⑤鷹が手にした新たな力(つめ)
俺は会社から電車で二時間以上離れている市外にあるボロアパートに戻った。恥ずかしいけど、ここが俺の家だ。築五十年以上のボロアパートで部屋は四畳半しかない。風呂無し便所は共用。
まるで昭和初期に存在したようなボロ物件だ。
でも、俺の給料で無理なく暮らすにはこのボロアパートを選ぶしかなかった。俺はスーツを着たままカビクサい畳の上に寝転がる。
「俺はこのままで終わるのかな……」
転職しようかな。どんな仕事がしたい? どんな仕事が出来る。
いや、どこなら俺を採用してくれる。営業成績も0件で目立った資格もコミュニケーション能力も低い俺をどこの企業が採用してくれるんだ。
どこも採用してくれないだろう。俺が採用者側の立場だとしても採用することはない。俺自身も何か変えなくちゃいけない。頭では理解しているけど、何をすれば良いのか分からない。
俺は寝転がりながら、スマホをいじっている。
今の現実を変えるヒントを求めるように検索欄にワードを入力する。
自分を変えたい。俺は検索欄に入力して検索ボタンをタップすると、上位は転職サイトや自己啓発のサイトばかりだった。
俺が求めているのはこれじゃない。出来るだけ努力しないで簡単に自分を変えられる方法。そんな魔法みたいなことが出来るわけないのに。
俺が諦めるようにスマホの画面を閉じようとすると、一つのサイトが俺の目に留まる。
「
なんだ、このサイトは。何かの宗教のサイトか?
サイト情報欄には”あなたを変える力を与えます”と書かれている。胡散臭いな。誰がこんな怪しいサイトにアクセスするんだ。ネットに疎い人間か、追い詰めら過ぎて頭が可笑しくなった人間しかいないだろう。
こんなサイトに興味が気になるなんて俺も病んでいるんだな。
そう思って俺はスマホを閉じようとする。
だが、俺は
「暇つぶしで見るか」
俺はただの暇つぶしのために
今の自分を変えたくないですか?
今のあなたを変える力を授けます。
スマホの画面上に紅い表紙の辞書くらい分厚い本が登場すると、ゆっくりとページが開く。本の中には気味の悪いタロットカードのような画像が数種類貼られている。
気色悪いサイトだな。怖いもの見たさと言えば良いのか分からないが、俺はサイトの中身をじっくりと見始めている。
サイトの一番下にご興味がある方はこちらにDMをください。
場所などは後ほどご連絡致します。詐欺サイトの典型的なやつだな。
「なんだ?」
俺がメールアプリを開くと、
早く消さないと。俺は
鷹野様
今回、
鷹野様を変えるための能力をお渡しするため、○市△区□番地まで
お越しくださいますようによろしくお願い致します。
明らかに詐欺サイトのメールだ。まぁ、こんな怪しい内容のメールなんて無視すれば良いだけだ。関わりを持たなければ俺が被害者になることはない。
「でも、ここに行けば何か変われるのかな」
避けたいと思っているはずなのに俺の中で
俺は
***
翌週、俺は
スマホの地図アプリを頼りに俺はメールに指定されている住所を探した。周りは閑静な住宅街ばかりであった。金持ちが住んでいそうな庭付きの広い家ばかりだ。社会的に底辺の俺とは無縁の世界が目の前にはある。
「ここか?」
管理者から指定された住所のへと辿り着くと、高級住宅街であった。金持ちが住んでいそうなキレイな一軒家が並ぶ中に一つだけ雰囲気にあっていない建物があった。
俺の目にきれいな洋館が映っている。昔の貴族が住んでいそうなお屋敷というイメージの白い館だ。その館こそ、
あの宗教風の詐欺サイトの管理者がここに住んでいるのか?
ここに住めると言うことは経済的に余裕があるみたいだ。俺とは大違いだな。俺みたいな経済的な弱者からむしろ取った金で悠々自適な生活を送っているのかな?
しかし、入りづらいな。俺みたいな貧乏人が入ってはいけない気がする。俺には敷居の高さ過ぎる。
管理人に会うのは止めておこうかな。
いや、何を考えているだ。俺はこのふざけた奴に会うためにここへ来たんだろう。この管理人に会わずに帰るわけにいかない。
俺は覚悟を決めて洋館の入り口にある呼び鈴を鳴らす。
「はい」
インターフォンからキレイな女の声がした。
管理人は女なのか。俺はてっきり管理人は男だと思っていた。
「あの、本日お約束した鷹野です」
「鷹野様ですね? ただ今、扉を開けますのでお待ちください」
玄関の鉄格子が自動で開くと、木製のドアが開いて燕尾服に銀縁メガネをかけた黒髪の若い女の子が俺を出迎えてくれた。可愛いというキレイ系だ。二十代後半くらいでとても落ち着いた雰囲気の子だ。
この子があの管理者か?
「お待たせ致しました。中へとご案内致します」
「あの?」
「はい?」
「あなたがあのサイトの管理人ですか?」
「いえ、鷹野様をお呼びした者は中でお待ちです」
この子じゃないのか。一体管理人はどんな奴なんだ?
まぁ、こんな高級住宅街に住んでいる奴なんだから、金には困っていないか。こんな可愛い使用人が雇える経済的余裕があるなんて良いご身分だ。俺は燕尾服の女の子の後を着いて行きながら洋館の中へと入っていった。
凄い広いな。俺は素直にそう思った。白を基調にした館内は清掃が隅々まで行き届いている。大理石の床なんて俺の顔が反射するくらいにきれいだ。この子が一人でやっているのかな?
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです」
「こちらのお部屋でお待ちください」
燕尾服の女の子は俺に大広間の真ん中にある大きなソファを勧める。
俺をソファにゆっくりと腰を下ろすとソファの座り心地に驚きを隠せなかった。なんて柔らかいんだ。ソファが俺の体を包み込んでいるようだ。四畳半のカビ臭い畳の硬さとは大違いだ。
俺が皮肉を心の中で呟いていると、大広間の扉が突然開いた。
扉の向こうには燕尾服の女の子と執事服を着た白髪のじじいが立っていた。
「鷹野様ですね?」
「あぁ、そうだが」
「初めまして、ワタシが
じじいは俺に一礼をすると、俺の向かいのソファに腰を下ろした。
「
「はい。まぁ、ハンドルネームみたいなものです」
ハンドルネームか。怪しい宗教の呼び名にしか思えないが。
そんなことよりも本題を切り出して早く帰ろう。
「メールに書いていたが、俺に力を与えてくれるって本当か?」
「えぇ、もちろんです」
「信じられないよ」
「信じられないですか? そう言いながらも鷹野様は
「確かにそうかもしれないな」
「鷹野様は、どんな力をお望みでしょうか?」
「俺は職場の人間を見返したい。だけど、努力は嫌いだ。楽して力を手に入れたい」
「なるほど」
じじいは俺の話を聞きながら、上着のポケットから黒革の手帳を取り出してメモを取り始める。じじいは自分の書いたメモと睨めっこすると、手元にある紅い本を開いてページを捲りながら何かを探している。
あれ? その本はどこから出したんだ? じじいはいつの間にか辞書くらい分厚い本を握っていた。俺はこのじじいから視線を逸らしていない。
俺の目を盗んで本をどこからか取り出したのか。そうだとすると、このじじいは手練れだ。
「鷹野様にはこの力がお似合いだと思います」
じいさんは紅い本から一枚のカードを取り出してテーブルに置いた。
それはタロットカードみたいに何の変哲も無いカードだ。
カードには五羽以上の茶色の小さな鳥がいる巣の中心に一羽だけ灰色の大きな鳥がいた。灰色の鳥は他の茶色の鳥を押し退けてエサをもらっている絵が描かれている。
灰色の大きな鳥の必死すぎる姿に俺は引いていた。
なんて気持ち悪いカードだな。
「なんだ、このカードは?」
「これはあなたに
「はぁ?」
何を言っているんだ、このじじい。頭がおかしいのか?
やっぱり、何かの宗教なのか。
こんな怪しいところに来るなんて今の自分を変えたという気持ちでいっぱいになっていて頭がおかしくなったのかな。
「このカードは
「
「はい。カッコウという鳥をご存じですか?」
「あぁ。カッコウって確か歌に出てくる鳥だろう?」
「えぇ。カッコウという童謡に登場する鳥です。彼らがどうやって成長するか、ご存じですか?」
「普通に親鳥が育てるんじゃないのか?」
「いえ、違います。彼らは托卵をして成長するのです」
「托卵?」
「はい。托卵とは別の生物の巣に卵を産んで代わり育てさせることです。寄生みたいなものです」
「カッコウってそんな鳥なのか?」
「はい。彼らは進化の過程で子育てのやり方を忘れてしまいました。
この能力は他人に持っているスキルを自分のものにして成長するカッコウそのものです」
「それが本当ならすごい力だな。でも、本当にそんな力が手に入るのか?」
「信じられてないのですか?」
「当たり前だろ。目にも見えないものを信じろなんて無理があるだろう」
「わかりました。では、お引き取りください」
「え?」
「あなたが
このじじい。俺を試しているのか? ここでじじいの話に食いついたら、高い金を請求するに違いない。俺はそんなバカじゃないぞ。
じじいは余裕の笑みを浮かべながら、こっちを見ている。
さぁ、どうしますか?って俺に訊ねているような余裕面は腹が立つ。
「その力を手に入るのにいくらいるんだ?」
「そうですね。一億円」
「え!?」
そう来たか。やっぱり典型的な詐欺。高額な金をふっかけられると思ったが、こんな金額を請求してくるなんて。
「冗談ですよ。お代は結構です。もらって頂けるだけで結構です」
金を取らない? ウソだ。
普通なら、あり得ないほどの金額を請求する詐欺に発展するパターンだろ。タダでくれてやるなんておかしい。そんなことをしてもこのじじいにメリットはないはずだ。
「良いんですか?」
「え?」
「別にこちらはあなたじゃなくても構わないんですよ」
「何がだ」
「
確かにそんな力が本当に手に入るなら、安いものだ。だけど、そんなおとぎ話を信じるほど俺はお人好しじゃない。目に見えないものをタダだと言って手に入るかどうか分からない。
「力が欲しくないのですか?」
「欲しい……」
「聞こえないですよ」
「欲しいよ! 俺は自分を変える力が欲しいよ。俺だって頑張っていた。入社当時は営業成績を上げるために努力をした。でも、努力しても何も変わらなかった。俺は変わりたい……」
「では、授けましょう」
「え?」
「あなたを変える力を」
こうして俺はじじいから
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