。みんな、このフィギュアに負けないくらいの美女ばかり。


 こんな夢の体験が出来るのは、”あの力”と出会ったからだ。

 でも、満たされない。どんなに最高の美女と行為をしても頭の中にあいつの顔が過る。


 僕は机の上に置かれた写真立てに目を向ける。学生時代の僕と幼なじみのマユが写っている。マユとは幼稚園からの付き合いだ。家が隣同士で母親同士が仲が良かった。


 そんなこともあって打ち解けるのに時間は掛からなかった。いつもそばにいることが当たり前になった。俺が引きこもるまでは。


 母さんの情報によると、マユは大学で一番の美女としてSNSで有名になるほどになっているらしい。


 俺は高校時代までのマユしか知らない。

マユはとても可愛い。

 高校の校門前で一緒に撮った写真の中の彼女を見ながら、俺は今のマユを妄想した。


きっと、マユはこの頃よりも可愛くした感じになっているのだろう。

 今は俺と22歳だから、同じ大学の連中からも声をかけられているのだろう。


 大学のキャンパスで楽しそうに笑うマユを想像して僕は胸を締め付けられる。マユを想像している僕の頭の中にあいつの姿が過った。

 

「蝶野」


 蝶野は僕の数少ない親友と呼べる男だった。あいつには何でも言えた。

マユのことが好きで告白しようと思っていることも伝えた。


 だけど、蝶野は僕を裏切った。僕がマユを想っている事を知っていながら、あいつは僕よりも先にマユに告白した。


 僕は親友に裏切られたショックで誰も信じられなくなって引きこもった。

 蝶野がマユと付き合えたか、どうかという真実までは知らない。

 でも、蝶野は僕よりも身長が高くてイケメンだ。勉強もスポーツも何でも出来た。高校のクラスメイトの女子から告白されたことも自慢しているほどモテた。


 そんな男からの告白をマユが受け入れたかもしれない。真実を知りたい思う反面、怖くて聞けなかった。それに裏切り者と話す気にはなれなかった。


 蝶野の裏切りを知ってから僕はあいつとの連絡手段を全て断った。

 久しぶりに、あいつのことを思い出しただけでイライラし始めた。


 僕がマユのことを好きだと知っていて、あいつは僕からマユを奪おうとした。 

 許せない。僕からマユだけじゃなくて、人生まで奪ったあいつを。


 しかも蝶野はマユと同じ大学に通っているらしい。

 

「マユ。僕はどうしたら良いんだ?」


 僕は写真の中にいるマユに声をかけた。

 でも、答えてくれるわけもない。


 僕は現実から逃げるため、ベッドの中で蛹のように丸くなった。

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