④能なしの鷹
俺はこのまま終わるのか。
「鷹野! ちょっと来い」
「はい」
また部長か。部長に呼び出された俺は部長のデスクへと向かう。
部長がなぜ怒っているのはすぐにわかった。表情には出ていないが、部長の声色を聞いただけですぐに分かる。毎日怒られ慣れているから、部長がどのくらい怒っているのか理解できている。
俺の何が部長の怒りに火をつけているのかも大体予想がつく。
俺の場合、部長から怒られる内容なんてたった一つしかない。
「何やってるんだよ、お前は! 今月も0件じゃないか!」
俺は今月新規の契約を1件も取れなかった。サボっていたわけじゃない。新規開拓のために様々な会社にアポを取って営業をかけていた。
俺の努力は虚しく件数には繋がらなかった。部長は俺の努力を知らない。部長が俺を評価する基準はただ一つ。数字だ。数字の羅列でしか俺の仕事ぶりを判断できない。
営業部の獲得件数をまとめた紙は丸めて棒状にして俺の頭を叩いている。俺はモグラたたきのモグラじゃない。部長、これはパワハラですよ。俺も機械じゃない。心ある人間だから腹だって立てる。部長をパワハラで訴えたいという気持ちはもちろんある。
でも、俺には部長をパワハラで訴える権利はない。訴えることは簡単に出来る。それで部長を営業部から飛ばすことが出来るかもしれない。
それが出来てもその後の営業部に俺の居場所があるわけじゃない。
権利を主張したければ義務を果たせ。これがこの会社の風潮である。 何かを欲しければ、会社が欲するものを渡せ。新規契約が0件の俺に部長をパワハラで訴える権利はない。
俺に出来るのは部長のパワハラは暴言をネット掲示板の書き込みのように受け入れるしかない。
「わかったか、鷹野!?」
「はい」
部長からの公開処刑が終わると俺は自分のデスクへと戻った。
「それに比べて大鷲くん。今月も営業成績トップか! 素晴らしいよ」
「ありがとうございます」
「キミの垢を誰かさんに飲ませてやりたいよ」
同期の大鷲と部長の会話を聞きながら、俺は自分のデスクに戻る。
誰かさんって俺のことだろ、部長。濁さなくてもオフィスにいる人間が全員分かっていますよ。さぁ、そんなことはどうでもいいや。
仕事をしなくちゃ。業務用パソコンを立ち上げて共有事項や新規メールのチェックをしていると、周りからこんな声が聞こえた。
「また鷹野さんが叱られてる」
「あいつ、使えないよな」
「あんなこと言われてよく辞めないよね」
「あいつの給料分も俺達が稼いでるのかよ」
「会社のお荷物だよな」
「早く辞めちまえよ」
ネットの掲示板の書き込みかと間違えてしまうよう内容がオフィスで飛び交っている。本人達はひそひそ声で話しているつもりだけど、俺の地獄耳は聞き逃していない。
まだSNSを使って俺の晒し者しないだけ、こいつらはマシかもしれない。ニュースで見たことがあるが、今時の学生は裏サイトを使って見えない場所から
昔はこの言霊一つ一つに心を痛めていたけど、今はただの雑音にしか感じない。それだけメンタルが強くなったのか。俺のメンタルが崩壊したのか。
どちらにしても俺の状態は異常なのかもしれない。自分のメンタル状態を自虐的に分析しながら、俺は仕事を続ける。
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