他力本願(カッコウ) エピローグ

わたしは天地創造クイーン様を探している。

 館中を探しても見つからない。他力本願カッコウのことを天地創造クイーン様にも報告しないといけない。


 でも、彼女の姿が見つからない。一体、どこへ行ってしまったのだろう?


相互補完クラウド様」


「どうしました。監視体制プライベート・アイ?」


天地創造クイーン様を知りませんか?」


「どうされたんですか?」


他力本願カッコウの件についてご報告をしようと思いまして」


「あぁ、大丈夫ですよ。それに今は……」


 相互補完クラウド様の声を遮るように洋館中に一人の女性のあえぎ声が響く。 まるで、男性との初体験を迎えた初々しい処女のような声。


 この声は……。わたしはすぐにこの声の主がわかった。

 わたしたちの主である天地創造クイーン様。この声が耳に入った瞬間、彼女がどこで何をしているか、すぐに理解した。


「二階でお仕事中です」


 相互補完クラウド様が燕尾服のズボンのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認している。わたしも腕時計を時間を確認すると、天地創造クイーン様の勤務時間であった。


「そうでしたね」


 こんな早朝から予約が入っていたなんて。主の勤務時間を忘れているなんて。思考が抜けている自分が恥ずかしい。


 わたし達に自分のあえぎ声を聞かれていることなど知らない天地創造クイーン様の声は一定間隔で洋館中に響く。

 わたし達はその声をただ黙って聞くことしか出来なかった。


 10分程続いた天地創造クイーン様の声はしばらくすると聞こえなくなった。


「終わったようですね」


 天地創造クイーン様の声が聞こえなくなると、相互補完クラウド様は読んでいた英字新聞を閉じる。


 二階の階段から誰かが下りてくる足音が聞こえた。一つは革靴の音、もう一つはヒールがコツコツと階段を鳴らす音である。


 相互補完クラウド様はその音を聞くと、すぐに立ち上がって靴音の主達を出迎える準備をする。

 わたしも相互補完クラウド様に続いて階段下で待機する。

 階段から栗色のロングヘアーに純白のドレスに身を包んだ美女と中肉中背の冴えない男が下りてきた。


 わたし達の主である天地創造クイーン様である。天地創造クイーン様はお客様と手を繋いで下りてきた。


「マリアちゃん、今日も良かったよ」


「大守さん、いつもありがとうございます」


「こっちこそ、マリアちゃんのおかげで俺は明日からまた頑張れるよ」


「大守さん、マリアばっかりで飽きないの? たまには別の女の子が良いなってならない?」


「そんなことないよ。俺はもうマリアちゃんナシじゃ生きられない体なんだから」


「またまた。本当は別のお店の女の子とやってるんじゃないの?」


「本当だって。俺はマリアちゃん以外の女とはやらないよ。

 マリアちゃんのためにバリバリ稼いでくれるからね」


「嬉しい! 楽しみに待ってるね!」


 マリアとは天地創造クイーン様の源氏名である。天地創造クイーン様は仕事中は自分をお客様にマリアと呼ばせている。名前の由来は欲望が満たされない男達をマリア様のように救済する。そんな意味があると天地創造クイーン様が仰っていた。


 天地創造クイーン様は大守様の体に抱きつく。

 天地創造クイーン様に抱きつかれたことに興奮しながら、大守様は鼻の下を伸ばしている。天地創造クイーン様は華奢な体つきの割に出るところは出ている。

 天地創造クイーン様の胸元にある手のひらに納まりきらない膨らみが大守様の体に押しつけられる。


 大守様は数分前まで布越しではなく直に触っていたであろう。

 恐らくその記憶が大守様の興奮に拍車をかけていらっしゃる。


「大守さん?」


「あぁ、なんでもないよ」


「うん。じゃあね、大守さん」


 天地創造クイーン様は大守様との別れを惜しむように大守のくちびるにキスをする。

 ケガレを知らない少女が恋人にするように優しい口づけであった。

 このキスに数々の男性が天地創造クイーン様の虜になっているのは言うまでもない。


「うん。マリアちゃん、またね」


「大守様、またのご来店お待ちしております」


 相互補完クラウド様とわたしは大守様へと深々と礼をして見送った。


「お疲れ様でした、マリアさん。いえ、天地創造クイーン


 天地創造クイーン様は常連客である大守様を少女のような笑顔で見送ると、一瞬で女の顔へと切り替わった。

 お仕事を終えた天地創造クイーン様はわたし達に導かれるまま、館の一階にある大広間へとやってきた。


 天地創造クイーン様は大広間の真ん中にあるソファに腰を下ろすと、疲れから体を解放するように伸びをする。

 天地創造クイーン様のテーブルに相互補完クイーン様はハーブティの入ったガラスのカップをそっと出された


「ご苦労様でした。天地創造クイーン。いつものハーブティでございます」


「ありがとう、クラウド」


 天地創造クイーン様は相互補完クラウド様が淹れてハーブティをゆっくりと口元へ運ぶ。 

疲れ切った天地創造クイーン様の心をハーブティが癒し始めているだろう。


「美味しい。相互補完クラウドはお茶を淹れるのが上手いわね」


「ありがとうございます。

 私たちのために体を張って頂いている天地創造クイーンに出来るのはこれくらいです」


「良いのよ。それにアタシの異能力アビリティ禁止事項タブーの条件を満たすなら、この仕事が手っ取り早いからね」


「仰るとおりです」


天地創造クイーン様」


「あら、アイちゃん」


「お疲れ様でした」


「ありがとう」


「わたし達のためにありがとうございます。しかし、天地創造クイーン様……」


「どうしたの?」


天地創造クイーン様自身はお辛くないんですか?」


監視体制プライベート・アイ!?」


「大丈夫よ。今更、男に裸を見られたり、抱かれることが恥ずかしいなんて思わないわ。恥ずかしさなんてもう忘れちゃった」


 天地創造クイーン様は少女のような無垢な笑みを浮かべている。

 その笑顔を見たわたしは自分がとんでもないことを口走ってしまったことに気づく。


監視体制プライベート・アイ! 天地創造クイーンになんてことを!」


「申し訳ございません。大変失礼致しました」


「良いのよ。あなたはアタシを気にしてくれているのよね?アイちゃんは優しい子ね」


「ありがとうございます」


相互補完クラウド。次のお客様はいつ来るの?」


「三十分後です」


「あら、大変。急いで支度をしなくちゃ」


「ただいま、お部屋を準備致します」


「お願いするわね。お客様が来るまでにアタシも支度をしておくわ」


 天地創造クイーン様は覚悟を決めた女の顔を浮かべて二階の仕事部屋へと向かった。


相互補完クラウド様」


「どうされました?」


「申し訳ありません。わたし……」


 わたしは天地創造クイーン様に対して無神経な発言をしたという後悔に押しつぶされて気づくと涙を流していた。


「もう良いのです」


「しかし……」


「私達が出来るのは天地創造クイーンを地獄から解放すること。そのために異能力者ワーカーを増やし続けるのです」


「はい」


 相互補完クラウド様が言っていることの意味を理解したわたしは涙を拭った。


「これからも力を貸してください。監視体制プライベート・アイ


「はい」


 天地創造クイーン様を地獄から解放する。それがあなたの望みなら、わたしはどこまでもついて行きます。

 例え、それがあなたも幸せになられない道だとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る